第27話 閑話: 王都からの目線
ヘイロー領から西に遠く、シェンドール王国は王都シェンブリル。
「たかが田舎のガキのオモチャだぞ! いつになったら再現できるんだ!!」
そこに位置する魔道技師たちの総本山。
と、少なくとも所属する者はそう信じている、魔道具商工ギルドの開発局に、怒号が響いた。
いくら怒鳴られたところで、解析が進むわけでもないでしょうに。
そんなに上から物を言うなら、自分でやればいい。
もっとも、アンタはそんな実力もない、立場だけの人間なんでしょうけど。
怒鳴られている張本人である商工ギルドに所属する研究職員、マドニス・ジョンリケィは口に出すことなく、他人事のように心の中でそうごちた。
「しかしながら、この『魔石残量インジケータ』のような装置は、たびたび失敗に終わっていたではありませんか」
「我々が開発するのは『外付け残留魔力量警報装置』だ! 二度と間違えるんじゃないぞ!!」
「その、『外付け残留魔力量警報装置』に似たような研究は散々行われてきたことは、名前をいくら言い換えたところで変わりませんよ」
「現に実現してるんだから、それを真似るだけだろうが!! いちいち私に口答えするんじゃない!!」
相変わらずこの無能、開発局長ノームンド・デア=カインハチフの言うことは、二転三転する。
開発してるのは『魔石残量インジケータ』ではないと言いながら、しかしその中身を問うと、結局今度は真似ろ、と言う。
マドニスは嘆息した。
再現できないのも、目の前の無能には理解できないかもしれないが、実は当たり前だ。
"魔道具に、魔法を込めた魔石は二つ同時に使えない"、という魔道技師が長年挑んできた最大の難題の一つを、この『魔石残量インジケータ』は易々と解決してしまった。
それを再現しろというのは、いまから難題を解けと言われているのと同じこと。あまりに荷が重い話。
なぜなら、マドニスたち、魔道具の再現に携わる魔道技師らは、何も魔石から直接情報を取り出しているわけではない。
その魔道具がもたらす結果を見て、目的を理解し、目的を果たすための最適解となる魔法や周辺部品を開発しているだけ。
なので、現状作れない魔道具を真似ろと言われたところで、今のままでは原理的に永久に再現することはできないのだ。
まあただ、ノームンドの言う、名前を変えろというのはわからなくもない。
最初聞いた時、『魔石残量インジケータ』はその名前の意味すら、マドニスには分からなかった。
インジケータというのがどういう意味なのか。
調べると、神代の言葉で"指標する者"とかそんな感じの意味合いがあるらしい。
変態的だ。
魔道具に古代言語で名前をつける時点でセンスを疑う。
ある意味カッコいいかもしれないが、意味が伝わらないんじゃ名前の意味がない。
これまで魔道具の名前は、直感的でわかりやすいように、とつけられてきた。
その方が売れるからだ。
それが、これまでの魔道技師の常識。
魔道具という商品は、どうやっても他との競争となる以上、些細な違いであっても他店と差をつけようとする。
逆に言えば、魔道具屋なんて根本的にその程度の違いしかないのだ。
いや、そうだとしたら。むしろ、なおさらこの『魔石残量インジケータ』の名づけには意味があるのかもしれない。
インジケータは現状、開発局で再現ができていない唯一の魔道具だ。
どこの魔道具店でも再現できていないだろう。
その利権は『魔石残量インジケータ』を開発したという、ヘイロー領という辺鄙な田舎の少年が、いまも一手に握っている。
しかし、ここまでの出来事が、ヘイロー領の少年にとって当然の結果だとすれば。
そうだとしたら、名前なんて関係ない。
真似されないという自信があるのであれば、王都の魔道技師達が名前をちょこちょこ変えてるのなんて、バカバカしくて仕方ないだろう。
それどころか、やがてはその一般的な魔道技師たちとは違う名付けすら、彼の今後作る魔道具たちを特別にするかもしれない。
そうして自分たちを振り返ってみれば。
『外付け残留魔力量警報装置』なんていう、ありきたりで、そのまんまで、中身のない開発計画のなんとチンケなことだろうか。開発と名乗るもおこがましい。
開発局なんて名乗ってるこの商工ギルドの部署だって、もう何年も新しい製品は生み出していない。
よそ様が作ったアイデアにちょっと改良を加えただけで、自分たちの開発だと胸を張る。
今回だって『魔石残量インジケータ』の名前だけ変えて、自分たちの手柄だと売り出すつもりだったのだろう。
そうして楽な方へ、楽な方へと進んでいった結果がどうだ。
この世界の魔道具の進歩は止まってしまった。
だから、東の果てにポッと現れた天才に、自らをエリートだと自負していたギルドの魔道技師たちは敗北したのだ。
「わかったなら、そこに突っ立ってないで、さっさと田舎のガキに負けてる状況をなんとかしろ!!」
怒鳴るノームンドに、マドニスは「失礼します」と小さく告げて、部屋を後にした。
「私は、あんな無能とは違う……」
部屋から離れ、声がノームンドまで届かないことを確認したマドニスの口から言葉が漏れた。
腐り果てた魔道具ギルドで、『魔石残量インジケータ』の価値を認めているのはわずかだ。
他の大多数は、多少真似がしにくいだけの、所詮いつもと同じ魔道具だと考えている。
田舎から現れたということで、むしろいつもよりもバカにしている者さえいるだろう。
マドニスは、そんな連中と自分が違うことに安心する。
自分は、インジケータが世紀の発明に近いものであるという現実を、たとえ悔しくても真正面から正しく捉えられている、と。
研究室に戻ると。試験も兼ねて運用している、当然正規品の『魔石残量インジケータ』が強い光を放っていた。
確かに魔力が残り少なくなっていた魔石を取り出して、新しい魔石に切り替える。
マドニスが作った試作品は、何の反応も示していない。
実験が失敗に終わったことに、溜め息をつくことさえない。
マドニスの試作品が失敗することなんて、最初から目に見えていた。
長い歴史の中では、彼女が行った試みなんてとっくの昔に試されていることで。研究結果として残されもしなかった無数の失敗の中の一つを、ここで今一度再現したに過ぎない。
インジケータを再現するには、これまでにない全く新しい方策が必要なのだ。
そんなの思いついたら苦労しない。
実験結果とは裏腹に。インジケータの普及に従い、マドニスの生活は明らかに一歩便利になった。
試作品のことを考えなければ、たった今『魔石残量インジケータ』のおかげで維持できた実験装置は、余程のことがなければ止めたくない装置だったし。このような装置の維持に気を張っていた時間からは解放された。
『魔石残量インジケータ』は便利な魔道具だ。
彼女のように魔道具が身近な者以外の手にも広まっていけば、さまざまな形で利用され、仮に大きくとは言えずとも確実に社会は変化していくだろう。
その事実を認識するたびに、自分の今の研究へのせせこましさを覚えて、マドニスは胸が苦しくなるのだが。
思えばマドニスにとって、魔道具の研究とはそういうものだった。
人々の役に立つものを発明して、社会をよくしていきたい。
それが彼女の魔道技師としての道を選んだ最初の理由。
そして彼女の夢だった。
ところが、現実はどうだろう。
大学を必死で上位の成績で卒業し、研究職を目指さずに選んだのは現場の仕事のつもりだった。
製品開発で、最も権威のあるとされる魔道具商工ギルドの開発局に所属して。それでやることが、他人の模倣。
それでもめげずに自分の時間を削って、何かしら発明したとして。またどうせ、マドニスと同じような別の事業者に模倣されるだけだ。
貴族という身分だけで今の地位についた無能に、怒鳴り散らかされるだけの毎日。
他人の努力の上積みだけを、掠め取るだけの毎日。
そんな日々を過ごしていて、自分の手のひらには一体何が残っただろうか。
夢の一つや二つ、叶えられただろうか。
いや何もない。
マドニスは、自分の足元が揺れていることに気がついていた。
そんな中、フッと現れた『魔石残量インジケータ』。
それはマドニスの直面していた現実など存在しないとばかりに、着実に彼女が思い描いていた夢を形にしつつある。
このインジケータの様は、まさに光明のようにマドニスには思えたのである。
「インジケータを発明した少年に会ってみたい」と言う自分がいる。
そのことを心の内に秘めて抑えるには、現実があまりに耐え難いことに、マドニスは薄々気が付き始めていた。
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