第26話 給与への覚悟


「給与は基本給プラス歩合給の出来高制でェす!!」


 少女たちはコテンと首を傾げた。

 ついでにメイルダも。

 そしてその反応に、僕も首をコテンと傾げた。


 おかしい。

 僕が昨日の朝の6時から昼の10時まで徹夜?で考えた、奴隷労働の非効率性を抑えるための方策だったのに。




 『魔力残量インジケータ』の大量生産のための、奴隷という名の労働力を手に入れて、ヘイロー家の屋敷に戻ってきた僕は、奴隷の少女たちを前に仕事の説明を行っていた。


 仕事、と言えば給与である。

 奴隷に給与なんているの? と言いたくなる人は……、流石にあんまりいてほしくないが。

 奴隷のデメリットについて、前に僕は労働意欲の欠如と指摘していた。


 その欠点を補うための施策こそ、資本主義の導入である。

 やはり資本主義。資本主義はたまに問題を解決する。



 労働意欲という問題を抜きにしても、管理上の問題が出てくると、僕は予想している。

 奴隷を運用する場合、当然、僕が衣食住のすべてを用意しなければならない。まともでクリーンな経営者を目指すなら、それらに加えて娯楽や福利厚生も全部、僕の用意だ。

 彼女たちはあらゆる意味で僕に依存することとなるのだから。


 食事に衣服くらいなら、ヘイロー家のツテでいくらでもなんとかなるんだろうけれど、それ以外はまあムリだ。

 今はまだ6人だから何とかなるだろうけれど。娯楽なんて個人個人で違うしで、もっと大きな組織になれば、そんなの全部把握するのは不可能だろう。

 どっかの社会主義国が計画経済で辿ったのと同じ末路を辿るのは、目に見えているのである。


 というわけで、ならお金渡して自分で発散してもらえばええやん。と、原点回帰をなしたのだ。

 ハッキリ言って僕が労働力として奴隷を選んだのは、経済効率というよりセキュリティの面だしね。


 どうせ後々やる必要があるのなら。社会実験も兼ねて、小規模のころから始めたほうがいいだろう、ということで。

 僕は冒頭の制度を大々的に、マーベラスに発表したのである。



「奴隷に給与を支払うのですか?」


 だからそう、まさにそのメイルダの質問は想定問題だ。


「僕が欲しいのは、奴隷という裏切られにくい関係だけだからね。基本的に普通の労働として扱っていく予定だよ」

「まあいいでしょう。では、そのキホン給とブアイ給とやらは何なのですか? 基本の給料というくらいでしたら、最低限ということはわかりますが」

「基本給に関しては、メイルダの言う通り、最低限保証する給料のこと。最悪、商品が一個も売れなくても払う給与ということだね。その代わりとして、僕から直接は食事や衣服とかを支給しない」


 ザワっと、少女たちが困惑の目線を向けた。


「えっと、えっと。じゃあご飯はどうしたら……」


 僕に対して質問する勇気もなかった彼女たちの中から、ようやく口を開くものが現れた。


「もちろんどこで買う、とかくらいは案内するよ。だけど、食べるものとかは自分で選ぶんだ。たくさん食べる代わりに、服は今のままでもいいし。服を何着か買ってみてもいい」


 身体能力が高いだけあって、食事の量も多いんだろうか。

 たくさん食べるという言葉に、クロータの眼が輝いたのを見て。

 「クサくなるくらいにあんまり酷いようだったら、流石に注意するけど」と、僕は付け加えた。


 ちなみにこの文化圏での衣服はかなり高いので、何着も、というのは残念ながら実際には相当厳しいだろう。




「肝心なのは、歩合給のほうなんだ。この給与は、さっき説明した最低限に上乗せで用意する。そのうえ、この給与に関しては、作った数に応じてのものになる。がんばったらがんばっただけご飯が食べれるってことだ」

「つまり農民と同じように、売り上げが収入になる、ということですか」


 歩合給という単語が知識にないだけで、この文化圏にも歩合給に相当する制度は存在するようだ。

 まあさすがにこれくらいはね。

 歩合給でドヤぁするのはさすがにまずいでしょ。


「うん。まあだからって、二倍になるわけじゃないよ。さっきの基本給と合わせて普通と同じ給与になるって意味」


 メイルダはわかってそうだけど。肝心の奴隷少女たちは、というと微妙そうだ。

 まあ実際に給与を渡して、使ってみて実感するのがいいだろう。


 そうして貨幣経済に慣れていってもらわないと、将来的に僕の管理することが増えて大変なことになる。



「じゃあ、実際に何をしてもらうかだけど……」


 お金の話をいつまでもしていても『魔石残量インジケータ』の生産は進まない。

 今日から生産は無理でも、なるべく早く彼女たちを戦力にしたいのだ。


 僕の説明は、魔道具の製造方法の説明へと移っていった。




 前に、『魔石残量インジケータ』の製造は簡単だと説明した。

 けれど、実のところそれは、この世のほとんどの人間には当てはならない。

 というのも、僕が設計した魔道具の生成ラインは、メイルダと僕、というそもそも魔道具が作れて原始魔法も使える、少しばかり特殊な部類の人間向けの物だったからだ。


 なので最低限、"魔道技師"でないと言うほど簡単に真似するということはできない。

 ただ逆に、"魔道技師"でさえあれば、かなり簡単に真似できるものだというのは、説明した通りである。


 何が言いたいのかと言えば。これまで散々真似されないように、という話をしてきたけれど。奴隷の少女たちを労働力にするためには、工程をどうにか真似させる必要があるという話だ。

 そして、そのうえで重要なポイントの一つが、彼女たちに"魔道技師"のジョブを身に着けさせるということである。



 職業としての魔道技師というものが広まっている以上、この文化圏での"魔道技師"のジョブの取得方法はある程度確立されている。

 それは、『魔法を覚えるジョブを手に入れて、そこで魔力の扱いを覚えてから、魔道具を作ることで発現する』というものだった。


 普通なら、そもそも魔法を覚えてないと、魔石に刻む魔法もないし意味がない……となるんだけれど。

 まあ、今の僕から見れば二度手間だ。

 『魔石残量インジケータ』の生産で魔石に刻むのは魔法ではないし、将来的にはともかくとして今は新しい魔道具の作成を任せるわけではない。


 ということで、僕が今回引き入れた奴隷たちに教える方法は、『原始魔法で魔力の扱いを直接覚えて、ダイレクトに"魔道技師"を目指す』というものに決めた。

 なにを隠そう、僕が"魔道技師"を獲得したのと同じ方法である。


 僕に原始魔法を教えてくれたメイルダは、めちゃめちゃ渋い顔をしていたが、何とか説得することとなったのが裏話である。

 それでも結局許してくれたのは。これも教える相手が、僕が強制力を持つ奴隷だからこそ、というものた。



「はい。じゃあ原始魔法教えまァす」


 一通り、今から教える事柄と目指すビジョンの説明をして、わかってるんだかわかってないんだか微妙な反応を得た後。

 僕は原始魔法教育の実践へと移った。


 しかし、残念ながらメイルダが僕に教えたときのように、魔力を奪ったり戻したりの押引きで魔力の感覚を身に着けさせるというわけにはいかない。

 あの魔力を奪うというのはメイルダがタコ型頭足人?だからできることで、僕にはできないからだ。


 なので僕にできるのは、一つだけ。

 ひたすら魔力をぶつけるだけである。



 手探りのことなので、ベシベシとビンタしてみたり。グミ撃ちでとりあえず回数を稼いでみたり、と。

 思いつく限りのぶつけ方を実践していく。


 魔力を感知できる僕目線だと、結構ひどい絵面なんだけど。

 肝心の、的になってる奴隷少女たちはというと、それはもうどこ吹く風だ。


 僕が魔力チートとか持ってたら、魔力の重圧だけでワン〇ースの覇〇色の覇〇みたいにバタバタ人を気絶させて魔力に目覚めさせていったりできるんだろうけど。

 あいにくと僕の魔力はまだそんなに多くはない。



 あまりの無反応に、このままダメだったら、またメイルダに頼み込むか……。

 と、そろそろあきらめかけてきた時。


 突然、バタリと6人組の内一人が、ぶっ倒れた。


 そりゃあ、まあビビった。

 「キェエエ!!!」とかそんな感じの変な声が漏れそうになったくらいだ。

 半分飽きてきていて、そっぽ向きながら魔力を打ち込んでいた僕も悪かったが。そうして、見てない間に起きたことだったらしい。


 どっかぶつけてないかと心配したが、腰から崩れたというくらいだった。

 意識はまだあったようだし、すんでのところで周りの奴隷たちが支えたのだそうだ。

 互助の精神に、感動して涙が出そうだ。



 倒れた少女は意外なことに、クロータだった。

 まあ、6人のなかで特別に何か起きるとしたら、クロータかもしれないのはそうだろう。

 彼女だけ獣人種だし。

 それでも、身体能力が高いと聞いていた僕は、まさか倒れるとは思っていなかった。


 獣人種は、魔力の感受性も高い? それとも他の要因? 熱中症?

 考察は捗るが。いまは彼女の処置をしないといけないだろう。



 僕が魔石を取り出して、応急的に魔力を供給しようとした瞬間。

 クロータは目を開いて、僕を制した。


「大、丈夫です……。早く仕事を覚えれば、ご飯たくさん食べれる、ですよね……? この感覚を覚えるために、まだ少し、このままで……」


 最低限って言っても、別にそんな飢えるギリギリってわけではないんだけど。

 それでも、なんだか周りのほかの奴隷少女たちも同じように覚悟決まったような顔をしていたので、僕は病気の兆候がないかだけは確認して、クロータをそのままにしておくことにした。



 そうして限界に挑むようなクロータの覚悟に答えるように、彼女は初日にして原始魔法を習得に成功し。

 ついでに習得した原始魔法を使って、他の奴隷の子たちにも教え始めたので。

 僕は彼女を中間管理職として採用して、給料アップすることを心に決めたのだった。




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