第25話 少女たちの商談と契約
『魔石残量インジケータ』の大量生産という仕事を奴隷に押し付けるため、奴隷商に赴いた僕は、クロータという随分前のステータスを付与される祭りで見かけた獣人の少女と再会した。
そして、話が長めの奴隷商、リハルドの話もようやく終わり、僕らは今回アポのために用意された奴隷たちのもとへと案内されることになったのだった。
鉄格子となっていること以外、大体構造的にはウチの玄関の扉と同じようなシステムにより、奴隷商の奥の部屋の扉は重々しく開いた。
先ほどまでいた部屋は応接室というべき部屋だったらしく、さすがにここから先の部屋は石造りの堅牢さが重視されているようだ。空気も少しばかり冷えたように感じられる。
もっとも、前に説明した通りの理由もあってか、清掃などは行き届いている。
ぶっちゃけ僕の研究部屋の方が臭いし汚いのは秘密にしておこう。
「こちらとなります」
リハルドは一つの扉の前で止まった。
やはり鉄格子となっているのは、中の様子をいつでも監視できるようにするためだろう。部屋は外からでも中の様子を容易に見ることができた。
石でできた古い牢屋をイメージしてもらえば、大体その通りだ。
どこもかしこも魔道具にする、というわけにはいかないらしく。普通に鍵を差し込んで開かれた部屋の中には、5人の少女が並んでいた。
全員、白い魔結晶の付いた首輪をしているのは、奴隷なのだからそうだとして。貫頭衣のような質素な服を身に纏っていた。
髪色などはバラバラだが、皆、普人種のようだ。
しかし、それよりも一つ注目すべき共通点があった。
「む? 全員、女か」
「ええ。御子息様のご要望ですと、力仕事はいらないと手前どもは考えましたので。勝手ながら女の奴隷をあつめさせていただきました。こちらのほうが、安く済みますよ」
はあ、女性の方が奴隷としては安いのか。イメージだとそんなことはなかったんだけど。
肉体労働力として見たときに、ということだろうか。
まあ僕的には、安く済むならそれでいいのだけれど。
しかし、仮にも貴族に対して、そんな商売で大丈夫なんだろうか。
そもそもセール品として売ること自体、安物を売りつけられたと怒る貴族さえいるらしいし。
まさか、なるべく利益がでるようにするといったことに、考えが及んでいない? 流石にそんなはずはないだろう。
契約書として渡されたリストに記載されている彼女らのステータスをざっと確認したが、すこしでも才能ある奴隷はすでに売られてしまったのか、ジョブを持っている者はいなかった。
大人と言える年齢の奴隷もいなかったため、この年代の子供なら意外とこれくらい普通なのかもしれない。
性格を判断するにも若すぎて、ジョブもないとなると、もはや選別する手段もない。
顔か? でも仕事に顔は関係ないしなぁ。
仕方なく僕は、どうやって各々の微妙な値段の差がついたのかもわからない売買契約書に、順々にサインをしていった。
見積を計算しても、予算からオーバーしている様子はない。
リハルドの言う通り、安くついたくらいだ。
と、そこで、僕は微かな違和感を覚えた。
売買契約書は5枚だが、ここにいる奴隷は5人だけじゃない。
【記憶整理術】でわざわざ引っ張り出す必要もない事実だ。
リストにはクロータの名前がなかった。
僕がそれに気がついた、ということにリハルドも気がついたらしく。
リハルドはうやうやしく口を開いた。
「クロータもお求めになりますかな?」
別にノーと言ってもいいが。
一度微かに触れたけど、獣人の身体構造は僕の興味の範疇だ。
それを手に入れておくというのは悪くない取引である。
僕が頷くと。リハルドは探すそぶりもなく、新しくもう一枚契約書を取り出した。
「クロータに関してですが。獣人という都合上、成人男性と同等の労働力があるとみなされ、少々お高くなっております」
なるほど。たしかに獣人種の身体能力が高いというのがそうなら、値段が高くなるということもあるかもしれない。
クロータの契約書に書かれていた金額は、他の5人と比べても抜きん出ていた。
僕が事前に伝えていた予算は5、6人分でという話だったが、6人ということを加味しても予算を一回り上回っている。
ただ、それでも全然払えない額ではない。
『魔石残量インジケータ』の利益はそれだけ積み上がっているのだ。
最近の僕の羽振りの良さを、リハルドは情報として仕入れていたのだろう。
つまるところ。リハルドがずっとクロータを意識させ続けていたのは、僕に少し高めの買い物をさせるためだったわけだ。
5人の他の奴隷たちが安めなのも、予算オーバーを意識させないため。
もっとも、僕の今の羽振りの良さはそのレベルじゃあない。
5人が10人になっていようが、別に気にならないレベルなんだけど。さすがにそこまでは把握されていなかったらしい。
「どうでしょう、ご納得いただけますか?」
ついてきていた使用人に軽く目をやったが、とくに口を挟む様子もない。なので、騙されてるとかではないはずだ。
僕の判断に任せているのだろう。
もしこれが、僕の金銭感覚とかを試すための試練とかだったら、僕は泣く。
「いいだろう。ではこの6人で頼む」
「ありがとうございます。それではまた移動しまして、奴隷の隷属契約に移らせていただきます」
◇
奴隷商のリハルドが、次に僕らと6人の奴隷たちを連れて行ったのは、地下へと続く階段だった。
石っぽい冷たさのある通路だが、よく見ればコンクリートに近い材質だ。
現在の技術だと考えても、ローマン・コンクリートみたいな例もあるので、おかしな話ではないかもしれない。しかし、それならそれでこの施設だけというのもおかしい。
やはりこれも、ポストアポカリプスの文明崩壊前の産物ということだろうか。
はたしてその階段の先には、伺神祭で見たような、旧文明の装置が安置されていた。
今の僕なら断言できる。
あれは開いて、ホログラムを生成する。
「伺神祭でも見たような装置だな」
「そうでございますな。これは当館が誇る神代の
その言葉の通りというべきか、リハルドのそんなことを口にしながらの作業だけで、準備が整ってしまったようだ。
旧文明の装置は人工的な光を明滅させて、起動を完了した。
残念ながら?開閉もホログラムもナシだ。
教会の、あのエキュ……エキュなんとかとは、端末としてのレベルが違うのかもしれない。
それにしても、エキュなんとかが思い出せないだなんて。
なまじ記憶力関連のスキルがあるせいで、登録されてない記憶をたどるのが衰えたのだろうか。
今後はもう少しスキル頼りにするのも、いい加減にした方がいいかも。
「マトー」
リハルドは体格のいいボディーガードのような男、マトーに命じたが。マトーがその腕を振るうまでもなく、奴隷たちはすんなりと装置の前に並んだ。
何をすればいいかは、事前に教えられていたのだろう。
一人づつ、何をするのか戸惑うこともなく、装置に手を伸ばしてゆく。
奴隷の少女が手を装置の球体に触れると、一度だけ首輪全体に明るい青緑の光がはしり、それが消えると魔結晶の部分が白い登録状態となった。
それと同時に、リハルドは伺神祭のときに教会で見たような入力端末に手を添えて、何やら打ち込みを始める。
リハルドの入力が終わったら交代に別の少女が手を触れて、ということを繰り返すこと、6人全員分。
「ではご子息様。彼女らのステータスをご確認ください」
リハルドに促され、僕は僕の奴隷となった少女たちのステータスを開いていった。
やり方は、自分のステータスを開くのと似たようなものだ。
残念ながら、僕のステータスと連動して管理できたりといったことはないらしく。あまりに多い奴隷を雇ったら、管理が大変になりそうではある。
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セレイビア・ネグレイト
生年月日 古暦6988年10月09日
登録番号 ■■6988-3460-8250-7121
ジョブ ―
スキル ―
系統外スキル ―
■■ ―
■■■ ―
隷属 ロディオ・ヘイロー男爵子息
(未設定の項目) ―
(未設定の項目) ―
────────────────────
奴隷側のステータスには、確かに僕の名前が追加されていた。
一方で、一応確認したが、僕のステータスには変化はないようだった。
奴隷制のシステムは古代文明とはあまり上手く連携されていないのだろう。
考えてみれば当然と言えば当然かもしれない。
前世でも奴隷制なんて旧時代の負の遺物だった。
同様に、ある程度、文化も発展していたはずの古代文明でも、人権問題でも提起されて奴隷制は禁止されていたんだろう。
まあそれでも、人間の他者への支配欲は、相変わらずこの世界でも強いらしく。
今の人類は古代文明の遺産をどうにかこねくり回して、あげく奴隷制に利用してしまったわけだ。
「お疲れ様でした。登録は以上となりますが、なにか奴隷の扱いについて聞きたいことなどはございますかな」
と、リハルドは最後に定型句のような質問の場を設けたので。
僕は、盗難にあった場合はどうなるのかとか、体を洗う時に首輪はどうするのかとかそんな、より詳しい扱いに関しての質問をぶつけていった。
体を洗うときの質問をしたときは、リハルドはキツネにつままれたような顔をしていたけど。
代金は僕名義の小切手払い。
契約もすんで僕のものとなった6人の労働力をつれて、僕たちは奴隷商を離れた。
6人の奴隷を追加で載せて、馬車に乗り込んでしまえば、そこはもう身内の空間だ。
今までほとんど黙っていた使用人たちは、口を開き始めた。
「初めて会う相手に毅然とした態度、御立派でございましたよ。ロディオ坊ちゃま」
「商談をおひとりで纏められるとは、流石です!」
なんだか、はじめてするおつかいの番組にでている気分だが。まあ褒められる分には気分は悪くないはずだ。
うん。たぶん。
なんか奴隷の少女たちが一瞬ギョっとした目で見ていた気がするけど、気のせいだろう。
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