第24話 奴隷商での再会


 僕の発明品である『魔石残量インジケータ』の思わぬ売れ行きにより、重労働を強いられた僕たちは従業員確保のために何人かの使用人を引き連れて奴隷商を訪れていた。



 その前に、この文化圏における奴隷というものを簡潔に紹介しておこう。

 僕がその階級を奴隷と訳したことからわかるように、扱いは概ねいわゆる奴隷と言ってもいいものだ。

 供給元は身売りや戦争捕虜、借金など様々だが。一つ大きな特徴として、孤児にあたる子供たちは、全員奴隷身分となる。


 児童労働が云々と言われそうだけど、それは将来生まれる人権団体にお任せしよう。

 僕の目指すマッドサイエンティストは利用する側なのだ。それを忘れてはならない(戒め)




 奴隷商の店は僕が思い描いていたようなものとはかけ離れ、かなり小綺麗になっていた。

 うちの方が断然金がかかっている、とわかる程度には、僕も目利きを教育されてきたが。この店は貴族的にも十分に及第点と言えるだろう。


 客層を考えれば当然の話で、こんなところに来るのは、この度の僕と同じように人材を求める事業を担っているような人物たちだ。

 会社という概念がまだ微妙にないので少し違うが、前世で言う社長や人事部長のような役職の者たちが訪れる。

 そんなところを、牢屋みたいに血生臭くてかび臭い様子にするはずがない。


 まあそれは、ここがまだ未来ある孤児出身の奴隷たちを扱うような奴隷商だからかもしれない。

 犯罪奴隷などを扱うところでは、そうはいかないのかも。



「まさか、これほど早くお目にかかるとは思いませんでした。事業のご盛況のほど、聞き及んでおりますとも」


 店の門戸をくぐるや、現れたのは、これまたイメージとはズレた痩せ気味の壮年の男性だった。

 それなりの格好でまとめているが、成金という感じはしない。


 ちなみに僕のイメージする奴隷商人は、太っていて、金の指輪ジャラジャラ、あとなんか小ちゃいフサフサの付いた帽子を被ってる。そんな感じだ。


「申し遅れました。私、この東シェンドール奴隷商取引組合、ヘイロー領支部を任されております、リハルド・モルチネスと申します」


 たぶんまた忘れてるだろうけど、シェンドールはこの国の名前だ。

 国名がついているから、と言える話ではないけれど、東シェンドール奴隷商取引組合は半ば国家事業となっている組織である。


 人口をそのまま取引できるなんて、どデカい利権だ。国家レベルの運営にも関わる、ということだろう。

 なのでリハルドは商人というよりは、公務員といった立場に近い。



「本日の御用向きは、御子息様が興された新事業の人手確保ということでよろしいですかな」


 僕が口をはさむ間もなくリハルドが喋っているのは、事前にアポ取りをしていたからだ。

 一刻も早く人手が欲しいからって、そのまま即日凸するのはバカのすることだ。そんな都合よく、その日に仕入れた奴隷とかなんているはずがないのだから。


 それでも、この世界の輸送技術を考えれば、案内された日付は随分と早いものだった。

 もしかしたら、僕の事業の成功から、人員拡充のために近いうちに訪れることを予期していたのかもしれない。


「ああ、その通り。それで、頼んでいたもう一つの件の方は?」

「残念ながら、加工技術に秀でたような奴隷は、鍛冶師、細工職人と様々にあたりましたが、確保はできておりません」

「やっぱり、自前で育てるか、市井しせいの人間を雇う方が早いか……」

「ええ、その方がよろしいかと。こちらの方では、教官を手配することもできますが」


 一応、加工技術に関して知識や技能があるような奴隷についても問い合わせていた。回答はノーだったが。

 そんな手に職があるのなら、奴隷なんかにならずに生きていける、という当然の話である。


「いや、それは結構。父上に相談するので」

「かしこまりました」


 僕が提案を突っぱねたのを、リハルドはあっさりと受けて答えた。


 リハルドと奴隷商組合はこの領地にはいるものの、結局は他所の人間、組織だ。

 産業スパイを警戒するのなら、ヘイロー領の利益のために行動するとわかっている父上に相談するほうがいい。


 今から買う奴隷もそうじゃないかと言えそうだが、それは相談したうえで紹介されたのがこの商会である。



「さて、ご子息様は初めてのお客様。すでに聞き及んでいらっしゃるかもしれませんが。規則ですので、奴隷商取引のルールについて説明させていただきます」


 リハルドが片手を軽く上げると、おもむろに奥の扉が開いた。

 部屋に入ってきたのは大小の人影。

 小柄な方は、首輪をはめられていて。そこにつながる鎖を、もう一方の男が握っている。


 どう考えても、彼女が奴隷なのだろう。

 首輪をつけられた小柄な少女は、灰色の髪で質素な服を身に纏い、そしてなによりもその頭のてっぺんに、相変わらずイヌかネコかわからないがケモノ耳が伸びていた。


 見覚えがある。

 今の伏せがちになった目つきになる前。入ってきた瞬間に僕を見た、キッとした瞳で、僕は思い出した。


 あの、伺神祭のときの、僕の前にいた獣人種の少女だ。



 べつにそれだけの関係で、とくに親交があるというわけでもないのに。知っている人間が鎖でつながれている姿を目にすると、なんというか惨いものがある。


 そんな僕を、リハルドが意味ありげに眺めているのに気が付いて、僕は目を伏せた。



「まず、奴隷にはいくつかの種類がございます。大きく分けて三つ。一般奴隷、技能奴隷、それから、この辺りでは多くありませんが戦争奴隷となっております。」


 ヘイロー領があるシェンドール王国の東側は、森に面しているだけで、他国との国境問題がない。

 じゃあ、狩猟やダンジョン攻略とかでも戦争奴隷を役立てればいいじゃないかとなるけれど。戦争奴隷は他とは運用が大きく異なっているため、そうはいかない。


 具体的には、戦争奴隷だけは一度の戦争に加われば解放されることが通例だ。

 死亡率が高いことが理由の一つであり。そうした中、とっさの判断での行動が大局に響く戦争において、奴隷たちに積極的な活躍を促す目的がある。


 結局、戦争奴隷は戦争という国家レベルの事業で始めて成り立つ社会地位であり、狩猟では毎度いちいち奴隷なんて買ってられないので、ヘイロー領では戦争奴隷の活躍の場は少ない、というわけだ。



「これらの奴隷の種類は、奴隷の出自を問わず、運用においてのみ区別が行われます。戦争捕虜だろうと、身売りされた者だろうと、戦争に用いるのなら戦争奴隷。特定技能を重視するのであれば技能奴隷、となるわけでございます」


 リハルドは「もちろん契約によって、個別具体的には異なりますが」と一言、付け加えた。


「見た目では三つは区別されないのか?」

「いいえ。見ればお分かりになりますよ。例をお示ししましょう。マトー、その子を前に」


 マトーと呼ばれた体格のいい男が、獣人の少女を連れて僕の前まで来た。


「この娘は現在、一般奴隷として登録されております。そのあかしがこれ」


 家畜でも扱うように少女の首輪をたぐって見せたのは、首輪に取り付けられた魔結晶だった。白い色となっている。


「この白い魔結晶の部分が、技能奴隷であれば緑に、戦争奴隷であれば赤になっているのです」


 いつの間にか僕のそばに寄せられていたカートに、少女が首に嵌めているのとほとんど同じような、ただし確かに結晶の色だけが緑と赤になった首輪が用意されていた。



 少し手に取ってみたが、どうやらハード側の処理で単純に色分けをしているようだ。

 この分だと、たぶん中に入っている魔法も同じもののようだけど、はたしてどうだろうか。


「ただ、色が変わっているだけに見えるけど、中身は何か違うの?」

「ホホ。御子息様が、今この東シェンドールで最も話題の優秀な魔道技師であることを失念しておりました。こちらはサンプルとして、見た目だけを揃えたものとなっておりまして」


 リハルドが、僕の質問へ答える前に手に取ったのは、カートに置かれた首輪ではなく、獣人の少女の首輪だった。

 さらに、指先を振るような行為を虚空に向かって手早く行うと、少女の首輪は白から青へと変色する。


「このように未登録の首輪は青色に」


 そして、リハルドの手がまた虚空を動くと、カシャンと首輪が外れ、魔結晶は不活性の黒となった。


「起動していない首輪は黒となります」


 少女は、サラリと首輪のなくなった首を確かめるように撫でたが。その時間は短く終わり、すぐにリハルドの手で首輪を再びかけられた。


「青や黒の首輪をしている奴隷は、通報される対象となりますので、ご注意ください」


 奴隷の逃亡対策は随分とバッチリされているようだ。



「それから見た目は同じようでも、奴隷の種類によって、中身は微妙に異なっております」


 リハルドは、ようやく僕の質問への答えのメインとなる話に触れ始めた。


「まず、たまに勘違いされる方がいらっしゃるのですが、この首輪は人を操ったり、居場所を特定できるようなものではありません」


 うすうす感じていたが、このリハルドとかいう男には、少々話が脱線する癖があるようだ。

 まあ有用な話ではあるので、黙って聞いていることにしよう。


「主な機能は二つだけ。ステータスの強制開示と、装着者に罰を与えること。これだけなのです」



 そう言ってリハルドは、そのステータスの強制開示とやらを行って、少女のステータスを開示させた。


────────────────────

クロータ・ティルス

生年月日 古暦6989年05月29日

登録番号 ■■6989-8520-7250-9622

ジョブ ―

スキル ―

系統外スキル ―

■■ ―

■■■ ―

(未設定の項目) ―

(未設定の項目) ―

────────────────────


 目線もあわせたくないとばかりに、少女──クロータは顔を俯かせた。

 ついでにケモノ耳も垂れている。


 僕と月レベルでほとんど同じ年齢の割に、ジョブもスキルもないのは、これは普通のことなのだろうか。



「罰の方は……、お試しになりますか?」

「いや、いいよ」


 クロータがビクッと震えたのを見ただけでも十分だ。


 僕はサディストじゃない。

 マッドサイエンティストを目指す以上、必要ならそういうことはできても、積極的に行うつもりもないのだ。



「それはよかった。困ったことに、たまにこういうのにハマってしまう輩がいましてねぇ……」


 ゴホンッ、とわざとらしく咳き込む声がした。

 まあ確かに、両指の数えられない歳にもなっていない僕に、聞かせる話ではないだろう。

 その中身としては別に気にしていないんだけど。


「失礼しました。それで、話を戻しますと。技能奴隷と戦争奴隷はそれぞれステータス開示機能と罰の機能が異なっております」


 これまたいつのまにか。先ほどまで赤と緑に光っていた首輪のあったカートに、丁度先ほど一瞬の間だけ外したときのような首輪が乗せられていた。


 リハルドは首輪を手に取って、クロータの首にかけられた首輪を付け替えた。今度は、魔結晶が緑色に光る。


────────────────────

クロータ・ティルス

ジョブ ―

────────────────────


 随分と省略された表記だが、一般的に見せ合える範囲の情報だ。

 ということは逆に言えば、この状態ならステータス開示に関してはだいぶ尊厳が保たれているということになる。


 僕は数年越しに、あの伺神祭のときの彼女の反応に、納得感を抱いていた。

 あの時にジョブを得て、技能奴隷として登録されていれば、最低限の尊厳が保証されていたということだったわけだ。



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