第22話 経済と魔力のインジケータ


 色々あったが、僕の魔道具研究は順調だ。


 魔道具を制作する上で、意外と一番役に立ったのは、原始魔法だった。

 魔道具がどういうものなのかという小難しい話を前にしたけれど。オンオフのようなデジタル的な制御の方──ハード側の制御とでも表現しようか──に必要なのは、複雑な制御を組み込んだ魔法──こちらはソフトと呼ぶべきだろう──とは異なり、具体的な形状が定まっている。

 それを魔力で構成することになる、というワケで、そこに役立ったのが原始魔法だった。


 原始魔法は前に説明した通り、魔力の形状そのものを制御する技術だ。

 それはそっくりそのまま魔道具のハード面の構築に役立つのである。

 まあ、その話をするなら、【記憶整理術】だってそこで役立ったという話にもなってしまうんだけど。



 【記憶整理術】は、地味に日ごろから一番利用しているスキルだ。

 実験結果をまとめておくのにも使えるし。単純に日常会話の中で頼まれたことや覚えておきたいことを保存しておくのにも使える。

 魔道具研究においては、一度作成した魔道具の回路をそのまま記憶しておけるのも非常に便利だ。再現性の向上にこれほど寄与しているものはない。


 ただ、以前にも言った通り、このスキルは僕の思い込みもそのままに保存してしまうのには、留意しておく必要があるだろう。頼りきりになるのがよくないというよりは、過信するのがよくないという話だ。



 さて、数がいらなくて、一つ当たりの単価が高い物を考えたい、という話をしていた。

 その答えとは、ニッチな商売である。


 そしてその具体的な形こそがこれ。

 僕の発明品第一号、「魔石の残留魔力の減少を警告する装置」である。

 既存の魔道具にくっ付けることで、元の機能をあまり害することなく、魔力の残量を計ることができるという製品だ。


 名前は……、特に考えてなかった。

 そうだな、魔導インジケータとでもしようか。

 いや、それだと意味が広すぎて今後の命名に差し障るし……。

 じゃあ、うん。まあ『魔石残量インジケータ』ってところだろう。


 この『魔石残量インジケータ』の仕組みは、僕的には単純なのだけど、説明すると少し長くなる。


 まず魔力には電圧に近いような魔力圧みたいな概念があって……。恒常的に魔石が放っている魔力圧はその魔石が持っている魔力量が相関していて……。そこに二つの魔石を近づけると、魔力量の差によって逆流現象が起こって……。その逆流を逆手にとって、そもそも逆流した魔力で起動するように設計した回路を組み合わせることで、魔力量差に比準した条件分岐をハード面で行うことができて……。さらにそこにピカピカ光る魔道具教材の回路を合わせることで、基準以下の魔力残量となったときに自動で光るようになる魔道具が作成できる……。


 という話を長々としないとならないのだ。

 結論としては、魔力量が少なくなると、インジケータが自動で発光し始め、利用者は魔石の魔力が無くなる前に新しい魔石に切り替えることができる、という魔道具となっている。



 この発光が始まる基準値というのが、『魔石残量インジケータ』に利用した魔石の魔力量に応じた値となっているのが割と重要な点だ。


 まあ欠点であり、今後の改善点といえばその通りなんだけど。

 考えてみればビジネス的には結構有用だ。

 例えば日常でつかうレベルの魔道具に取り付ける場合にはゴブリン由来レベルでも十分だし、逆に大量に魔力を消費するようなものの場合には強力な魔石が原料に必要となる。



 じゃあ、何がいいのかと言えば、扱える価格帯が幅広い上に、価格転嫁しやすいのである。


 高い装置につける場合には高い物を売りつけたいのが世の中というもの。

 しかし、単純にそこで、同じものなのに高くして売るというわけにはいかないのが実情だ。

 ところが「原料が高くなるんですよ~」と言えるなら、付加価値とかを考えなくて済むのだ。

 そして多少、原価以上に値段をあげればいい。


 もちろん、今後の研究次第で、おそらくはどんな魔道具でもゴブリンレベルの魔石で十分になるだろう。

 ただそれも、それまでにこの価格設定を広めておけば、高い利益率を維持できるという寸法だ。



 価格転嫁の話をしてきたけれど。扱える価格帯が広いというのもかなり重要だ。

 ニッチなものを売ると考えても、ツテがなければ結局どうしようもない。

 そこで最初は身近なんかに売れるというのは、ビジネスを始める上で非常に有利なのである。



「これは……、素晴らしい発明ですね」

「そうだろう、そうだろう!」

「わたくしたちは、残量がわからないということが不便だったのだ、とすら一切、考えていませんでした。それを坊ちゃまは……」

「うむうむ!」


 前にも話したが、必要とすら考えられていない世の中なら、こういうイノベーションの芽はさまざまに埋まっているに違いない。

 ポストアポカリプスなのに、と考えると少しおかしな話ではあるんだけど。意外にも、こういう単純な製品でも遺物としては残っていないようなのだ。


「坊ちゃま、わたくしは謝罪しなければなりません……」

「へ? どういうこと?」

「わたくし、メイルダはロディオ坊ちゃまがしているのは、遊びとばかりに思っておりました。それをこんな、発明をなさるだなんて……」


 なんだか湿っぽい話になってきたけれど、僕にとってはむずがゆくてしかたがない。

 こうしてメイルダと話しているのも、ただの『魔石残量インジケータ』に関する意見のヒヤリングのつもりで、そんな謝罪とかは求めていないのだ。


「あーうん。それは別にいいんだけど。それよりなんか感想とかないの?」

「坊ちゃまのこの素晴らしい発明に、なんと言いがかりができましょうか!」


 いや、なんか全肯定モードに入っているところ申し訳ないんだけど、今の僕が欲しいのは、お褒めの言葉ではないのだ。

 まあ、ちょっとは。

 ちょっとは欲しいけど、今じゃない。


 今求めてるのは、現場で使ってみてのフィードバックなのである。

 たとえば、光ってるのが今の色だと見にくい──とか。

 魔道具によっては付けられないものがある──とか、そういう情報がほしいのだ。




 残念ながら、あれからメイルダは使い物にならなかったので、他の使用人にもこの『魔石残量インジケータ』を渡して反応をもらうことにした。


 結果は上々。

 ただ、必ずしもいるものではない、という感想も多かった。


 例えば、魔力切れで使えないのなら使えないで何とかなってしまうもの。娯楽製品などに関してはお金を払ってまでつけるほどではない、とのご回答があった。ちなみにこれはイリーゼの意見。

 それから、外部にインジケータをくっ付ける都合上、運用面で邪魔になることもあるという。ちなみにこれもイリーゼの意見。


 うん、イリーゼ姉さんは辛辣だねぇ!

 まあそういう率直で忌憚のない意見が欲しかったんだけど。



 あと、僕のほうで気が付いたのは、思ったよりも魔道具の使用頻度が高くないことだ。

 ウチにそれ用の魔道具があるような事柄でも、みんな自分の習得している魔法で何とかしてしまう、というケースが実は多いらしい。

 必然的に、魔道具の残量も気にしないというわけだ。


 また、これは開発者の個人的なことだけど、フィードバックが来るまでに時間がかかるというのも意外と面倒な点だ。

 魔石を使い切るときのためのアイテム、というコンセプトである以上仕方がない話だけれど、魔道具の魔石が使い切られるシーンまで待たなければならないのだ。



 逆に、魔道具があまり使われていないからこそ、想定していない『魔石残量インジケータ』が役立ったケースもあった。

 使う機会が少ない魔道具を、久しぶりに起動した際に。魔石の魔力がきれているのか、単純に壊れているのか。これを調べるのに役立ったという。倉庫の肥やしになっていて、壊れている魔道具を調査して処分するいい機会になったのだとか。

 ちなみに、壊れた魔道具の処分先は、僕がジャンク品としてかすめ取っておいた。



 そうして集められた意見を、反映できるものは反映して、僕の発明品第1号『魔石残量インジケータ』は世の中に出ていった。



 ◇


 僕の金策第一弾は世に放たれたわけだけど、すぐにお金が僕の手元に入ってくるかというと、そんなはずはない。

 じゃあ、今の僕は素寒貧なのかというと、そうではなかった。

 試作型『魔石残量インジケータ』をヘイロー家の面々に配った際に、お金をもらったからだ。


 まあぶっちゃけ投資とかそんな小難しい経済的な話ではなくて、「がんばったね~! エラいね~! お小遣いあげる」とかそんなレベルの、親バカならぬ使用人バカの甘やかしに近い。

 姉さんからはもらえなかったけど、こっちはそもそもお金を持ってないから仕方ない。というか、一番役に立った意見は姉さんたちのものだったりするしで、それで十分だ。



 そんなカンジで手に入ったお金は、だいたいネズミと蟲のケージと飼育費に消えつつある。

 連中の維持費は高くつくのだ。


 近況報告をしていくなら。

 お金が手に入ったからという話ではないが、僕の研究スペースは従来の僕の部屋から地下へと移された。

 結局、ネズミの匂いが我慢ならなかったらしい。


 僕は生活スペースと研究スペースを分けられ、それぞれに部屋を割り当てられることになった。

 ちなみにこの部屋は、少し話題にした魔道具が処分されずに死蔵されていた元物置部屋だったりする。

 動かすのも面倒なガラクタもあわせて僕のものとなったのだ。


 ただ一点、非常に残念なことは、ウリアの部屋の隣であることだ。

 ウリアはとっくに左遷されてヘイロー家の子供たちの部屋があるスペースから地下送りになっていた。流石だ。


 僕はそんな隣の部屋からおぞましい存在が侵入してくるのを警戒して、研究スペースに入り浸りとはなっていないのだけど。

 使用人たちからは、あまり匂いが染みつかなくなったと、逆に好評となっているのが複雑な気分である。



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