第21話 シニスターシスターズプレイルーム
チャラリと鎖が擦れる音がした。
視界が真っ暗だ。鎖以外にも、かすかに何かがモソモソとうごめく音がする。
そして、鼻をくすぐるのは、甘酸っぱいようなツンとした匂い。あまりいいものじゃない。
右腕確認──動かせず
左腕を確認──こちらも動かせず
右足確認──数センチの稼働範囲を確認。
左足、──右に同様。
結論。僕は今、椅子に後ろ手にされて拘束されていた。
記憶が飛んでいる。
しばらくの間、意識を失っていたようだ。
僕はそう、匂いのせいで部屋を追い出されて、……確かさっきまで、街中を出歩いていて。
そうだ、奇病の少女に出会った。
それから、家に帰って……。
ということは、身内が犯人か。あるいは内通者か。
そんなことを考察していた僕の、目が覚めたことを事件の主犯は察知したらしい。
僕の視界を覆っていた目隠しは、とくに躊躇いもなくスルリと外される。
それほど長い間目を覆われていたわけではないらしく、眩しさを感じることはなかった。
すぐに慣れて元の調子を取り戻した僕の目は、周囲の視界を結像し、真ん前に立つ人影を見つけた。
目の前に立っていたのは、小柄な少女。
黒髪で、日に焼けていない肌は病的に白い。おまけに着ている服も、喪服じみた黒いドレスとなっているのだから、全身がほとんどモノトーンに統一されている。
その中で唯一、一滴の血のしずくのように爛々とした瞳だけが赤く輝いていた。
「なんだ、ウリアか……」
彼女こそ、僕の最後の姉、ウリア・ヘイローだ。
周りを見渡すと、一般にキモいと呼ばれるような蟲が押し込められたケージがいたるところに置かれていた。それでもなおスペースに窮したらしく、天井からも鳥籠のような円筒型のかごがつるされている。飼われている蟲の大きさはさまざまで、半分網の隙間からはみ出ているようなものさえある。
それだけでもだいぶ陰気で気味が悪い部屋だが。それに飽きたらず、ウリアの部屋には得体のしれない仮面や人形、どこで拾ってきたのか頭蓋骨なんてものまで飾られていて、足元には何やら怪しげな魔法陣が描かれている。どれも古ぼけていて、どこか不安を覚えるように歪んでいた。ギリギリ人間由来のものがない様子なのがマシなところだ。
まあ、これらがただの飾りなら、それは趣味の範疇だ。
しかし、残念なことに、彼女の持つ品のほとんどが曰くつき。ガチで呪いのアイテムと呼ばれるそれなのである。
え? マッドサイエンティストを目指しているのに、呪いなんて恐れるのかって?
たしかに前世の僕なら呪いなんて、オカルトの一言で無視していただろうけれど。この世界の呪いは本物なのだ。
怖いとか不気味云々を抜きにしても、扱いを間違えると普通に実害があるのである。
正しい恐怖を覚えて避けていくことは、生きていく上で重要なことなのだ。
そんな部屋の主たる、ウリアは何なんだろうな。いやホントになんなんだろう。
実は呪われて中身が入れ替わっていましたと言われても、僕は驚かない自信がある。
ただそんな、僕の中で散々に噂されてるウリアの今の興味は、僕の発言の言葉尻にあったらしい。
「姉さんって、つけないの?」
「いや姉さんってほど歳は離れてないだろ。それにイリーゼ姉さんとかと被って分かりづらいし」
ウリアは僕が「ウリア姉さん」ではなく「ウリア」と呼んだことにご立腹らしい。
けれどウリアと僕の年齢差は数か月だ。双子みたいなもの。学校に通う年頃になっても、同じ学年で入学するだろう。
僕の中では、姉弟と呼び合うような歳の差じゃない。
「歳の差は、関係ない。大事なのは、あなたの認識。……わたしがあなたの姉だという、その認識を、正しく持っているかどうか」
「はあ。わかったよ、ウリア姉さん。それよりコレを早くどうにかしてくれない?」
僕は動かせる足で、チャラチャラと鎖を鳴らした。
「それはできない。……その拘束は、わたしにとっても、あなたにとっても、これから必要となるものだから」
「いやいや。鎖で縛りつけられる必要があるって、マゾヒストじゃないんだから」
ウリアはコテンと首を傾げた。
もしかして、マゾヒストって言葉を知らない?
いやそんなはずはない。彼女の趣味を鑑みれば、マゾを知らないなんてことはないはずだ。
「でも、動かれると困る」
プスッと頬を膨らませたウリアは、不満げに言った。
そう言われたら逆に動きたくなるくらい、僕はウリアを信頼していないんだけれども。
「まあ、いい。じゃあコレ」
そう言って、ウリアがどこからか取り出したのは、黒光りする何かだ。ウリアの腕をゆうに一周はしてしまいそうなほどに大きい。
ワシャワシャと無数に並んだ足がうごめき、その情報量に僕はひと時の間、それが正確になんなのか判別することはできなかった。
「ギュウズムカデって、知ってる?」
ウリアは僕の、まさに目と鼻の先にそのムカデを吊り下げた。
知らないけど、もしかしてこれ。
僕の耳にムカデ突っ込まれたり、1000引く7の計算させられたりする?
「ウシの角に似てるトゲがあるから、ギュウズって呼ばれてるの」
「へ、へえ。そうなんだ」
もちろんそんなことはなく。
ズイっと近づけたのも、単に近くで見せるためだったらしい。
「ほらここに」と、確かによく見ればトゲがあるようにも見えるムカデの頭を、ツンツンとウリアがつつく。
しかし、不思議なことにムカデは、ウリアに握られた先の胴と頭を僅かばかり
意外とおとなしいタチなんだろうか。
いや違った。
ウリアの手で僕に近づけられたムカデは、それはもう顎を大きく広げて、僕に噛みつこうとしている。
「あげる」
「へ?」
へ?
「蟲が欲しいって、つぶやいてたって聞いた」
あーたしかに実験用に欲しいって言っていたかもしれない。
というか今日一日はそのために、屋敷を抜け出して外出してた。
「だから、交換。ギュウズムカデをあげるかわりに、私の呪いの実験台になってもらう」
いやいやいや。そりゃあ今日の収穫なかったけれども。
そうはいっても勝手すぎませんかね。
てか、逃がす気なくないか?
この僕の足元の魔法陣って、思いっ切りそれ用でしょ。準備バッチリじゃないか。
「ン。いまなら、飼育用のケージに一か月分の餌と床材つき」
「どこで覚えてきたんだ、そんなセールストークみたいな言い方……」
「とくに拒否しないなら、交渉妥結とみなす。じゃあ発動まで、5、4、3……」
「そんな得体のしれない契約結ぶわけないだろ! クーリングオフだクーリングオフ!」
得体のしれないカウントダウンを始めたウリアに、僕はノーを突き付けた。
しかし、"クーリングオフ"なんて理解できない、とばかりにウリアは首をコテンと傾けた。
「その首、コテンってするやつヤメロ。文脈からわかるだろ!」
さすがに今度は拒絶の意向が通じたらしく。
ウリアは小さく肩を落とした。
しかし負けじと、今度は表情が乏しい癖に、目だけうるうると上目遣いをして、「ダメ……?」と頼んできたのも、僕は突っぱねる。
仮にも最初は姉をおしてきていたのに、こんな場面では態度をガラリと変えるのはどうなんだ。
「残念。……だけど準備がもったいないから、いいや」
「その『いいや』はあんたが言えたセリフじゃないんですけど!」
最終的に、(何か最初からこうなる気はしていたけれども)もう強行することに決めたウリアは、魔法陣に魔力を注ぎ、僕には呪いが降りかかった。
◇
あれから僕は、ウリアの部屋を脱出した。
呪いの掛けられ損というのも嫌なので、ムカデはもらってきた。
……。
まあ、今のところなんともない。
しかし、こういうのは逆になんともあったほうが、症状がハッキリしているだけマシなのだ。
さすがに命に係わるような呪いはウリアもかけることはない。
だからこそ、『実は運が悪くなってた』とかそんな感じの呪いが発動しうる、目に見えない呪いの方が面倒くさいのだ。
『箪笥の角に小指をぶつける呪い』なんてのを掛けられたときは、それはもう結構な苛立ちだった。
「あ、坊ちゃま! 坊ちゃまの部屋の清掃が……」
鉢合わせしたのは、今朝僕に陳情をしてきたメイドだった。
そして、近況を話すや、隠しきれないとばかりに顔をしかめる。
「あの、そういえば坊ちゃまって今日お風呂に入りましたっけ?」
いや、まだ入ってない。急になんだろうか。
というか、いろいろあったけど、まだ昼だ。
風呂を沸かすというのは、魔法のおかげでこの世界の文化レベルの割には楽とはいえ、それなりの重労働となっている。そのため当番制で、みんなが入ることになる夕方に沸かされるのだが。
なぜだか今日は昼から風呂が入れられているらしい。
「すっごい、匂いなんですけど……」
メイドの女性はもう、表情にでることを隠すどころか、あからさまに鼻をつまんだ。
これって、もしかしてクサくなる呪いなんだろうか。
それとも、ただネズミとウリアの匂いが残っているだけ?
僕はその真相を知るべく、自分の部屋の匂いくらいはどうにかすることを一人決心するのだった。
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