第18話 蘊蓄マッドシャーマンの誕生



 森へ狩猟に出た僕と姉のイリーゼは、見事(イリーゼが)クモとゴブリンを倒して、新しいジョブを手に入れたものの。帰ってきた僕らを待っていたのは説教だった。



「ふぅ……。やっと解放された……」


 僕はまだ、分別の付かない子供なんだから、あんなに怒ることはないだろうに。

 まるで、弟の僕の方がイリーゼよりしっかりしていて、諫めなければならない立場にいるかのような叱り方だった。


 もちろん姉も、僕やウリアなどの幼い弟妹を連れて、「狩猟の同行者を用意した!」と言い張るのは禁止された。

 それでも狩猟自体は禁止されないことから、この領地、ひいてはこの世界の狩猟偏重具合がうかがえると思う。



 まあそんな終わったことはどうでもいい。

 いまの僕の目下の興味は、新しいジョブにある。


 "祈祷師"。

 英語で言ったらシャーマン。

 英訳した意味は特にない。


 さすがは祈祷という名前がつくだけあって、"祈祷師"で最初に手に入るスキルは、神にお祈りするものだった。

 その名も【祈祷療術】。

 文字通り、お祈りで癒しを求めるのだ。まあ、そう訳したのは僕だけど。

 ちなみに、ジョブの方の【祈祷療術】と系統外の【祈祷療術】は同一という扱いだ。二種類持っているというわけではない。

 多分スキルとして覚えたのではなく、あくまで魔法技術として習得したから、系統外にも分類されたのだろう。


 その【祈祷療術】による治療は、まさに漫画かアニメのような光景だった。

 深い怪我が元から何事もなかったかのように瘢痕もなく治るというだけでも、医学の常識から離れている。

 でも傷口が発光するのって必要なんだろうか。まあ、確かに光ってる方が治してる感があるけどさ。創作物の回復魔法も大体光ってたし。



 そんな前世の創作には、魔法に限らずさまざまな治療技術が出てきていた。

 中でも内科的な、つまり手術とかそういうのをしない医療に限った話をすると、その手段は大まかに4つに分類されると、僕は考えている。



 一つは、自然治癒力の向上させるタイプ。

 たぶん、一番わかりやすくて現実的な技術だ。

 元からあるものを高める。実に明快。なんなら前世でも研究が進められていた。

 例を挙げるとNA○UTOの医療忍術とか、X-○ENのウル○ァリンとかがこのタイプになっている。

 もちろん現実的と言っても、創作でやっているような一瞬で大きな欠損が治る、みたいなシーンには突っ込もうと思えば簡単だ。

 回復に必要なタンパク質とかその他諸々の物質は、どっから来たんだとか。化学反応そのものを速くするのでもなければ、生化学的な反応である損傷応答が2倍も3倍も速くなるわけないだろ、とか……。

 まあそれでも、何とか納得できる範囲だ。


 2つ目が、時間遡行させるタイプ。

 ジョ○ョのクレイジー・○イヤモンドなどが部分的にこの性質を持っている。

 時間遡行というもの自体、物理学に喧嘩売ってるのはまだいいとして。怪我を負う前に戻してしまえば治療になる、というのはもっともな理屈だ。

 しかし、時間遡行すること自体は除いて科学的に突っ込むなら、まず怪我人を遡行したら記憶とかその他諸々まで戻らないか?という話になる。

 まあ、僕視点だと記憶に関連する魂らしきものが存在するので、記憶の問題はクリアしているんだけど。それ以外にも問題は起こる。

 例えば呼吸の問題だ。

 体を構成する物質は当然、外部と常にやり取りが行われている。ここで、呼吸によって排出される二酸化炭素の炭素については、体に蓄えられていた炭素を含有する有機物に由来している。

 そうなると、仮に肉体を時間遡行した場合、この排出されてどっかに行った二酸化炭素も取ってこなければならなくなるわけだ。すると、時間遡行の範囲は無限大に広がってしまう……。という具合だ。


 3つ目は、怪我をしたということ自体をなかったことにするタイプとなる。

 ???

 まずは『怪我をしたということ自体をなかったことにするタイプ』と毎回呼ぶのはアレだし、怪我の概念操作とでも呼ぼうか。

 これについては、科学的な理屈を考えるのがバカらしくなってくるな。

 それでも少しは考察すると、概念操作タイプによる治療は言ったもん勝ちみたいな能力バトルモノでよく出てくるタイプだ。わかりやすい例で言うとめだか○ックスの裸エプロンな先輩の「大〇憑き」だろう。派生型で怪我を他人に移したりとか、もう謎の現象のオンパレードとなる。

 パラレルワールドから引っ張ってくるのか? まあ、もう何でもいいよ。


 そして4つ目。これが神様お祈りタイプだ。

 どうにか解釈するなら、神とかいう謎の高次元存在なら何とかしてくれるという理屈だ。発達した科学は何とやらというワケ。

 これ系の奇跡は古事記にも聖書にも書かれてる。



 と、まあ散々こき下ろしたところ恐縮なのだけど。

 実はこの世界には、これらのいずれのタイプの治療法も実在している。

 オイオイオイ、じゃあここまでの説明は何だったんだ、と言いたくなるだろう。

 一言言わせてもらうなら、科学的考察よりも先に事実があるというやつだ。


 とは言っても。当たり前だけど、これらの科学的な疑問をクリアした方法を導き出しているわけじゃない。

 あえて言うならば、全部神様お祈りタイプなのである。


 まあ、ここらへんの治療技術が実際にどう機能して実現しているのかは、別に僕が知りたいことじゃない。後の誰かが解析してくれれば、それで満足だ。

 何度目かに言うけれど、僕はマッドサイエンティストになりたいのであって、全身全霊で真理を探究したいわけじゃないのだ。今の僕は実用性第一なのである。



 さて、流石の僕も、ただ蘊蓄を語りたくてここまで話を広げたわけではない。

 僕がしたかったのは、『魔法的な治療には大まかにこれらの4つの分類がある』という話だ。

 それというのも、この世界の治癒魔法では、それぞれのタイプの特徴が魔法の特徴として引き継がれているのである。

 究極的には全部神様お祈りなのにね。


 なので、自然治癒力向上タイプなら瘢痕が残ることが多いし。

 時間遡行タイプならどんなにグチャグチャでも治療できるけれど損傷した部位を生やすとかは苦手。

 概念操作ならそれらの問題はないが、術者が認識していない毒とかは治療できない……。

 と、そういった感じになっている。


 これらは実用上でも使い分けがされているので、この世界でも得手不得手が纏められていた。

 それはつまり"祈祷師"以外の治癒魔法の情報は、この文明圏の、出典も研究倫理も科学哲学も定かではない本で得た、クソほど怪しい二次情報に過ぎないということにもなるんだけど。



 そうした中で、"祈祷師"というジョブのスキルはどれに当たるかと言えば、たぶん4つ目の神様お祈りタイプにあたる。

 ……いや、なんというか。申し訳ないという気持ちは、僕にもあるよ。ウン。

 まずは言い訳というか、そう判断した理由を聞いてほしい。


 さっき言った通り、4種の治癒魔法では、それぞれの特徴を引き継いだために回復時の様子が異なっている。

 自然治癒力向上タイプでは、通常と同じ回復を早送りで。

 時間遡行タイプでは、傷ができた時を巻き戻すように。

 概念操作タイプでは、一瞬で。

 最後の神頼みタイプは、それ以外。

 と言った具合だ。


 対して"祈祷師"の治癒魔法は、段々傷が小さくなっていくようなスタイルだった。これは森からの帰りに、擦り傷とかを治す際にスキルの方の【祈祷療術】を使っても確認した。

 とすると自然治癒力か時間遡行と勘違いしそうなところ、実はそれらとは合わない特徴を持っている。

 それは、傷そのものが小さくなっていくという現象だ。


 自然治癒力の向上なら、通常と同じ創傷再生の過程を経るはずだし。時間遡行なら、傷は小さくなるのではなく、凶器が抜けていった先から回復する、順序立ったものになるはずだ。しかし、"祈祷師"の魔法にはそれらがなかった。

 これらの事実が意味するのはつまり、"祈祷師"の【祈祷療術】は、その名に恥じず神頼みの回復だったということだ。真実はいつも一つ!

 ちなみに神頼みする場合のメリットデメリットは、万能型で制約となる条件が少ない代わりに、消耗が激しいという形になっている。



 まあ、そんな都合のいい回復を実現する神頼みの回復能力も、僕としては利用できるだけ最大限に利用したい。

 いくら万能型とはいっても、これがどういう対象を取ることができて、他にどういう条件や効能を持っているのか、詳しく正確に調べていく必要性もそれだけの価値も大いにあるのだ。

 抜け道や落とし穴は、この魔法にだってあるかもしれないのである。


 神の奇跡をいかに実現させているかについての研究は敬遠したけれど。こういう発動条件とかの解析には僕も乗り気になれる。

 上手い具合に抜け道を見つけてズルのようなことができれば、それがそっくりそのまま利益になるのだから。



「まず必要なのは、実験動物。ネズミか、無理だったらどっかの茂みで昆虫採集だな。最悪、自分で人体実験だけど」


 そうして始まる、目くるめく研究生活に向けて。

 説教から解放された僕は、それに必要な実験用のネズミか何かの害獣を手に入れるため、厨房へと足を進めていった。

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