第17話 奇跡的なリザルト


 姉さんに連れられて、森に狩猟に来ていた僕だが。致命傷となるかもしれない傷を負ってしまい、迫りくる死の恐怖におびえていた。



 死ぬ。死んでしまう。


 僕は一度体験したにもかかわらず、それを病的に恐れていた。


 恐怖とは未知から生じることが多い。

 僕はこれを信じてきたが、そうだとしたら一度死を経験し、転生した僕は死を恐れる必要なんてないはずだ。


 また転生する可能性もあるのだから、あきらめればいいじゃないか。

 合理的な判断としてそんな意見もある。


 あるいは、転生という僕の理解できない未知、そしてその不確実性にも恐怖しているというのだろうか。


 いや、そのどれもが違う。

 僕はもっと本能的な恐怖を、死に対して覚えているのだ。



 そうして僕の死にたくないという気持ちが、純粋なものとして定まった時。

 それは起きた。



「ロディ、傷が!」


 姉さんに指摘されることで、僕はようやく気がついた。


 破れた服から覗く患部が、淡い光のようなものを纏っている。

 しかも、光に包まれた傷口は、まるで傷の画像を縮小しているかのようにだんだん小さくなっていっている!


「僕の傷が、治っていってる……」


 たぶん、本当は治るという表現も、あまりふさわしくない。

 線維組織の形成など、見てわかる範囲でも本来の創傷修復の過程で経るべき順序を踏んでいないのだ。


「これが、……魔法」



 原始魔法は習得したが、そこから派生するはずの魔法を、これまで習得できなかった理由。

 それを僕は薄々ながら理解し始めていた。


 単純な話で、生半可な気持ちの願いじゃダメだったんだ。

 『空を自由に飛びたいな~(花畑)』みたいな感じでは、到底、魔法として成立するには至らない。空を飛ぶ魔法を発現するためにはきっと、『魔女に塔のてっぺんに閉じ込められた。外に出たいけど階段もないピエン』というような、それはもう逼迫したシチュエーションが必要なのだろう。

 それくらいもっと真摯な、深刻な願いじゃなければ、原始魔法から魔法へと発展させることはできないのだ。


 いま、僕の死にたくないだとか、そういう真剣な思いが魔法となったに違いない。


 こんな奇跡を起こしてくれるというのなら、今世では僕は神に祈ってもいい。



 ……いや、でも傷が治ったからって、病原体の侵入の問題は解決してなくないか?

 それじゃあ、前世でも一時期体験した、脳に寄生する病原体に恐れおののく日々が始まってしまうじゃないか。


 まあ、傷が治ってしまった以上、もうできることはない。

 傷口を洗うとか、消毒するとかといった単純かつ明快な感染症予防法が前世にはあったが、それらを施すにはもう遅いのだ。

 あとは僕のこの身体の免疫能力を信じることだけである。


 ◇


「ホントにもう大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」


 感染症の数日間の潜伏期間を心配している、とは言わない方がいいことくらい、僕にもわかる。


 カケリグモの狩猟が終わった僕と姉さんは帰路についていた。

 僕が怪我をしたからというのも当然あるが、当初の予定通りでもある。



 きまり悪く感じて。手癖、と言えるほど僕はこの世界での狩猟を体験していないが、気の紛らわせにステータスを開いた。



────────────────────

ロディオ・ヘイロー

ジョブ 読書家:Lv11 祈祷師:Lv1

スキル 読書家:

     ┣【速読術】

     ┣【記憶整理術】

     ┗【魔法防護】

    祈祷師:

     ┗【祈祷療術】

系統外スキル 【祈祷療術】

────────────────────


「おおっ?!」


 ジョブが、増えてる!


 でも、"祈祷師"という名前はちょっと詐欺師チックだなあ。

 というのが僕の最初の感想だった。


 それに付随してるスキルの【祈祷療術】とかいうのが、僕がさっき使った魔法で合っているのなら。まず間違いなく系統外スキルでこれを得たのが、ジョブ習得のトリガーだったということだろう。

 ジョブから得られるせっかくのスキル枠が、実質一つ分、潰されてしまっているのは残念だけど仕方ない。


 まずは新規のジョブを得られたことを喜ぼう。わざわざ森に狩猟に来たのも、怪我をした苦労も報われるというものだ。


 こんな短時間で更新が入るというのは、相変わらず監視されてるみたいな気がして不気味ではあるが。



 "祈祷師"は、ゲーム的に言うなら、いわゆるヒーラー職というものだろう。

 後方支援というのはマッドサイエンティスト的に最適だし。医療というのもマッドサイエンティストっぽい感じなのが非常にグッドだ。

 祈祷、というのが、ちょっと反科学的な感じがして引っかかるのは、目をつむろう。



 あ。あと"読書家"のレベルも上がってた。

 一狩りでレベルが上がるだなんて、随分とボロい商売だ。



「どうしたの、ロディ」


 急に声をあげた僕を不審に思ったらしい。

 姉さんは、心底心配するような眼差しを僕に向けていた。


「ジョブが増えてたんだよ!」

「ホント?! やったわね!」


 イリーゼは自分のことのように声を出して喜んだ。

 彼女も、この僕の怪我が無駄にならなくてよかったと思っているのかもしれない。


「どんなジョブが増えたの?」

「"祈祷師"っていう、たぶん医療系のジョブだ」

「へぇ! "祈祷師"って言ったら、結構レアなヒーラー職よ。狩猟や戦場ではちやほやされてるわね」


 聞かれたジョブを素直に答えた僕だけど。半分とはいえ血のつながった家族であるイリーゼには、特にジョブまでは隠す必要はない。


 メイルダはなんでもかんでも隠すべき、っていうスタンスだったけど、ジョブまですべて隠すかは結構人によるらしい。

 その人の能力を端的に表すことになるから、重要な情報ではあっても、開示が必要な場面はちょっと考えるだけで少なくないのだ。

 さらに、有名なハンターには、自身の持つ代表的なジョブを二つ名みたいな形で大々的に売り出していることすらある。それでもさすがにスキルまでとなると、かなり秘匿事項になるみたいだけど。

 

 そんな秘匿が緩むのは家族となればなおさらというわけで、僕だってイリーゼの持っているジョブは全部とはいかないが知っている。

 全部は知らないのは、彼女のステータスも日々成長していることが理由の一つだ。

 もちろん毎度のごとく聞いても教えてくれるだろうけど、もし忘れたら面倒になりそうだ、とも思ってる。


 ……いや、今は【記憶整理術】があるからそんな心配はしなくていいのか?

 まあいいや。実験対象にする気もない家族の情報を逐一まとめておく意味はそれほどないし、必要な場面がきたら聞けばいいだろう。



「あら、私も増えてるわ。……"復讐者"?」


 僕よりも数段慣れた手つきで、ステータスを開くハンドサインが行われ。イリーゼも自分のステータスを確認していたようだ。

 彼女にもジョブが増えていたらしい。僕と姉、双方に実りある狩りで何よりだ。


 それにしても、"復讐者"とは。

 なんだか物騒な名前だ。


「なんだか物騒な名前ね」

「イリーゼも知らないジョブなの?」

「聞いたことくらいはあるわ」


 僕と同じ感想を抱いていたイリーゼは否定して、その"復讐者"というジョブについての話を始めた。


「"復讐者"のジョブの起源はかなり古くて、正確な発祥はわかっていなかったはずよ。……でも、有力な説として"堅忍王"の物語のモデルとなった人物だとされてるわね」



 この世界のジョブには、"起源"などと言われる創始者が存在している。それらはいずれも歴史上の実在の人物で、後世に名を遺すレベルの偉業をなした人物とされ、現代でも敬われている。


 宗教的には、このジョブの起源となった人物は神になったと称される。人間をして、神々に列席されることになるのだ。

 もちろん元人間の神ばかりではなく、元から神という扱いの神々もこの世界の神話には存在する。というか神話のメインはそっちだ。

 前世では王権を守護するという目的のため、古代エジプト神話や日本神話など、地域を問わずに似たようなことがされていた。偉人を神扱いするというのは、それに少し近い。


 もっとも"剣士"や"魔法使い"のような一般的すぎるジョブなどは、起源となる人物は伝わっておらず、こちらも元から神だったものが創ったとされることもあるそうだ。

 まあ、実際のところ歴史的な悪行を働いた人物を、ジョブから切り離して考えているということなのかもしれない。


 そして、そんな事情があるものだから。ハンターや騎士などとして戦働きをしている人々の多くが夢に抱いているのが、この『起源の英傑として神に列席すること』となっている。

 思想的には北欧神話で「ヴァルハラ!」とか言っている人たちと同じようなものだ。



「"堅忍王"の物語は復讐を成し遂げたことで完結するわ。たぶん"復讐者"もそれにちなんだのでしょうね」


 僕は以前、たくさんの物語を読んでいたため、"堅忍王"の物語も知っている。

 いわゆる復讐譚だ。

 モデルとなった人物がいるという話は知らなかったが。じゃあ復讐を成し遂げたから偉人か、と言われるとそれは微妙な感じもする。


 前世の例を挙げると、赤穂浪士とかが近い存在だ。

 ただそれって、偉人というかなんか普通の歴史上の人物だよなあ。


「でも復讐を達成したことが条件なら、『復讐している者』じゃなくて『復讐をした者』じゃないか。"復讐者"なのに復讐の真っ最中の人には力にならないジョブなんて、変な話だよね」

「歴史に残る復讐者なんて、成功した者だけよ。失敗して復讐者のまま死んだ人間には、ジョブの起源となるだけの資格も、"復讐者"を手に入れる資格もないんでしょうね」



 ちなみに僕が手に入れた祈祷師の方はというと、歴史が古すぎてよくわからないそうだ。

 まあ前世でも医療系の奇跡を起こした逸話なんて、いくらでもあったしね。それだけ候補が多いんだろう。

 現在では、預言者を名乗る始祖が作ったいくつかの宗教派閥が、強硬に起源を主張しているくらいらしい。



 "祈祷師"に"復讐者"と、各々新しいジョブを手に入れた僕たちは、ホクホク顔で森からヘイロー家の屋敷へと帰っていった。

 しかし、帰って来るや否や、ボロボロな僕の服を見て、「なんてことをしていたの!」とこっぴどく叱られることとなったのだった。

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