第15話 リアルガチジャイアントスパイダー
おニューなジョブが欲しくて姉のイリーゼに絆された僕は、彼女と二人だけで、ヘイロー領内の森に魔物の狩猟に来ていた。
そして獲物となる巨大なクモの魔物、ケガレカケリグモの痕跡を発見するも。その先で、不可解な事態に直面。それは、通常ならカケリグモに襲われてしかるべきゴブリンの姿がある、というものだった。
「あのゴブリン、どうするの? 狩る?」
「私たちの行き先をふさいでるし、仮に迂回したとしても、後ろから襲われた方が危険だわ」
相手のゴブリンは3匹だった。
装備はしょぼく、武器と言えそうなものは木の枝をそのまま使ったような棍棒しかもっていない。
うん、見るからに、ただのゴブリンだ。
役職付きと呼ばれるような強化個体のゴブリンは、だいたい他とは異なる見た目をしているため、すぐに判別がつく。あからさまに品質のいい防具を身に着けていたりするのだ。
なので、今回の場合には、十中八九特殊なゴブリンではないと言えた。
貧弱なゴブリンたちに対して、こちらには味方戦力としてイリーゼがいるので、現状のままなら億が一にも負けることはない。
スラリ、とイリーゼが腰に佩いた長剣を構える。
子供サイズなので、実際にはショートソードのサイズだ。
僕が姉を真似して抜いた剣は、それからさらに一回り小さい。ちなみにこれはイリーゼのお古だったりする。
ただまあ、結論を言ってしまえば、僕がいっちょまえに剣を構えた意味なんてなかった。
金色の影が、雷光のように馳せる。
「ほら、なにしてんの? 早くとどめを刺して」
一瞬の出来事だった。
イリーゼの後ろ姿が掻き消えると、戦いは僕がまばたきをしている間に終わっていた。
カランコロンと、木製の棍棒が地面に転がる。
ゴブリンたちはその手足を切られ、いまや芋虫のように這いつくばっていた。
そんな状況を作り出した彼女には、トドメを刺す様子はない。
というのも、僕がイリーゼについてきた目的はこれだからだ。
彼女にとって、ゴブリンの討伐というのはほとんど経験値の足しにならない。だから、それを僕に譲ってくれるのだ。
すると僕は、デンジャーがフリーに経験値を得ることができるというわけ。
10割イリーゼの功績だろうに、こんなのでもレベル上げに必要な経験値はもらえるというのだから、ステータスのシステムはガバガバだ。戦闘外の経験値配布基準やジョブの基準だとよく見ているくせに。
僕は剣を握ってゴブリンのもとまで足を進めた。
振り下ろした剣がゴブリンの頭をカチ割ると、びくりと一瞬跳ね上がって、それから動かなくなった。
マッドサイエンティストを目指す人間として、こんなものに感情移入したり、躊躇したりしていてはいけない。
ヒト型生物とはいえ、ゴブリンはサルみたいなものなのだ。
多少知恵が回るとしても、所詮は動物。そのうえ人間に死の危険すらもたらす存在なのだから、駆除するしかない。ゴブリンに人権なんて存在しないのである。
「ロディ、そのやり方だと切れ味が悪くなるわよ。こんなのただのトドメなんだから、もっと効率よくやりなさい」
イリーゼ女史からは、トドメの刺し方に抗議が入った。
そんなことを言われても、僕が剣の細かい扱いなんて知るはずもない。
「効率って言われても……」
「じゃあ、ほら教えてあげるから」
鷲掴むように、イリーゼは僕の剣を握る手を取った。
「こういう両刃の直剣は、あんまり切るようにできてないの。むしろ突き刺す方に強靭性が備えられているわ」
イリーゼは僕の剣の真ん中あたりをすべるように指さした後、切っ先に手をやった。
トントンと、尖った刃先を指の腹で触れて突き刺すことを示す。
「僕はさっき、切る方を使ってたから、ってことか」
「そ、相手が動かないようなときには斬るんじゃなくて刺した方が、剣を消耗しないのよ」
へぇ。そんなのもあるのか。
でも、考えてみれば当然かもしれない。だって単純に考えても、剣は細長いものなのだから、横切るように見るよりも、切っ先から見た方がぶ厚いからね。
「もちろん、戦ってるときはそんなことは言ってられないわ。アンタみたいな素人には、まだ戦ってる最中に刃のどこを使うとかはできないだろうし。だけど、だからこそ、こういう場面では基礎的な知識が重要となるの」
はあ。まあ僕は魔法使いになる予定だから、剣の知識を覚えたところで、という気はするけど。それはまさに言わぬが仏、というものだろう。
「それから、さっきは頭を割ってたけど、それもよくないわ。ゴブリンだけじゃなく、ほとんどの生物は頭の骨は硬いものなの。だから即死させたいとしたら、ここ。首よ」
イリーゼは首の後ろあたり、前世の知識を使うと、延髄と呼ばれていたあたりを指した。
そのあたりの中枢神経は、心臓の拍動や呼吸など、生体内の基本的となる動きを制御していることが前世では知られていた。これを損傷させれば致命傷となる。
しかも首には、延髄に当たらなくても、頸動脈がある。こちらは切れてしまうと脳に血流が回らなくなるので、まあ致命傷だ。
これらは最も代表的な急所で、この世界でも当然に知られているらしい。
ただ、「単純に戦闘で相手を殺すためだけなら、そもそも首なんて狙わない方がいいけどね」ともイリーゼは合わせて口にした。
心臓とか首とかは急所としてわかりやすいが、その分、骨に守られていて刃が入らないことも多い。だから、腹の辺りを刺したり斬ったりした方が有効になる場面もあるそうだ。
僕の手を離すとイリーゼは、「やってみせなさい」とばかりに顔を小さく振って、まだ残っているゴブリンの方を指した。
イリーゼのアドバイスに従わない理由もない。
僕は淡々とゴブリンの首に剣を突き立てて処理していった。
まあ、淡々ととは言ったものの。僕の直剣エイムぢからはカスなので、思いっきり頸骨にぶち当たって弾かれたりしたんだけども。
さて、ゴブリンの処理もひと段落したところで。
そもそもは、ゴブリンに遭遇したこと自体が、アクシデントだった。
ということで、イリーゼと僕は休憩をとるまでもなく、再び"ケガレカケリグモ"とかいうらしいクソでかいクモの追跡に戻っていた。
なんも仕事をしていない僕は言わずもがなだけど、イリーゼにとってゴブリンとの戦闘は疲れる要素すらないものらしい。
「さっきのゴブリンたちは、カケリグモから逃げてきてたみたいね」
イリーゼが見ていたのは地面に残ったゴブリンの足跡だった。
深くえぐられているので、それだけ強く踏み込んだということだ。たぶん走ってたのだろう。
その足跡の向きは、さっき僕らがゴブリンに遭遇した地点へと続いている。
のそりとした動きで、その巨体が現れたのは、ちょうど僕がゴブリンの足跡を見ているときだった。
「う、うわ。でたぁあ!」
一目見たときには、熊か何かの哺乳類に近い魔物だと思った。
そう勘違いするほどに毛むくじゃらで、節足動物的な異生物感はひそめられていた。
しかし、おそらくは僕らを捕食対象とみるや、そいつは足を文字通り八方へと伸ばして本性を現した。
巨大なクモだ。
前情報通りの存在だが、人サイズのクモがここまでおぞましいというのは、一人称で見てみない限りわからないかもしれない。
ぶっちゃけ、僕もなめてた。
前世で見た某世界的児童小説の映画でも巨大なクモが出てきたが、たぶんこのクモはあれより数段小さいだろう。同時に出てきた子蜘蛛が精々と言ったところだが、それすらも側から見るには数が多い部類のキモさでしかなかった。
だが実際、目にしてみてどうだ。
ありえない! 最悪だ!
こいつのためだけに、森に出入りしたくなくなった。
もともと出入りしたくなかったけど。
「ねぇ、ちょっと。ロディ」
この世界に必要なのは、魔法とかそんなものじゃない。
早急に殺虫剤が必要だ。こいつらを根絶やしにしない限り、僕はおちおち寝てもいられない。
いや、いっそのこと枯葉剤とかでもいいかもしれない。そうだ、それがいい。自然破壊? どうぞお好きに言うがいいさ。この世界の自然はクソだ。こいつらは人類の生息圏から、遠く見えなくなる遠方まで追いやられてしかるべきなのだ。
「……ロディ~! いつまでその木の後ろで隠れてんの?!」
「はいぃ? いったいなんの御用で?」
「御用も何も、もうモンスターも残ってないのに、いつまで隠れてるのかって話よ」
へ?
僕は恐る恐る、隠れていた木の裏から、あのおぞましく忌々しい存在がいた方へと首を伸ばした。
「し、死んでるぅう!!」
「そりゃ、狩りに来たんだから死んでるでしょ」
僕は、初めて心の底からイリーゼを尊敬したかもしれない。
これはあれだろうか。
少年時代なら、蟲にも躊躇うことなく接触できるというやつの延長で、イリーゼはどんな姿のモンスターにも近づいて戦うことができるのだろうか。
もう心は大人な僕には、今後挑むこともできない。
僕はその事実に哀愁のようなものを感じていた。
一切、惜しいとは思わないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます