第14話 クモを掴むようなストーキング


 武闘派な姉のイリーゼに、部屋の扉を跳び後ろ回し蹴りで蹴破られ、野蛮な趣味のハンティングへと連れられた僕は、イリーゼと一緒に街の近くの森を歩いていた。


「父様も、そろそろ一人で狩りに出てもいいって、許してくれればいいのに」

「その付き添いって、……本当に僕でいいの?」

「いいんじゃない? 父様は、誰かを連れてけ、としか言ってなかったし」


 僕の姉たるイリーゼが、しきりに僕を誘う理由はお目付け役となる誰かを連れていかなければならなかったかららしい。

 それ絶対、僕じゃダメなヤツの気がする。


「じゃあウリアはダメなの?」


 ウリアというのは僕から一番歳が近い姉だ。近すぎて、もうほぼ姉という感じはしない。そして、イリーゼとウリアが腹違いの方の姉なので、彼女たちは実の姉妹ということになる。

 だからなんだと言われると、あんまり言い返す言葉は見つからない。ヘイロー家の僕らの世代は、そういうので溝ができていたりはしないのだ。


「あの子は、まあアレだし……。それに、一回もついてきてくれたことないし」


 僕の、姉のウリアに丸投げしようというささやかなる試みは、すぐに失敗した。

 ウリアは実の姉にもヤバいやつと思われてたらしい。

 まあたしかに、それはそうかもしれないが、理由は後半だけで良かったんじゃないだろうか。


 というか、イリーゼはウリアのあの部屋に特攻したこともあったのか。

 流石と言うべきかもしれない。

 僕は今後一生自分から入ることはないだろう。


「言っても、僕もそんなついて行ったことない気がするんだけど……」

「うーん、まあウリアよりはあり得るかなって」


 不本意ながら、テコでも動かなそうなウリアよりかは、何かメリットを持ってくれば動く僕の方が可能性はあるかもしれない。

 実際、素の状態でも1%くらいは行く気あったし。


 まあ色々、後日談的にイリーゼに言われたところで、今更帰る気はない。物事の大部分はやり始めることができた段階で終わっているとも言うしね。


 ◇


 ヘイロー領が存在しているのは、開拓地域と呼ばれる辺境だ。この世界には人類未踏の地が多く、ヘイロー家の奥にも永遠と未開拓の森が続いている。

 そんな地域なので、ヘイロー家は、シェンドール王国の中央に住む人々から見れば、随分な田舎貴族ということになる。男爵という身分は、貴族の中では下の方なので、領地を辺境の地帯に持っているのは普通のことではあるけれど。


 しかし、同じような開拓地の貴族はごまんといる中でも、ヘイロー家は裕福な方だ。なんなら、王都のそこら辺の貴族よりもむしろ裕福な方だろう。

 領内で得られる魔法資源が、その理由だ。

 ではその魔法資源の出どころはというと、いわゆる"ダンジョン"の一種から産出されている。

 ダンジョンの話はまたいつかするとして。


 開拓という名前の通り、ヘイロー家の領地はこのダンジョンに向かって未開拓地を深く切り込んでいる。そのため、未開拓の森に接している境界線が非常に長いのだ。

 森からは定期的にモンスターが出現するので、普段はそれをダンジョンマネーで招いたハンターたちに守護してもらっている構図となっている。


 まあ結論に行くと、ヘイロー領の周りには狩猟自由の森が広大に広がっているということだ。



 僕とイリーゼは、そんな森に入っていた。


 ヘイロー領の周囲の森は、場所により敵の強さが大きく異なっていて、シェンドール側に近づくほどと呼ばれ、出てくる魔物も弱いとされている。

 僕ら、というよりか僕がまだ弱いので、今いるのも森の中ではかなり浅い方だ。


 ◇


「シッ!!」


 普段通りに歩いていたように見えたイリーゼが、急に停止の合図を出した。


「クモのテリトリーみたいね……」


 イリーゼが伸ばした人差し指の先。木漏れ日にキラリと光る線が宙に張られている。眼を凝らしてみると、それは確かにクモの糸のように見えた。

 よく見れば結構太い糸が架かっているけれど、森の風景の中でこんなのよく見つけられるよ。僕だったら絶対に気が付かない自信がある。



 森の姿というのは前世とほとんど変わらないように感じる。植物学者に言わせれば、全然違う! と言われそうだが、生憎と僕にはそちら方面の知識はない。


 同様に、この世界のほとんどの生態系は、前世の世界とかなり似通っている。通常のクモは小さくて尻から糸を伸ばすし、花々も人間の可視光領域に近いあたりで虫やその他の媒介生物を引き寄せている。


 収斂進化という奴だろう。最近だと、ポケ○ンのウミディ〇ダがデ〇グダの姿に似ている理由が収斂進化だという話があった。

 異世界間では当然つながりのない単純な遺伝的進化とは違い。合理性を持った構造的特徴でさえあれば、異なるグループの生物でも共通するようになる収斂進化は、それこそ世界すら越えて起こりうるのだ。

 この収斂進化により、そこらへんをほっつき歩いている蟲なんかは、前世にいてもおかしくないような見た目をしているし。僕の見た目だって、ホモ・サピエンスとほぼ似た姿をしているのも、同じ理由だと考えられる。


 ただ、散々似ていると評価した生態系だけれども。

 魔物だけはその例外となる。

 魔物という存在は、強くなればなるほど、普通の動物からかけ離れた姿をしていることが多い。それは異常にデカかったり、複数種を無理やり繋ぎ合わせたようだったりと、様々だ。

 救いがあるとしたら、元となった動植物の原型が、多少なりとも残っていることくらいかもしれない。



 ところで、ここでイリーゼが注意を払ったということは、彼女の言うクモは、部屋にたまに歩き回っているちっこいやつではなくて、何らかの危険のある魔物なのだろう。


 イリーゼは注意深く糸を避け、潜るように進んだので、僕もそれに倣う。

 それから木々を1、2本横切るくらいの距離を慎重に進むと、彼女は頭上を見上げた。僕もつられて見上げるが、特にどうということもない林冠のように見える。


 なんだったんだろう、と僕が考えている間に、イリーゼの雰囲気は弛緩した。



「徘徊性のクモだと思うわ。だから、しばらくは問題ないわね」


 魔物のクモにも、徘徊するやつと巣を作るやつがいるのか。

 先ほどまでは、巣とかが張られていないかを確認していた、ということなのだろう。


「このサイズのクモがいるなら、大型の魔物はいないと見ていいと思う」

「このサイズって言われても、僕にはわからないんだけど」

「んー。まあ、私と同じくらい?」


 どこでどうやって姿も形もないクモの大きさを見積もったのかはまるで分らないが、そんなサイズのクモなんて、目の前で見たら発狂ものだろう。


 一応言っておくけど、僕はビビってるわけじゃない。これは正しい恐怖を覚えているというヤツだ。

 今日はそのクモに出会わないことを、心の底から祈ってる。


「じゃあ、今日はこのクモを狩ることを目的にしましょうか!」

「エッ」


 僕の希望は一瞬で絶たれた。



「そんな危なくないわよ。これが集団行動で、もっときっちりテリトリーを築くタイプだったら流石にやめてたけど。徘徊型なら、相手は確実に一匹だわ」


 ちょうどいい練習台よ。とイリーゼは朗らかに笑う。


 たしかにRPGでも、集団戦闘より一匹を相手にした方が事故は少ない。だから今回のクモは相手として楽な部類。

 理屈ではわかるけど、僕はそんな巨大なクモになんか、出くわしたくないのだ。


「それじゃあ、糸が伸びている先を目指しましょ!」


 そんな僕の本音が汲み取られるはずもなく、イリーゼは意気揚々とクモの待つ森の奥へと足を進めた。


 ◇


 クモを追う道すがら、手持ち無沙汰な僕は姉に質問をぶつける。


「さっきは、なんでクモの大きさがわかったの?」

「ま、複数の理由の組み合わせよ」


 すると、よくぞ聞いてくれたとばかりに、イリーゼは嬉々として言葉を並べ始めた。年齢的に当然ながら、ない胸を張っている。

 彼女は本当に、いろんな意味で狩りというのが好きなのだろう。


「まず最初にクモの糸があったでしょ。あれの太さから、大きさが推定できるのがまず一つね」


 まあ確かに、クモの糸です、というには太かったかもしれない。

 どれくらいの太さだったかと聞かれれば、クモの巣なんて目にも入れたくないので、あんまり確認もしていない。前世でも今世でも。


「それから、このあたりで徘徊性のクモの魔物の種類なんて限られてくるわ。今回なら、まず間違いなく"ケガレカケリグモ"でしょうね。となると、最大サイズは推定できるわ」


 イリーゼには相手の名前もわかっていたのか。

 その情報があれば少し安心できる。

 やはり未知こそが恐怖なのだ。


「あとは、ここまで歩いてくる間、小動物が普通にいたでしょ? つまりそれは、小動物がエサにならないサイズだ、ってこと。食べられないのなら、小動物だって逃げだすことはないのだもの」


 はあ。

 種としての相手の最大のサイズと、状況から見てとれる最小のサイズ。

 これで最小から最大までをおおざっぱにくくれるというわけだ。

 僕が全く気が付かなかったところでも、色々考えを巡らせられる部分もあるのだなぁ。



 僕が内心、姉さんに感心していると、彼女は突然歩みを止めた。

 つんのめって、その背中にぶつかりそうになるのを、ギリギリ堪える。


「……あれ、変だわ」

「急にどうしたの?」

「この先に"ゴブリン"がいるのよ」


 ゴブリンは、……まあ誰もが思い描くような、いわゆるゴブリンの姿をしている魔法生物だ。

 本当は直訳だとコオニ小鬼みたいな感じになるのだが、パッと見て「あ、ゴブリンだ」とわかる明らかゴブリンなので、僕はゴブリンと呼ぶことにした。


 ゴブリンと言えば、ゲームでは大体ザコ敵扱いされている。この世界でも雑魚の代名詞かというと、……まあ、半々だ。


 ゴブリンの持つ要素を分解すると、要するに多少ずる賢くて敵対的な小さいヒトガタ。だから知能も身体能力も勝る大人が正面から戦えばまず勝てるし、僕でもそんなに苦戦することはない。

 ただしそれは1対1の時の話となる。

 一人で複数を相手するなら、連携を取ってくる場合があるので、そこそこ面倒。逆に言えば群れてもその程度、ということから、この世界のゴブリンの立ち位置が雰囲気でわかるかもしれない。


 付け加えると、ゴブリンには"役職付き"と呼ばれるいわば上位個体も存在し、コチラは危険度が跳ね上がる。早い話、ゴブリンアーチャーとかゴブリンキングとかが存在するってことだ。

 ちなみに彼ら役職付きゴブリンの強さの由来は、彼らがジョブを獲得しているからだ、とされることもある。クォーテーションマーク、真偽不明。



「ゴブリンくらいのサイズだと、とっくにカケリグモに食われててもおかしくないのに」

「あとからゴブリンが来たんじゃない?」

「それは、そうだけど……」


 イリーゼが変だと指摘したのは、クモが通ったはずの道にゴブリンがたむろしてるのはおかしい、という点だった。


 おかしいのかどうかは正直よくわかんないけど、イリーゼが言うならそうなのかもしれない。

 僕もまた人の又聞きという、漠然と表現するにも余りあるフワッフワな不安感を感じていた。一応言っておくが、親父ギャグではない。

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