第12話 プリミティブでセンシティブ


 新しいスキルを手に入れたものの撃沈。しかも、今のままでは魔法を使えるようにはならないことが発覚してしまった僕に対し、メイルダは秘密の特訓を提案した。


「いいですかロディオ坊ちゃま。いまから教えるのは、ゲンシ魔法と呼ばれるものです」

「ゲンシ?」

「始まりのとか、発展前のとかそういう意味です」


 ああ、原始か。


 これは余談に近いけれど、この国の言語は日本語のように表音文字と表意文字が混ざっている。

 この特徴は、たぶんポストアポカリプスがゆえの物だと思う。古代文明の文字を輸入する形で表意文字が加えられているのだ。


 成立過程がある意味で似ているのだろう。

 前世の日本語は中国の漢語から、今世のシェンドール語は古代文明から、それぞれ強い影響を受けつつ成立したことで、借用語を多く用いる言語になったのだと考えられる。

 ちなみに忘れてるかもしれないけど、シェンドールというのはこの今僕がいる国の名前だ。



「それって、今の魔法と違うってこと?」

「ええ、そうですね。ただ、現代の魔法が使えるのであれば、あまり覚える意味もないと思いますが」


 それは僕が魔法を覚えていないことへの皮肉か?


 ただ、文字通りそういうことなら、教えるものでもない、というのも納得できる。

 現代の魔法が上位互換なら、覚えるだけ損とされているのだろう。


 スキルとして現代魔法を覚えられたなら、そっちを修練した方がいいし。

 スキルとして覚えられないのなら、現代魔法を習得した人には勝てず。それなら、その分別のスキルを練習した方がいいよね、ということになる。



 そうなると、むしろなんでメイルダはそんなのを覚えているのか、という話になるけれど。


「わたくしがなぜ習得しているかということも、秘密ですよ?」


 釘を刺されたので黙っておこう。



「わかったから、まず何をすればいいのか教えてよ」

「最初にするのは、そうですね……。まずは原始魔法がどのようなものなのかについて、お話ししましょう。そういう小難しいお話がお好きでしょう?」


 好きか嫌いかで言うと好きかもしれないけれども、今は普通に魔法を早く習得したいんだけど。

 そんな僕の思いは一瞥で無視されて、メイルダによるドキドキ原始魔法講座が始まった。


 ◇


「原始魔法というものは、先ほども少し言いましたが、最初期の魔法です。坊ちゃまは最初の魔法と聞くとどのようなものを考えますか?」

「いや、まだ魔法使ったことないから、普通の魔法がどんな感じかもわかんないんだけど」


 メイルダは一瞬、思考を巡らせるそぶりを見せたが。いい感じに話をつなげるような話の道筋がつかなかったらしい。


「いい答えですが、違います。願ったことが叶う魔法ではありません」

「ええ……。この人、想定解が来なかったから、無視して進める気だ……」


 僕のそんな抗議には一切気に求めず、メイルダは話を続ける。

 

「たしかに、なんでもできるような魔法の力を与えられたとき、最初期に思いつく魔法は、確かに願ったことが叶うだとか、何でも生み出せるとか、そんな感じの魔法でしょう」

「まあ、何でもできるって言われたらそう考えるよね」

「しかし、原始の魔法はそのようなものではありませんでした。最初の魔法というのは、むしろその前段階。魔法を発動させるための魔法です」


 たしかに、魔法を発動させるために必要な技術が魔法だと言われれば、それは間違いなく最初の魔法だろう。


「でもそれって、魔法の定義に入るか微妙じゃない? だって今はそれを習得しなくてもいいんでしょ?」

「そうですね。原始魔法が魔法に含まれるかには議論があるでしょう。しかし、今は習得しなくても魔法が使える、ということを逆に言えば、独立した魔法の技術と考えることもできます」


 ふーん。それじゃあ例えば、二つ同時に魔法を発動させる技術のことだって魔法と言える気がするけど。いちいち突っ込んでいたら話が進まないし、ここは控えておこう。



「原始魔法というのは、言ってしまえば魔力そのものを操るすべのこと。現代の魔法やスキルは、そもそも魔法自体に魔力を操る方法が示されているので、不要ということになります」

「スキルも勝手に魔力を使っていくものね。それじゃあ確かにいらないか」


 僕がスキルを発動した際も、魔力というものは勝手に消費された。使ったという感覚もないほどだ。

 使った後に事後的に分かるくらいで、下手すると僕にあとどれくらいの魔力が残っているかも感じることができない。そう聞くと、ちょっと不便だけど、慣れればあとどれくらいか程度はすぐにわかるようになる気はしている。


 自動で使ってくれるということは、原始魔法を覚えて無理に送り出す必要もないということだ。

 なので、習得しているだけ無駄となってしまうのも道理だ。

 なんなら、僕がまだ魔法を習得していないからよくわからないだけで、魔法が使えるようになればもっと簡単にそこらへん操作も分かるようになるのかもしれない。


「それに加えて申し上げますと、原始魔法を習得しても、ステータスに載ることはありません」

「……えっと、それの何が困るの?」

「習得した証明ができないということですよ。坊ちゃま」


 あーなるほど。


 なまじこの世界にはステータスという、(僕が知る限り)嘘がつけないツールが存在しているせいで、身分の証明なんかもステータスで済んでしまうのだ。

 自分が持つ能力についても同じで、わざわざ書類とかで証明なんてせず、ステータス画面を見せることで保証するのだろう。


 となると、ステータスに載らないような技術は、途端に証明が難しくなる。

 証書や免許みたいなシステムが広まっていないのだ。

 原始魔法を仮に習得したとしても、何の証明もできないことになるし、社会でも何も有利に働かないということになってしまう。


「坊ちゃまはそれでも原始魔法を習得されますか?」


 まあ、だとしても僕の答えは当然YESだ。

 こっちは世間で認められたくて、魔法を習いたいわけではないのだ。


「もちろん。それでもいいよ」

「……はぁ。仕方ないですね……」


 あれ、もしかして、習得を断念させようとしていたのだろうか。

 子供に対して、そういう言い方をしてもやめたりしないと思う。むしろより食いつきそうなくらいだ。

 まあ僕は中身大人だけどね。


 ◇


「では。ほら、まずはわたくしの手を握ってください」


 メイルダは両手を僕の方に伸ばした。

 魔力の操作方法を学ぶという話だったことを考えると、手から魔力を注いで、とかそんな感じなのかな。


 そう思って、軽く添えた僕の手を、メイルダは勢いよく引き寄せた。

 たたらを踏んで、そのまま僕はメイルダにぶつかってしまう。


 残念ながらと、あえて言い切ってしまおう。

 メイルダと僕とでは、かなりの身長差があるために、胸に飛び込むということさえなかった。


「あまり、口を開けないように」


 そう口にするメイルダの、言葉を発するための腹部の動きを感じる。

 前傾姿勢気味になったのか、しばらくして僕の頭にはふくよかなものが重く圧し掛かってきていた。


 布切れの音が収まると、僕の耳に届くのは、僕のより近い心臓の音。


 そんな状況に僕が緊張しているとき。

 視界の端では、ヌルリと、メイルダのロングスカートが、カーテシーのように持ち上げられていた。

 何かで吊り上げているでもなしに、だ。

 何かが、中にいる?


 違和感を最初に感じたのはそれだった。


 人のぬくもりに包まれた上半身に対し、留守だった下半身が、明らかに人間の──いやこの世界では普人種か──僕のよく知る足ではない何かに覆われていく。


 そうなるともはや隠す気もなくなったように、スカートからはヌッっと滑らかな曲線を描く物体が覗きはじめる。

 メイルダの手で伸ばされていた僕の腕にも、いつの間にかヌラリとうごめく何かが届き、肌の上をナメクジのような粘着質の何かが這った。


 もしかしてクトゥルフ系のSAN値チェックでも受けてるんだろうか?



「……ロディオ坊ちゃまは、こういう異人種はお嫌いですか?」

「いや、どちらかというと気になるかな」

 体の構造が。

 僕は即答した。


 僕がそういった瞬間、ギュッと身を縮めるように、僕の肌を這うメイルダの触手が強張った。


 異人種って嫌われてるのかな。

 伺神祭でも孤児院にいたのは獣人だったし、僕が読んだ物語の主人公は普人種ばかりだ。

 文化芸術というのは世相を如実に表すもので、前世でも古い小説では人種差別の影響が色濃く出ていた。被差別民は文化面でも疎外されていたものなのだ。



 それから数秒間、メイルダは動かなかった。もちろん彼女の何本もの触手も。


「えっと、原始魔法は?」


 僕がそう聞くと、フッと小さく息を溢したように、メイルダの胸が震える。


「坊ちゃまはそればかりですね。でしたら、どうか触れているところに集中してください」

「……!!」


 そう言うと、僕の腕や足など、肌の出ているところに軽い痛みがはしった。

 彼女の軟体動物的な腕にある何かが、僕の肌を吸いあげるようにして張り付いている。


 この時になって僕は、メイルダがどういう存在なのかをようやく理解した。


 僕に吸い付いていたのは吸盤だ。

 彼女は、タコかイカか、まあこの世界ではその区別はどうなっているのかわからないが、そういう頭足類に近い存在と人間を掛け合わせたような存在だった。言うなれば、タコ(もしくはイカ)の亜人ということだろう。



「……だめですね」


 張り付いた吸盤に気を取られていると。

 いつの間にか倒れそうになっていた僕を、メイルダの触腕が支えていた。


 スキルを多用したときのような疲労感を後になって感じる。

 魔力を吸われていたんだ。

 全然気が付かなかった。


「もう一度やりましょう。大丈夫、きっと坊ちゃまなら感知できるようになりますよ」



 そうして、触腕に絡みつかれながら倒れることをなんども繰り返してから、ようやく僕はその魔力の出し入れをする感覚を身に着けた。


 自分の魔力を感知する感覚さえ身につけば、あとは簡単だった。


 認識しているのとそうではないのとでは、魔力を操作するのに難易度の雲泥の差があるのだ。というかむしろ、これなしに原始魔法という魔力の操作は習得できる気がしない。


 まあ習得したといっても、まだまだ一応動かせるというレベルだ。もっと自由に動かすためには、これからも修練が必要だろう。


 それにしても原始ということは、誰かはこれを素で習得したはずなのだけれど、それはきっととんでもない偉人だ。




 ちなみにこれは後で聞いて調べた話だが。

 メイルダは、前世のタコとイカで言えばどちらかというとタコに近いらしい。


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