第10話 スキル無双の希望的観測


 僕の手に入れたスキルは、今のところ【速読術】と【記憶整理術】の二つ。

 あれからレベルも上がったが、スキルは増えていない。


 もっとも、いくらスキルを持っていたところで使えなければ意味がない。

 当たり前の話だけど、前世でも今世でも僕はスキルなんて使ったことはなかった。

 スキルを使うというのは、言ってみれば新しい体の部位を与えられるようなものだ。もともと身についている体の動かし方のバリエーションなんかとはわけが違う。

 理屈から考えれば、バク転しろ、と言われた方が既存の感覚を使う分、よっぽど簡単だろう。僕は側転もできないけど。


 しかし、この世界のスキルというものは、そんな常識を旧時代の物とする技術だった。

 まるで僕が、もともとスキルを使うことができる人間に書き換えられたかのように、手に入れた瞬間から当然のこととして扱うことができたのだ。

 相変わらずそんなことして大丈夫なのか、とデメリットが不安になるところはあるが、さすがは異世界の旧文明技術だ。


 こうなると、熟練度さえ上がればジョブを変えても発動できるようになる、というのも理解できる気がする。

 ようは補助輪なのだ。スキルというものは。


 スキルシステムのおかげで扱えているものを、何度も繰り返し使い、本当の意味で自分のものとして身につけることで、ジョブという縛りから解放されて、スキルが自分の身になる。

 ゲームのようにわかりやすく、熟練度何分の何みたいな表記がないのも、実際のところどこまで身についているかなんて数値化できなかったからかもしれない。



 そんな僕の二つのスキルの内、【速読術】の効果は単純で、本が速く読めるというものだ。

 前世でも速読する方法はたまに話題になっていた。しかし、このスキルの方の【速読術】は、一般的な意味での速読法とは少し異なる。もっとも大きく異なるのは、文字通り速く読むことができるという点。

 本来の速読法というのは、まあ悪く言えば、上辺だけをかっさらうような読み方だ。それで済んでしまうようなジャンルの本もあるが、一般論として小説などは速読で楽しむことは難しいとされている。

 しかしスキルとしての【速読術】にはそれがない。早い話、本を読んでいる間だけ、脳が加速しているような感覚だ。

 その代わりとして、脳には疲労がたまるし、スキルの発動のために魔力も必要となる。



 ……そう、魔力だ。

 ここでついに、僕は魔力と思しき謎パゥワーを感じ取ることができたのだ!

 ああ、僕のめくるめく異世界マッドサイエンティスト道は、ようやくここから始まる。

 奇しき魔法と麗しき異世界技術、そして輝かしきマッドサイエンティストの未来は、この魔力の如何にかかっているのだ。


 まあ実際は感じ取れるというか、使ったことが疲労感でわかるというだけなんだけどね。

 漫画みたいに魔力という謎パゥワーをこねこねしたり、飛ばしたりできるようになる日は、まだまだ遠い。




 もう一つのスキル、【記憶整理術】の方は非常に便利だった。それだけじゃなくて、技術的な興味も沸く。

 このスキルの能力を簡単に説明すると、魔力を消費する代わりに記憶をとどめて置けるというものだ。記憶の外部ストレージを用意できるというのがイメージに近い。

 え、それの何が便利なの? と感じるかもしれないが、これがかなり有用なのだ。


 どこが優れているかというと。

 まず、その保存性。【記憶整理術】で保存した記憶は忘れることがない。魔力を消費する完全記憶能力と考えると、その便利さがわかるだろう。

 性質上、保存する記憶は自分で選択できるので、、思い出すのにパンクすることもないし、【記憶整理術】の名の通りキチンと整理しておけば思い出す手間さえも楽になる。


 もはや「え~と、あれなんだっけ?」となることがなくなるのだ。

 前世の覚えていた科学的知識はもう、思い出せる分、すべてこの【記憶整理術】に入れてしまっている。



 まあ、欠点としては。

 思い出す機会がなければ、埋没していってしまうのが通常の記憶と同じ点だ。


 それともう一つ。これは欠点というより当然の制約だが、思い出せないことは記録しておくことができない。だから前世で一度は見たはずのラマヌジャンの円周率公式とかは記録できないのだ。

 なので結局、前世の記憶関連は『え~と、なんだっけ?』を繰り返すことになる。



 それに関連して、認知の歪みもそのまま記録してしまう、とも考えている。

 重要なのは、【記憶整理術】で保存するのは、あくまで僕の記憶であって、現実に起きたことそのものではないことだ。

 どういうことかというと、僕が間違えて認識したものは、そのまま間違えた状態で保存されてしまうということ。


 例を挙げると、仮に僕が風になびくカーテンをお化けだと勘違いしたとしよう。これを【記憶整理術】で保存した場合、僕はその記憶をいくら見返したところで、「お化けを見た」と思い出すことしかできない。

 多少は、後になって冷静になって考えると見方が変わって……、ということもあるかもしれないが、基本的に動画を見返すみたいに判断を修正することはできないということだ。

 同様に、「あとから思い出したら、誰々がいたわ」みたいな判断も、相当こまめに【記憶整理術】を発動して記録しない限りできない。


 けれど逆に言えば、ごり押しで【記憶整理術】を発動し続ければ、そこらへんの問題も乗り越えられるという点も、このスキルの有用さだ。

 まあそんなことすれば、今の僕ではほどなく魔力切れでぶっ倒れるんだけどね。



 さて、【記憶整理術】のスキルに対する、技術的な興味についての話はしていなかった。

 早速具体的に、どういうところにその興味があるかというと。このスキルは記憶そのものを操作する能力があるというところだ。


 まず、人間の脳は忘れるようにできている。

 完全記憶能力というものを持っている人間でも同じだ。ある人は自伝的な記憶はすべて覚えていても、日々に扱う数字は普通に忘れてしまうように、すべてがすべてを記憶しておくことはできない。それは今世人類も同じだ。

 なので、今世の人間の脳とも性質の異なる、この【記憶整理術】で生成された記憶スペースは、おそらく人間の脳神経細胞には依存していない。


 となると、クラウドにアップロードでもしているのか、という話になるが。僕には一つ、これに近い経験がある。

 ……そう、転生だ。

 転生時の僕は、人間の脳に依存しない記憶の保存がなされていた。

 このスキルは、転生という現象を再現できるポテンシャルを秘めているかもしれないのだ。



 結論として、【記憶整理術】は本当にいいスキルだ。記憶という理解の及ばない現象を扱っている以上、僕の認知しないデメリットとかが少し怖いが、そんなのを上回りかねないほどの利便性だ。

 だからといってこのスキルでチート無双とかできますかというと、受験戦争くらいしか無双できないだろう。


 ◇


 そういえば、スキルに関連して。

「ユニークスキルとか、そんな感じの楽に強くなれるチートっぽいのって、ないんですか?」

 とメイルダに聞いてみたことがある。


 答えは、あるけどない、だった。

 詳しく言うと、この世界にはユニークなスキルの持ち主というのも存在している。しかし、だからといって、楽して強くなれるわけではない。

 簡単な理屈で、ユニークスキルの持ち主はそもそも強いからユニークスキルを得られる、というか形作れるのだ。ということで、弱い奴が突然ユニークスキルを手に入れて最強に!というのはありえないのである。

 まあなんだ? 強くなるためには、地道にやっていくしかないということだ。



 地道と言えば、あの辞書作成法によるレベリングも、残念ながらそろそろ打ち止めとなってしまった。


 バレたんだろうか?

 いや、一応経験値は入っているみたいだからそんなことはないはずだ。やっぱり地道にやっていけということか。

 しかし、僕が目指すのはマッドサイエンティスト。何を言われようが、めげずに裏道、外道といったズルは積極的に探しに行くけども。



 そんな事情もあって、レベルが上がる頻度も、段々とゆっくりになっているが。

 僕の"読書家"も、あと少しでレベル10だ。


 僕的には2進数とか16進数の方が科学的だと思うけれど、今世でも世の中は基本10進数である。


 前世にて、10進数が主に使われていたのは、指の本数で数えられなくなるから繰り上げるようになった、というのが定説だった。

 実際、ほとんどの文明で、特に理由がない限り筆記上は10進数が用いられている。

 時計やダースと、12進数が使われていたりするのは並べ方や分配のしやすさの話だが、それは置いておこう。


 この世界でも、人間の指の本数は5本だ。数字も10進数が使われている。

 となると。まさか古代文明では指の本数が変わるとは思えなし、翻訳前のステータスも10進法を採用していたはずだ。


 ならば、スキルが増えるとしたらそれが目安となるのではなかろうか。

 とりあえず"読書家"のレベル10を目指すとしよう。

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