第8話 祝福のプライバシー


 【速読術】に【記憶整理術】って、啓発本か何かだろうか。


 伺神祭も無事に終わって、僕は改めて貰った祝福とやらについて考えていた。



 祭りの後半では、このステータス画面というべきものを表示する方法を、僕たち参加者らは教えてもらっていた。

 軽く指を振るような特定の所作をすると、視界の中に現れるようになっているらしい。指がないとかそういう特徴のある人はどうするんだろう。たぶんなんらかの方法はあるんだろうけども。


 もうすでにステータス画面と言ってしまっているものコレだけど。もちろん実際にはステータスという呼び名じゃあない。ステータスって前世の言葉だしね。

 現地の言葉では、エキュメノスという神の名前にあやかったような、ありがたーい感じの単語が呼び名としてつけられている。

 これも伺神祭で教えてもらったことだけど、めんどくさいから今後もステータスと呼ぶことにする。


 そんなステータスの表示は、基本的に常に全員が見えるように共有されている。というか一応ステータス画面自体に実体があるので、裏側からは見えないものの、脇から覗くといったことは可能だ。

 誰かに見られたくない場合は、隠れて開くしかない。

 ただし、伺神祭で登録を済ませていないと、誰かが開いているのも見ることはできないので、僕はそれまで見る機会がなかったというわけ。


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ロディオ・ヘイロー

生年月日 古暦6989年05月17日

登録番号 ■■6989-1060-9230-3202

ジョブ 読書家:Lv5

スキル 読書家:【速読術】【記憶整理術】

系統外スキル ―

■■ ―

■■■ ―

爵位 シェンドール王国:ヘイロー男爵 第四子

(未設定の項目) ―

(未設定の項目) ―

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 ステータスの方を見ると、古代語がそのまま使われていたりと、いろいろわからない部分もある。系統外スキルとか、直訳しただけで意味はわからないしね。


 わかりそうな部分で言うと。

 書き方的には、読書家に付随する形で【速読術】と【記憶整理術】が存在していること。

 ただ、速読とかは読書において重要と言われれば納得はできるけれど、戦闘に使えそうな感じじゃない。


 いや、そもそも、スキルは戦いに使うものという、ゲーム的というか、どうすれば戦うマッドサイエンティスト像に活かせるか的な、僕の考えが間違っているのかもしれない。

 冷静に考えれば、戦時にしか使えないものばかりをスキルとして習得できても不便だ。人生において大半の時間は、戦時ではなく日常を過ごすことになるのだから。

 そう考えれば、日常生活に生かせる技術が習得できるスキルに含まれるのも、当然と言えば当然だ。


 それでも、なんといっても習得したいのは魔法技術だ。

 ここまでくればなんとなくわかるだろうけれど、人によって魔法が使える使えないが別れていたのは、おそらくこのステータスでの魔法の習得の如何にかかっている。


 読書家というジョブは、レベル5という低そうな数値で、すでに二つもスキルを習得できている。これなら今後もスキルが増えていくという、いい展望は見出せる。

 見込みはないわけではないだろう。

 読書家で魔法が習得できそうかと言われると、首を傾げざるを得ないけど。



 まあ、こういう異世界の常識にあたるようなことは、自分で考えるよりもいい解決方法がある。


 前と同じだ。

 人に聞くこと、である。


 ◇


「ねえ、メイルダ。読書家って、魔法使えるの?」


 僕の相談相手は相も変わらずメイルダだ。

 彼女は、ウチの使用人の中でも群を抜いて幅広い知識を持っているように思える。


「読書家、ですか」

「ああ、僕のジョブが読書家だったんだ」


 読書家というジョブに、さっと思いつくような心当たりはなかったのか。メイルダは少しの間、思案するように目を逸らした。


「坊ちゃま、わたくしも叡智の神のようにすべてを知っているわけではないのですよ」


 前置きをするように、「ですから、あまり期待されても困ります」と一言、口にしてメイルダは続ける。


「ただ……、読書家というジョブは、多くの本を読むことが書物の神であるディッティチェリ神の御目にかなう条件の一つとされています」


 ディッティチェリって神の名前だったのか。

 考えてみれば、それもそうか。あんな場面で読み上げる固有名詞なんて、祝福をくれた神の名前くらいだもの。


「実際、読書家をジョブとして持っていたのは、坊ちゃまもお読みになった小説家のアラン・デールや、博物学で有名なショーン・ドメルディなど、いずれも本に関わる人ばかりです」

「へぇ。じゃあ僕は小説家とか司書になるってこと?」

「そんなことはありませんよ。あくまで神から授かるジョブはその人の能力。それを何に活かすか、あるいは持っていても使わないかは別の問題です」


 読書家は職業か、と言われればそんなことはない。どちらかというと趣味みたいなものだろう。

 当然、メイルダが挙げた読書家のジョブの所持者たちも、本にはかかわっていても別に読書を食い扶持にしていなかった。

 だから、職業のような名前をしていても、それが絶対とはならないようだ。


 前世の世界で神が信じられていた時代の人々であれば、神に告げられた職業なんて何が何でも就こうとしそうなものだが、そういう部分ではこの世界は違っているらしい。

 古代の機械製の神があたかも実在しているせいだろうか。


 ついでにこれも思い出したが。これまで読んだ本でたまに役柄が理解できなかったのは、ジョブと実際の仕事の職業が、会話でもごっちゃになっていたからだったのか。


「わたくしも、さまざま祝福をいただいたと自負していますけど。それでも、今、実際に使っているのはごく一部ですからね」

「そのごく一部だけでも、メイルダはヘイロー家に仕えてる中でも結構、色々できる方だよね」

「前の仕事が長かっただけですよ。だから、使用人としての祝福が少ないのは相対的に、です」


 ふーん。やっぱり、この世界で祝福を送る神々は、全知とか予知とかを能力として持っているわけじゃないのか。


 すこし拍子抜けした。

 というのも、ぶっちゃけ僕は、伺神祭で読書家というジョブを振り分けられて、かなりビビっていた。


 この世界に生まれてからの僕の行動が反映されているということは、神という名の誰かに監視されていると言っているようなものだ。

 下手したら、この世界に住む人間全員をリアルタイムで同時に監視しているシステムが存在することになる。アルミホイルでも頭に巻いた方がいいかもしれないレベルだ。


 しかし、その実態は、おそらくザル。適当なのだろう。

 ディッティ何某も、本をよく読んでるからポイポイポーイと読書家のジョブを配っているのかもしれない。



 それにしても、さっきのメイルダの話で、少し気になる部分がある。


「前の仕事が長かったって、どんな長さなんだ……」

「ロディオ坊ちゃま、そういうことは口にするものではありませんよ」

「あっ、はい」


 ズイッとメイルダは顔を近づけてきていた。

 僕が小さくつぶやいたことを、メイルダは耳敏く聞いていたらしい。

 まあ、実質年齢を揶揄っているようなもんだしね。


「そもそも、です。直接、人の持っている祝福について尋ねるのも、あまり好ましいとは言えません。ロディオ様自身がお持ちの祝福の話だってギリギリです」

「じゃあ、どんなスキル持ってるのかとかって話しちゃいけないの?」

「聞くのも言うのもよくないとされています」


 ピシャリとした口調だった。

 非常に重要なプライバシーということになっているのだろう。

 なんだか、いつかこれが原因で冒険者ギルドとかで喧嘩になって、さらには決闘になりそうな価値観だ。


「ですから、これからわたくしが坊ちゃまの聞くことになんでも答えるのは、特別です。他の人にはしてはいけませんよ? わかりましたか」


 僕は勢いよく顔を縦に振った。

 なんだかよくわからないけど、今後も僕の質問には答えてくれるらしい。

 今、何でもって言ったよね? ……というのは冗談だ。やめておこう。



「結局、読書家って魔法使えるようになるのかって、答えてもらってたっけ?」

「そういえばそれはまだでしたね。まあ、申し訳ありませんが、わたくしは読書家がどのようなスキルを授かれるのかは存じておりません」


 さっき触れてた時も、そんな感じの言い草だったしね。

 読書家はマイナージョブなんだろう。


「それでも、ディッティチェリ神は書物の神とされていますので、魔法とは縁深く、そういうものを得られる可能性は高いかと思います。残念ながら、いつとは言えませんが」

「それはよかった。だけど結局、今は魔法はつかえないのかぁ」


 まあ【速読術】と【記憶整理術】の使い心地を確かめているうちに、何とか習得できるようになることを祈ろう。



「そういえば、ジョブとかスキルとか、まあ祝福について話してはダメってことなら、普通はどうやって知るの?」

「家族に聞くのが一般的でしょう。それから学校でも習うことになります。そこでなら坊ちゃまも、どのくらいまでなら話してもいい、という按配も学べることでしょう」


 今の僕はなぜ何を何にでも問うてくる子どものように感じられているのかもしれない。いや実際、子どもなんだけど。

 僕はメイルダの妙に棘のある言葉で気がついた。


 それにしても、学校か。幼児教育はこの世界にはないが、僕も初等教育の年齢くらいからは学校に通うことになる。


 普通の5歳児なら、そもそも祝福をもらっている子の方が少ないくらいだし、仮に親と離れ離れでもしばらくすれば学校で習うしで、問題ないということになっているのだろう。逆に祝福をもらっている子が、周囲に言いふらすことになりそうだけど。



「メイルダが僕に話してくれてるのは、家族同然ってことだね……」

「いいましたよね。特別だ、と。坊ちゃまはご家族と、その……あまり話せている状況ではございませんので」


 僕と家族の仲が悪い訳じゃない。

 僕以外の家族は大体アウトドア派で、僕が飛び切りインドア派なだけなのだ。今日だって家にいるのは僕と、仕事に追われてる父だけ。

 一応、一番近い腹違いの姉はインドア派なんだけど、アレはちょっと僕でも近寄りがたいというか……。

 まあ姉の話はいいや。



 メイルダがここまで言うのだ。

 探り探りで聞いていたけれど、もう吹っ切れて、全部聞くことにした。


「言いふらすのがよくないんだったら、このステータスも他の部分も見せない方がいいんだよね」

「その通りです。わざわざ見せるような機会は、それこそ悪いことでもして捕まらなければありませんよ。他の人と共有する必要が出たときも、必要な部分だけを表示する機能を使うのが一般的です」


 そう言ってメイルダが表示したステータスを軽く操作すると、一行だけが表示される。


────────────────────

メイルダ・マグショット

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 メイルダのフルネームだ。

 ステータスの名前の部分だけを切り取ったのだろう。

 僕も必要な部分だけを取って表示する方法を教えてもらった。



 そのあと僕は一日中かけるレベルで、メイルダに質問を続けた。彼女には感謝感激雨あられである。


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