第7話 シミュレーション仮説のゲーム世代


 伺神祭とかいう儀式に出席した僕は、エキュメノスなる神が宿るという(たぶん)古代文明の装置を目の前にしていた。


 全体的には金属というよりセラミックのような材質のように見える。その特殊な材質によるものか、近寄って見てもさびや劣化は見られず、多少薄汚れている程度だ。

 開かれた内部にも、開閉機構の露出部分などはなく、ともすればちゃちいという印象さえ与えてしまうかもしれない。

 その中心となる水晶のような球体は、ただの透明な玉とは全く異なる模様を浮かべてきらめいていた。


 僕は、前にいた少女と同じように、その球に手を伸ばした。

 ピタリと球に手のひらをつけると、若干の温もりを感じる。単純にこれは、今日で何人も触ったから熱が篭もったのが理由かも知れないけど。

 そんな生温い球体は、見た目通りに表面はスベスベとしているけれども、サラリとしてマットな質感でもあり、張り付くような感じではない。


 そうして、少しの間、感触を確かめるように触れていると。突然、球の色が変わり、謎の言語の音声が小さく流れる。


 その瞬間、パチリと一瞬、ノイズのようなものが視界に走った。


 

 何が起きたのかと見渡そうとする前に、はすぐに見つかった。

 視界に、つい先ほどまでなかったものが浮かんでいる。


 現れたのは、前世でよく見た企業や団体のロゴのようなデザインのマークだった。

 いや、"のような"という表現には訂正が必要だろう。

 それはまさしく、どこかの団体のロゴマークだった。


 そしてそのマークは、さも当然のように僕の視界の中央で、宙に浮かんでいた。

 数瞬して、僕はそれがホログラムだとようやく気が付いた。



 このロゴマークだが、見渡すとこれをモチーフにしたようなシンボルが、教会内の装飾に取り入れられているのが見える。

 神聖視されているのだろう。何のマークなのかと思っていたけれど、これだったのか。

 イメージだけで言うと、ア〇プルとかアディ○スのマークが重要なシンボルのように宗教施設に飾られているようなものだ。言われて見れば違和感がすごい。



 そんな僕の目の前に映る、曰くつきのマークの下には、入力用のボックスのようなものが見えていた。


 名前と、年月日?

 読める文字だ。古代語じゃない。


 ということは、この装置のソフトとハードでは、管理されている言語が違うということになる。しかも言語がソフトレベルで更新がされているとなると、もしかしたらサーバーのようなものが生きているのかもしれない。


 言語学習できる高性能AIがいるのか。

 そこらへんに詳しいエンジニアがこの時代にまだ残っているか。

 これは期待が持てるワクテカ案件だ。



 それでも、入力用の端末なんてないし、どう入力したものかと思っていると、勝手に文字が入力されていった。


 僕が操作したわけではない。

 また、思考を読み取るようなものでもないようだ。入力画面を見ても名前は思い浮かべていないし、年月日の数字選択のホイールも何も考えていないのに動かされている。


 だれが打ち込んでいたのかはすぐに分かった。

 ザリキエフの隣に座る、眼鏡をかけた聖職者が熱心に指を動かしていたからだ。キーボードのような半透明のホログラムが、彼女の前には広げられている。


 入力が終わると、『承認されました』という、やはり現代異世界語の文字。

 端末の起動とは別に、このシステムの方は完全に現代語に対応しているらしい。



 表記が消えた、そのさらに後には、羅列されたプロフィールのような画面がホログラムとして表示されていた。


────────────────────

ロディオ・ヘイロー

生年月日 古暦6989年05月17日

登録番号 ■■6989-1060-9230-3202

ジョブ 読書家:Lv5

スキル 読書家:【速読術】【記憶整理術】

系統外スキル ―

■■ ―

■■■ ―

爵位 シェンドール王国:ヘイロー男爵 第四子

(未設定の項目) ―

(未設定の項目) ―

────────────────────



 ……ゲームですかい?

 これは。


 そうだとしたら、もしかしてステータスという奴だろうか。

 "職種"とか"技能"といった意味の単語が並んでいたが、たぶんこれも"ジョブ"とか"スキル"の方がしっくりくる。


 ……え、ゲームの中の世界ってこと?

 ホントに? マジで?

 そうだったのか。


 マッドサイエンティスト的には、どうなんだコレ。

 シミュレーション仮説とかあったし、そういう方面なら……。



 いや。少し落ち着いて、冷静に考えよう。


 仮にこの世界がゲームの世界だとする。


 まず前提として、僕はこんなゲームは知らない。

 VRゲームはこんな精度ではなかったし、前世の僕の死体がわざわざ保存されて、そのあとゲームの筐体にぶち込まれていたということもたぶんあり得ないはずだ。

 つまり、ゲームの世界だとしても、この世界はゲームの中そのものではなくて、ゲームが再現された世界ということになる。


 けれども、再現された世界だとしても、僕はこんなゲームは知らない。

 実は、遠く彼方では僕の知っていたストーリーが繰り広げられていますとか、それとも過去か未来で繰り広げられてますとかだったら、今の僕が判別できるよしもないけれど。少なくともいまの僕が知る範囲では、僕の既知のゲームじゃない。

 ということは、僕が転生したのは、僕が知らなったゲームの世界か、僕が原作を知っていてもどうにもならない端役のNPCだ、と考えられる。この場合、結局、メインストーリーで世界が滅びたりするとしても、知りようはない。



 ……なんだ。

 じゃあ変わらないじゃないか。


 ようするにゲームの中だとしても、労働とかいう同接30億のクソゲーに勤しんでいた前世の世界と同じだということだ。


 ゲームの中だから自然法則が……と考えたところで、そもそも僕は、ダメージ偏重でバランス崩壊していた前の世界の法則には未練はない。

 むしろ魔法とステータス画面があるだけお得と思っておこう。



 だいたい、ゲームの世界と決まったわけじゃない。

 ステータスがあるからゲームの世界という理屈も、自分で言い始めたけど謎だ。

 本質的にステータスというのは、成長要素やキャラクターの能力的個性を生み出すため、つまりはあくまでリアリティを醸し出すためのシステムであって、その逆を示すためのものじゃない。


 そもそも、このステータス画面だって、履歴書か何かにも見えなくもないのだ。



 よって結論は、保留。保留です。以上、閉廷!

 なんかシミュレーション仮説を前世で考えてた時と、ほぼ同じ結論な気がするけど気のせいだろう。


 ◇


 さて、僕がそんなことを考えていた間、世界が止まっていたわけではなかった。


 というのも、儀式が中断されていたのだ。

 最後なのに中断ってなんだよ、って思うかもしれないけれど、まだ残っているものがある。

 あの、なんかよくわからない固有名詞の読み上げだ。


 祝福を授かったときに読み上げるという僕の予想は当たっていた。そして祝福というのはジョブやスキルのことだ。

 そういう訳で、読み上げは個々人に与えられた祝福、まあジュブに対応した固有名詞を読み上げるらしい。


 なので僕も、読書家というジョブを授かったおかげで、晴れて読み上げられる側となったわけだ。

 そして、僕の読書家に対応する例の固有名詞はというと。



「読書家……? 知っている者は?」

「いない? 今すぐ調べ上げろ!」


 司教のザリキエフまで参加して、僕の前で大急ぎで分厚い本をめくっていた。


 うん。そういうことだ。

 僕の読書家というジョブに対応する固有名詞を誰も知らなかったのである。

 たぶん珍しいジョブなのだろう。

 でも名前から察するには本を読むだけなのだから、本さえあれば誰でもそこそこ簡単に取得できそうなものだけど。



 中断されて、壇上に放置された僕。

 ほら、さっきションボリしてた僕の前の獣人の少女とか、すごい目で僕を見てるよ……。


 そんな状況にしびれを切らしたのは、意外にも父さんだった。


「フムンッ! わが息子の伺神祭をどうする気なのかね!」


 ドスンドスンと音がしそうなほどの大股で祭壇へと近づいてくる。まあ、そんな太くないので、実際にはそんなに威厳も大物感も悪役感もなにも感じられない。

 そして、ステンドグラスから日が差して逆光で見えなくなるくらいのところで、ザリキエフに止められた。


「申し訳ございません! 当主様!! ちょうど今、調べておりますので、どうかしばらくお待ちを」

「フム。ではやはり祝福を授かったのか! それで、ロディオはどんな祝福を受け取ったのかね?」

「いえ、それについては……」

「祝福に貴賤はない。それは貴殿もよく知っているだろう」


 口ごもったザリキエフに父は詰め寄った。

 マイナーだからよくないとかそういうよりも、儀式的な要素の部分で口が止まったんじゃないだろうか。


 結局ザリキエフは、耳元で囁くように伝えた。

 僕には聞こえないが、読書家のジョブについて話しているのだろう。


 今、気づいたけど。僕のステータスってどこかで共有されてるのか。

 まあ、僕の登録も代わりにしたくらいだし、画面を共有するくらいわけないのかもしれない。



 父は、囁きを聞くや。すぐに目をカッと開いた。


「フムッン。なんだ、その祝福はちょうど私が調べていたぞ!」

「まさか、なんと!」


 口元だけでわかるほどに、渾身のどや顔だった。

 けれども、その一言は大慌てで本をめくる教会の人々には天恵のようだったらしい。


 全員の手が止まり、父に目線を集中した。


 他に聞こえないように、ザリキエフがそっと父の口元に耳を寄せる。

 それからザリキエフは、「ほうほう」とでも言いたげな面持ちで頷き、本を漁っていた聖職者の一人に、壮年とは思えない身軽さで駆け寄って一応の確認を済ませた。

 そしてその結果にも満足そうに頷いた後、今度は壇上に戻り、ザリキエフは高らかに口にした。



「ディッティチェリ!」


 万感の思いを込めたような読み上げだった。


 相変わらず、謎の固有名詞を読み上げる意味は分からなかった。

 「読書家!」とかでもいいじゃん。

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