第6話 読み上げられたヒエログリフ
伺神祭は、前文明の遺産のようなその装置を中心にして進行された。
周囲には、今月誕生日を迎える少年少女たちと、その家族が並んでいる。家族も含めてだいたい100人と少しくらいだ。裕福そうな家族から、貧困と見てわかる家族まで、階級はバラバラだ。宗教的な色の決まりなどもないようで、統一感はほとんどなかった。
それでも一様にそわそわしているようにも見えるのは、貴族である僕らがいるからかもしれない。
服装はバラバラでも、街で見かけるボロ布を羽織っているような者たちはいない様子なのは、おそらくそういう理由もあって、各家で一番いい服を着てきているのだろう。
庶民と触れ合える機会と言えば聞こえはいいけれど、結局のところ、要警護人物が不特定多数と接触する機会ということだ。
当然、厳重な警備が敷かれていて。見えるものだけでも、教会側の警備に加えてウチが連れてきた警備が目を光らせ、参列する位置も柵のようなもので区切られている。僕には見えないが、きっと魔法の加護なんかもあるのだろう。
こういう特別扱いを受けると、僕も特権階級に生まれたのだと実感できる気がする。良くも悪くもね。
肝心の祭りの方は、というと。
まあ、まるで何をやっているのかわからない。
意味ありげに、教会の所属らしき人が踊るような動きをしたかと思うと。今度は少なくともこのあたりの言語ではない謎の言葉を大勢で唱えたり。
宗教儀式なのだから、元々部外者には意味がわからないのは当然かもしれないけど、ちょっと不気味だ。怪しいカルト集団かクトゥルフ神話の儀式みたい、と少し思ってしまう。さすがに生贄なんて捧げてないけど。
前世の宗教行事は冠婚葬祭いろいろと見たが、しかし、それらとこの伺神祭では、どこか関わっている人々の雰囲気が違う。
前世の世界の宗教行事というのはオカルトなしの科学信仰で考えると、結局ただのポーズだ。なので、黙々とこなすといった性格も強かったが、伺神祭ではまるでテストか何かでも受けているように、どの動きにも緊張感があった。
その理由が明らかになったのは、行事が始まってしばらく経ってのことだった。
「■■■■■■■■、■■■■■■■■、■■■■・■■■■■■!」
『■■■■■■……』
唐突だった。
一連の流れの一つのように思えた司祭が放つ、やはり謎の言葉に、突如として装置が反応。
存在を忘れかけるほどにそれまで空気と化していた装置は、にわかに強い明滅をはじめ、教会を内部から青白い光で満たした。おまけにSFじみたホログラムのようなものまで投影される。
しかし、ホログラムの映像はノイズだらけで、ほとんど意味をなしていなかった。
それでも、まるで見たことのない光景というのは、人々の信仰心を呼び覚ますものらしい。
「おお! もしやこれが……」
「あれが、真理の神と名高い"エキュメノス"様の降臨……!!」
ザワザワと、街の人々が騒めき立つ。
『■■■■■■、■■。■■■■■■、■■■』
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!
エキュメノスとかいう神として扱われているらしいそのホログラムは、やはりノイズ混じりの音声で司教の言葉に応じた。返答も当然、謎の言葉だ。
機械が音声を発すると言えば、AIつまりは人工知能が真っ先に思い当たる。
AIが神のように振る舞うという、ポストアポカリプスあるあるが、この世界でも起きているのだろうか。
よく聞けば、エキュメノスの声も、抑揚が少ない機械音声のようにも聞こえる。ただ、全く言語体系の異なる言葉のため、そういう言語なのだと言われてしまえば、そうかと納得もできてしまう範疇だ。
それでも、状況を見れば、少なくともここにある装置にはそこまで高性能なAIは積まれていない、ということも予想できた。
というのも、エキュメノスは謎の言葉──おそらくは古代言語──を一方的に話すばかりで、この辺りの言語を習得していないからだ。
言語学習をしない、できない様子なのに高性能と考えるには、様々にケースを考えても矛盾してしまう。
『■■■■■、■■』
「■■■■■■!」
『■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■。■■■……。■■■、■■■■■■■■』
相変わらず、謎の古代言語による応酬は続いた。
ザリキエフの方は明らかに棒読みなので、おそらく意味は分かっていないのだろう。神聖そうな本を書見台に置いているけれど、喋る言葉の発音だけが書かれた台本に違いない。
ザリキエフの周りでは、神聖な儀式らしい動きを他の聖職者たちが見せているが、多分そっちは後付けで関係ない。
おそらく、意味が伝わっていない形だけの儀式では、何が重要なのかも伝わらず。あとから付け足された動作であっても、無駄な慣例として排除することができなくなってしまったのだろう。
しかし、エキュメノスは神として扱われていても、所詮機械なのだ。人間の感性は通用しないし、無意味に装飾的な作業も要求しないはずだ。
そうまでしてエキュメノスとの対話が必要な、伺神祭とは結局何なのか。
僕は伺神祭の真実について、一つの予想に辿り着いていた。
機械への儀式だということ。
街の全員が一度だけ参加すること。
儀式のあとには何かを得られるようになること。
人間サイドから、なんらかの応答が必要なこと。
これらの要素から予想される真相とは、ズバリ……。
まあ、ここから先は秘密にしておこう。
それもこれも、もう少しすれば明らかになること。
儀式を見てる暇な時間をつぶすための、ちょっとした頭の体操だ。
一応言っておくけど、わかってないのに適当言ってるわけじゃない。
◇
エキュメノスとザリキエフの問答は、そうしている間にも続いていた。
まだ続くのかと、いよいよ長く思われた頃。
ふとできた無音に、ガチャリと複雑な機構が動く音が鳴った。
どこからか、と音の出どころを探すと、ホログラムを投影していた装置が開いていた。
これには僕も少し驚いた。
装置は、ホログラムを見せるだけだと思っていたのだ。
「真理の神の瞳は此度も開かれた! 儀式の参加者を神々の御前に!」
ザリキエフのその言葉は、儀式の最中だというのにホッとした様子だった。エキュメノスが応じるかどうかが一番緊張する瞬間なのだろう。
わかる気がする。
理解できない言語の文言を応酬するなんて、さっぱり準備せずにただ受け答えだけを覚えた面接のようなものだ。それをパスできれば一息つけるのは間違いない。
そうなると、この世界の聖職者の仕事は前世以上に大変かもしれない。なにせ、毎月、外国語の面接試験を受けているようなものだ。
そんな微妙な哀れみの視線を向けているとも知らず、教会に所属する聖職者の一人が僕の前に現れた。
貴族という特権階級だけあって、僕には案内がつくらしい。恥をかかないようにという配慮だろうか。
「ロディオ・ヘイロー様。どうぞこちらに」
やはり、専属の案内がつくのは貴族だけのようだ。
僕が案内されている間に、他の子供たちは、保育士に連れられる園児のように集められていた。
この世界の人間は前世とほとんど同じ発達過程を経て成長するが、五歳児となると行動や言動は子供のソレだ。当たり前だけど。
それでも何とかまとめられているあたり、そもそも5歳という年齢が伺神祭の参加基準となっているのも、ギリギリ規範を守れる年齢ラインということなのかもしれない。
「僕は最後?」
「ロディオ様は聡明でございますね。貴族の家庭のご子息は最後、という決まりになっております」
他の五歳児に比べて、落ち着いて指示に従っているだけでも、僕はだいぶ聡明に見えたことだろう。
僕だけは除け者のように後ろに回されているので、最後の方なのだろうなということはわかった。
貴族を特別扱いするとしたら、順番は最初か最後だ。最初ではないのは、前の人の儀式を見てから順番が回ってくることで、変なヘマをしないようにという一面があったりするのだろうか。
僕が子供たちの列の後ろについた頃には、すでに子供たちの儀式が始まっていた。
ただ装置の水晶球のようなものに、手を突っ込んで押し付ければいいらしい。
数秒すると、指示があって子供が引き下がり、家族のもとに戻っていく。
少なくとも僕には、それしかしていないように見えた。
しかし、たまにザリキエフが僕の知らない固有名詞を読み上げ、歓声が挙がる。
装置の反応も変わらないので基準なども不明。そうなるとただただ不気味だ。
けれど推察すると、あれがメイルダが言っていた最初から祝福を受け取っていた子供、ということだろう。
そんな簡単な儀式だったため、僕の番は思っていたよりもすぐに近づいた。
僕の前の参加者が、同様の儀式を行う。
ザリキエフによる読み上げはなかった。
そのことに参加者の少女は、小さく肩を落とす。
驚いたのは、彼女はいわゆる獣人と呼ばれるものだったことだ。
少女の頭にはネコ目動物のような耳が生えている。
犬か猫か、はたまた狼か。その道の専門家じゃない僕にはその違いはよく分からないが、よくある三角形のケモノ耳だ。
このヘイロー家の領地では、特筆するような特徴のない、いわゆるヒトである普人種が多い。
けれど、この世界には普人種以外にも様々な異種族が存在している。獣人種もその一種だ。
獣人種は身体能力が高いとか聞いたけど、見た目の筋肉量は変わらないのに、そんなことが起きるものだろうか。
もし本当なら、僕もその遺伝的な秘密をいつかは解き明かしてみたいものだ。
獣人の少女はトボトボと、家族、というかあれは孤児のグループだろうか、他の人たちと比べても一段とボロい布を衣服にしている人々のもとに戻っていった。
そうなると、いよいよ僕の番だ。
最後に一人だけ残っている僕には多くの人の目が向けられていた。
単純に最後だからという理由だけでなく、僕が領主の家系であるヘイロー家の子供だから、という理由もあるだろう。
僕はその視線の数々には目を合わせないようにして、エキュメノスと呼ばれていた装置の待つ壇上に登り。
その、電子回路のようにきらめきながらも、水晶のように透き通った球体の端末へと手を伸ばした。
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