第5話 ポストアポカリプスな魔法世界


 今日は引き続き伺神祭の当日だ。

 僕は普段からヘイロー家の屋敷を出ることはないが、それでもわかるほどのことがある。

 それは、祭りというほどには、街は活気づいてことだ。

 というのは、この祭りが月ごとに行われているからだろう。


 5歳児と直系の家族しか関係しないとなれば、いくら祭りといえども、関係する人間は少なくなる。

 仮に5歳まで育った子供に関する合計特殊出生率を2とすればひ孫の代まで生きるとしても、自分の分も含めて生涯で15回程度しか参加しない計算だ。年12回やっているので、もう50回に1回くらいしか自分が出席する伺神祭はなくなってしまう。

 この文化圏でも発展途上の例に漏れず多産なので、実際はこれよりはだいぶ多くなるだろうが、5歳まで生き残る子供の生存率も相応に低い。


 まあそれでなくとも、毎月同じような祭りをしていれば辟易してしまうのだろう。

 季節ごとの祭りだからいいのであって、全部クリスマスです、などと言われたらそれはきっと寂しいものだ。



 街をあげてというような規模には遠く及ばないが、それでも教会に近づくにつれて、多少は道に祭り用の装飾が施されるようになった。

 それに伴い、露店のような急ごしらえの店舗も増える。ただし、並んでいるのは普通の野菜や肉、穀物が多い。

 日本史で出てくる三斎市のように、月に一度行われる祭りは定期的な市場の日としても活用されているのかもしれない。


 八百屋のような店は多いが、それでも祭らしくいくつかは料理を提供するような露店も出ていた。

 そうした店から漂う芳ばしい香りが、馬車の中でも鼻をくすぐる。


「フム……、どうだ? ロディオ。後で何か買ってやろうか」


 馬車から見える外の景色を見ていたからか、僕は父さんにそんな言葉をかけられた。

 でも僕にはそんな子供じみた物欲はない。こんなことに金を使うのなら、その分を現金で渡してほしいくらいだ。


 僕が口を開く前に、口舌を切ったのは母さんだった。


「こんな露店の商品なんて、何が入っているかわかったものじゃないでしょう。ロディオには食べさせられませんよ」

「そうは言っても、こういうのを欲しがるのが男の子というものじゃないのかね」

「フン、どうだか。そんなこと言って一番食べたがっているのは、実はあなたなんじゃないかしら?」

「そんな、ことは……ないぞ」


 この夫婦、あんまり仲良くないのだろうか。

 いや、むしろ相手のことをよく理解しているんだから、そんなことないのかもしれない。



 ところで僕は、姉と並んで後部座席に、そしてその正面に父と母は座っているのだけれど。進行方向を向いている僕からはガラス越しで御者を見ることができる。

 何でこんな話を始めたかというと。その御者が、止まるべきなのかそのままでいいのかと、そわそわしている様子が見て取れたからだ。

 そろそろ結論を出さないと、彼がかわいそうだ。


「母さんがそう言うから、ということではないですが。とくに欲しいものはないですよ。父さん」


 僕がそういうと、父さんは「フムン……」と少しだけ寂しそうに肩を落とした。

 なんだか可哀そうだけれど、本当に特にほしいものがないんだ。


 そうして馬車は止まることなく、甘酸っぱかったり、芳ばしかったり、スパイシーだったりする屋台の異世界フードの香りの中を、駆け抜けていった。


 ◇


 伺神祭が開かれる教会は、街の中心にあった。

 道路が教会を中心としてクモの巣状に伸びているため、もしかしたら教会が先にあって街が作られていったのかもしれない。

 しかしそうだとすれば、思ったほど教会の建物は古臭くないという印象を受ける。補修の跡は少なく、まだ白といえるほどには元の色を保っていた。



 僕らを乗せていた馬車は、その玄関前に乗り付ける。


 父に並んで僕はストンとそのまま馬車を降りたが、ドレスを身に纏った母と姉はそうはいかない。

 小恥ずかしいほどに恭しい動作で差し伸べられた父の手に導かれて、母さんと姉は馬車から降りるのだ。


 そうして、二人が降りた途端、馬車を囲うように人の列ができる。


「領主様、本日はようこそお出でいただきました」


 最初に口を開いたのは、集まった人々の中でも一際に荘厳な祭服を身に纏った壮年の男性だった。


「私はご子息様の儀式を取り仕切らせていただきます、司教のザリキエフ・ロペスでございます」


 男は司教を名乗ったが。この世界の聖職者の地位は、神聖なる魔法の実力と政治力の両方がかかわるために大変にわかりにくい。

 その中で司教は、まあ簡単に言えば、このヘイロー家が治める領地全体の教会を統括する立場だ。

 要するにかなりえらい。


 その司教が、地方の領主である父にへつらう様子からは、この一帯での貴族と教会の力関係がうかがえる。

 どうやら貴族の方が大きい権力を持っているらしい。貴族に生まれた僕としては喜ばしいばかりだが。


「先月にも世話になったな。こっちが今回の息子のロディオだ。今日はよろしく頼む」


 父が目を伏せる程度の会釈をしたので、僕もそれに倣って会釈をした。


「これはどうもご丁寧に、ありがたきお言葉。神々の御加護がありますように」


 宗教がかった飾り言葉がついた文言を、口癖のように発したザリキエフに案内されて、教会の中へと進んでいく。



「ではまずは、お手を清めください」


 どうやらこの世界にも、水で濯ぐような風習があるらしい。

 前世で対応する言葉を見つけるなら、聖水盤か手水舎といったところだろうか。教会の入り口付近の壁には、洗面台のようなものが取り付けられていた。

 その風習は広く浸透しているようで、父も母も姉も、ザリキエフの案内を聞くより前から聖水盤の方へと靴先を向けていた。


 聖水盤には、白と黒の二種類のタイルが上下に使われていて、ちょうどその間から水が流れ出ている。

 天と地かな? そんな感じのものを表現しているようなレリーフも彫られていた。

 これもまた、なにか宗教的意味があるのだろう。


 父さんたちが聖水盤の水を取り、十字の代わりに五芒星に切るような動作をしたので、僕も見様見真似で手を伸ばした。

 この世界の宗教は名づけるなら五芒教と言えるかもしれない。なんだか地中に生えてそうだ。



 冷たッ!

 聖水盤の水に手を伸ばすと、それはもう、よく冷えていた。

 いや、よくこれで涼しい顔してられるな。


 しかし、そんな冷えた水で濡れて冷たくなったこの手も、クソほど高そうな僕の今の服で適当に拭うわけにはいかない。

 家にいたなら、察しのいい使用人のだれかがナプキンか何かでぬぐってくれるのだろうけれど、あいにく今日はついてきていないのだ。


 仕方なく僕は、冷たい手をぷらんぷらんとさせながら、ザリキエフの背中を追うのだった。


 そして、伺神祭が始まる。



 ◇



 教会の奥、秘仏でもしまい込んでいるかのような奥まった部屋に"それ"はあった。

 実際秘匿すべきものなのだろう。


 "それ"には朽ちかけの霊験あらたかな聖遺物を飾るような、豪勢な装飾が施されていて。

 "それ"にはこのあたりの文化圏とは全く異なる、直線と曲線が機械的に複雑に絡んだような構造がデザインに取り入れられていて。

 "それ"にはこの世界の文明レベルでは到底作成不可能な、全く劣化せず白亜の表面を覗かせる未知の物質が用いられていた。ついでにピカピカと瞬いている。



「いや、ポストアポカリプスだこれ」


 ポストアポカリプス、つまりは文明崩壊後の世界。

 それは、SFジャンルの一つだ。

 一般にはマッドでマックスにヒャッハーしてたり、世紀末でヒャッハーしてたりするが、たまに前文明の遺産でまじめに再興してたりもする。

 特徴としては、文化に不釣り合いな技術の、特に産物だけが残っている状況にあるということ。そして、たいていの場合、前文明人が滅亡寸前の最後に遺した起死回生のための遺産を巡った物語になる。


 そのうえで、この世界の文明とこの遺物を鑑みてみよう。

 うん、まあ。残念ながらというべきか、この世界での先人もうまく技術を継承できなかったようだ。



 ところで、このポストアポカリプス。

 マッドサイエンティストとしては、どうかというと。


 ……全然アリだ。

 これはマッドサイエンティストとしてというより、僕としてという話だけど。

 なにしろ自分は、ぶっちゃけマッドサイエンティストを目指しているだけの凡人だ。それは前世で天才的な発明とかができなかった時点で明らか。


 だけれども、ポストアポカリプスなら、遺跡を掘り返して手に入った技術を前世の多少の知識で運用するだけで、十分通用するかもしれない。

 そうなれば、強くてカッコいいマッドサイエンティストという目標の、僕個人としての障壁の一つ。圧倒的技術力という問題を簡単にスルー出来るってわけ。

 真理を探究するのに、他人の轍でいいのかと言われそうだけど。僕としては強くてカッコいいマッドサイエンティストになりたいのであって、本当の意味で真理を探究したいわけではないのだ。


 なお、重ねて言うけど、技術力うんぬんの問題は僕個人の話で、マッドサイエンティストが実在できない問題とは無関係だ。

 ここ、マッドサイエンティスト検定にでるよ。



「ぽす……?? なんだ、それは」

「あ。ええっと。こういう見た目のことを表現した言葉が、本にあったんです」


 考えていたことが口から出てしまっていたらしい。

 父さんに突っ込まれたので、僕は適当に言い繕った。



 それにしてもポストアポカリプスということは、『発達した科学は魔法と区別できない』という格言の通り、魔法も科学の産物ということなのだろうか。

 けれども、この世界の魔法は、僕が知っているような科学や近未来技術の理屈で考えても非効率的すぎる。

 浮遊魔法を発動するために発光体を出現させる必要はどこにもないし、空気を乾燥させずに水を無から生成するなんて普通はありえない。


 仮にそう、テーマパークみたいなものだとしよう。ガワだけ魔法にする必要がなぜかあったのだと。


 ただそれでも、この世界が地球ではないことは100%確かだ。

 それは、夜空を見上げればわかる。


 この星の空には、実はが浮かんでいるのだ。


 見て、それとわかる銀河だ。

 銀河と言われて思い浮かぶだろうあの円盤状の星の集まりが、空に悠然と浮かんでいるのである。


 前世でもどこぞの銀河が近づいてくるという話はあった。やがて夜空には他所様の銀河が見えるようになるとも。

 しかし、それは何十億年も先のことで、そのころには膨張した太陽の熱によって『水の惑星』である地球はない。

 なので、今世で生まれた星が少なくとも地球の未来ではないことがわかったのだ。


 一方、銀河が夜空に浮かんでいるということの文化的影響は、ちょっと僕では計り知れない。単純にわかるのは、星に関する信仰というのは前世でもあったが、この世界では前世にも増してそれが厚くなっていることくらいだ。

 具体的には、今世の世界の空に浮かぶ何万光年先の銀河は"銀天盤"などとよばれ、神々が住まう天上の世界だとして信仰対象になっている。


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