第4話 ガワだけ絢爛なブルジョワジー


 二日が経った。

 ということで、今日は例の伺神祭とやらの当日だ。


 前世でも子供の頃はイベントが多いものだったが、結局は覚えていないなんてことも多々ある。少なくとも僕は殆ど覚えていなかった。

 それでも手間と費用をかけてこなしていたのは、むしろ子の親がそのイベントに参加したことを記憶にとどめていたい、ということなのかもしれない。


 今世の家族でもそれは言えるのか、今日のヘイロー家は慌ただしい雰囲気となっていた。



「こっちはどうでしょう……。いえ、違いますね」


 一応、今日の主役である僕は、というと。


「ロディオ様、動かないでください。今、ブローチを合わせているんですから」


 こういう身支度で時間がかかるのは女性とばかり思っていたが、この時代、この世界ではそんなこともないらしい。

 僕は着せ替え人形になっていた。


 それでもまあ、式典の日だ。服をキチンとしたものにするのは、まだわかる。

 けれど、なんでこんなジャラジャラと、無駄遣いされた希少金属と透明なだけの結晶を付けなければいけないんだ。

 教会に行くなら、もっと質素にすべきなんじゃないだろうか。


 もっと言えば、ただギラギラした服を着て、鏡の前で突っ立っているだけならまだマシだ。

 ところが実際は、十字架にでもつれされたかのように、腕を横に伸ばし続けなければいけない。腕や手につける装飾品の選定に、男だてら顔に施す化粧の類まで、同時にこなすためには、手が伸ばされている方が都合がいいのだ。

 なので、僕の腕はもう今にも攣ってしまいそうだった。


 そんな苦しむ僕の脇では、使用人の女性たちは喜んで僕のコーディネートをいじくっているのだから、始末が悪い。

 キャッキャウフフとしているのは、美人ばかりが集められたメイドたちだ。なので、絵面だけは本当にきれいなのだ。

 だから、僕の腕はそのため犠牲となったのだ……。


 意識が遠のくのを感じる。


「だめですよ、腕を下ろされては」




 結局そのあと、一度腕が攣ってすべてやり直しになったりして、体感3時間ほどで僕の着こなしは整えられた。

 こんな面倒なことは今後遠慮願いたいけれど。そんな僕の切なる願いは叶うことなく、事あるごとに同じようなことをやらされるんだろうなあ。


 ただ、ここまで苦労した甲斐もあってか、鏡の前にはまさに貴族の御曹司といった少年がたたずんでいた。

 もちろんガワだけだ。

 中身は一般転生者である。


 ◇


「随分と時間がかかったわね。ロディ」


 準備が整った僕を応接間で待っていたのは、母と姉だった。補足すると、僕の実の直系の親族にあたる方の、母と姉だ。


 僕が言うのもなんだけど、母さんは美人だ。

 母である今日のマリーナ・ヘイローは、その明るい茶髪に対し暗めのドレスを身に纏っていた。そして、明るい色が顔に集まっているために、自然と向けられる視線に見合うだけの美貌が備えられている。

 各所を彩る宝飾品の数々にも譲るところのない主役感が、天性のもののように彼女の身に沁みついていて、服に着られるという言葉を知らなくても不思議がないほどだ。


 一方、姉は母によく似ているのだが、こちらは子供らしい明るめのドレスで、そのせいか何というか全体がぼやけているような印象を受ける。

 というかそもそも我が姉ながらインパクトが薄い。母と一緒に並ぶと、もはや母の娘という印象しか残らない。

 まるで貴族の娘であるということ以外、アイデンティティがないかのようだ。

 それでも貴族の娘という印象を受ける以上、相応の美人なのだろうが……。



 まあ色々と表現したが。母と姉も、僕に負けず劣らずの豪奢な気合の入った衣装だった。前世の感性では、とても教会に行くとは思えない。

 いや、ここまでくると、僕の認識が間違っているのだろう。

 この世界の教会には華美な服装をしていくものなのだ。


 それにしても、そんな彼女たちの支度が完璧に終わっているところを見ると。この世界基準でも、僕の支度にはだいぶ時間がかかったことがよくわかる気がする。



「ごめんなさい、母さん。でもこれは、女中たちのせいで……」


 僕は一応謝った。

 まあでも、ぶっちゃけ100%メイドたちが悪いと思う。


「人のせいにするのは?」

「いや、でも。このカフス一つ決めるのにも30分はかかったんだ」


 ついでにそのカフスの角度を決めるのにも、さらに10分ほどかかった。

 今、指さすために触ったせいで無駄になったけど。


「あの子たちが、そんなことをするとは、……とてもそう思えるわね」


 ご理解いただけたようで光栄だ。

 当の本人たちを探すように、母さんはジロリと周囲に目を向けたが、僕のコーディネートにかかわったメイドの姿はどこにもない。逃げ足ばかり速いというか、要領がいいというか……。


「まあ、そんなこともあろうかと、長めに時間を用意しておいたのだから問題ないでしょうけれど」


 それは……。

 むしろ、その時間があったから目一杯に使ってしまったのではないだろうか。

 パーキンソンの法則だとか、そんな感じの心理学的な法則があった気がする。



「フムッン! 遅くなったのならなおのこと、そのあたりの話はあとにしたらどうだ?」


 あ。気が付かなかったけど、あと父さんもいたみたいだ。窓際にいるせいで逆光で見えなかった。

 こっちの服装は、……まあ需要なさそうだし、どうでもいいか。


「それもそうですわね。では、行きましょうか」


 一応、家長は父さんのはずなんだけど。いつの間にか母さんがその場を取り仕切っていた。

 バリキャリじみたキビキビさが、彼女をリーダーへと導いているのだ。

 え? バリキャリもキビキビも死語だって?

 …………ソンナー



 話は変わるけど、ここまでの様子を見るに、伺神祭には僕の家族も同行することになっているようだ。……というのは、まあ当然わかるとしても。

 どうやら、家族でも特に直系の者しか同行しないようだ、ということもわかった。


 僕には、もうさらに継母と半分血のつながった姉が二人いることは、既に一度言ってたかもしれないが、そんな継母と姉たちの姿がない。

 彼女たちと血のつながりのない母さんはともかく、父さんもそのことに特に触れないあたり、この世界の文化ではそれが当然のことなのだろう。


 そういえば、彼女たちがいないことで思いついたけれど。もうすでにあったはずの同腹の姉の伺神祭にも、僕は出ていない。

 それを考えると、直系の家族以外にもさらに同行者を狭めるような条件があるはずだ。



 僕達が、応接間から玄関のあるホールへと向かっていくと、扉の中でも一際大きい両開きな玄関扉が音もなくひとりでに開く。

 恭しく使用人たちが漫画みたいにこうべを垂れて整列しているが、扉だけは魔法で制御された自動のドアとなっていることを僕は知っている。


 ある意味防犯的な意味もあるのか、僕が一人で脱走してみようと思った時にはビクともしなかった。人が開けられる重さにはなっていないのだ。

 こんな細かいところには魔法が使われているくせに、自動掃除機なんかは見られないのは、この世界の不思議なところでもある。



 視点を変えれば、僕的にはいいことかもしれない。

 金儲けのチャンスになるからだ。


 『必要は発明の母』とも言うが、逆に言えば、必要かどうかも思い至らないような新たな発想は生まれ辛いということになる。

 究極的に『魔法で何とかしてしまえばいいや』という観念がこの世界にあるのだとしたら。あんまり生活に直接役立つような魔法の品が広まっていない原因はそこにあるのだろう。

 前世のイノベーションでソリューションしていた世界を知っている僕には、この分野でもアドバンテージがあると言えるのだ。


 ところで、マッドサイエンティストという真理の探究者を目指しているくせに、僕は金にこだわりすぎではないか、と感じているかもしれない。

 だが、研究には金の問題がつきものだ。どんな研究をするにしても、先立つものが必要となる。


 それに、今の僕には自由な時間も金も資材も何もない。

 だから今は、マッドサイエンティストになるという目標を掲げる以上に、まず自分で自由に使える金がほしいのだ。

 けれど、それも魔法があればなんとかなるはずで。そのためにも、早く魔法を使えるようになるといいんだけれど。



 そんな金のことばかり考えていた僕は、貴族らしいギラギラでゴテゴテした金のかかった馬車へと乗り込んでいった。


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