第2話 転生のオカルティズム


 目の前にあるモミジのような小さい手。

 これを見るたびに僕は実感する。


 僕は転生したんだ、と。


 ◇


 転生した先は、ロディオ・ヘイローという名前の、異世界の貴族の少年だった。


 異世界と分かったのは簡単で、バリバリ魔法を使って子育てをしていたからだ。

 腕が疲れたら魔法で浮かせるし、うんちも魔法で洗い流す。

 そんな感じなので、僕の粗相も魔法で水に流されたというわけだ。


 しかし僕は、うんちを魔法で生み出された水で洗い流されている間に、全く別のことを考えていた。


 水を生み出すという魔法。

 これだけでも、規模を大きくして展開するだけでも防御になる。

 浮遊魔法があれば離脱も比較的容易だ。


 これだ。

 これを使えば、マッドサイエンティストも戦闘に参加できる。



 前も言ったが、強くてカッコいいマッドサイエンティストが現実に存在しない要因の一つは、戦闘における危険性だ。科学の発明品をいかに生かそうとも、結局銃弾にも砲撃にも勝てないという大きな問題。

 そこに防御と離脱、この二つで強力な手段があれば、戦闘員じゃない科学者も前線に近づくことができる。

 立ちはだかるのは魔法による攻撃の方も苛烈となる点だが、それに関してはまだ何とも言えない。何しろ僕は攻撃用の魔法なんて見たことがないのだ。


 まあそれも解決したところで、実はもう一つ、強くてカッコいいマッドサイエンティストが実在しない大きな要因があるんだけど、それはまた別の機会にしよう。



 さらっと流したけど、今世の僕の生まれは貴族だった。

 やったぜ。

 まあ、まだ言葉がわからないので、確定じゃないんですけどね。


 それでも貴族だと楽観的?に考えているのは、メイドがそこらへんをうろついているからだ。家も、どこの建築様式に似ているのかなんて言われると困るけど、なんか貴族っぽいゴテゴテさだ。

 「実は豪商でした」と言われたなら、「そうでしたか。すみません」としか言えないが、まあ貴族っぽい雰囲気なので貴族だろう。父親は妻が二人いるし。


 ちなみにメイドというのも、残念ながらカチューシャにフリルエプロンというあのメイドスタイルではない。強いて言えば、汚れを防ぐための質素なエプロンを付けているだけだ。

 僕に専属メイドとかがついたら、あのメイド服を作って、着せてみてもいいかもしれない。



 魔法の話題に少し戻るけれど。

 この世界では、特に貴族で魔法が牛耳られているなんてことにはなく、メイドでも普通に魔法が使える。

 ただ、よく観察すると、同じメイドの中でも使える者と使えない者がいるらしい。魔法とは、誰でも使える技術ではないようだ。


 それでも魔法のある異世界に来たのなら、魔法は使ってみたい。

 マッドサイエンティストのことを抜きにしても、単純にそんな気持ちはある。



 ここで、マッドサイエンティストは科学者なんだから、魔法はどうなのよ? という考えを持つ人もいるかもしれない。

 だが、僕はそうは思わない。


 まず、魔法は科学であるというのが僕の意見だ。


 そもそもサイエンスとは、科学とはなんだろうか。

 自然科学とも言われる科学は、自然に対し法則性を見出して探求する学問だ。

 一方で、前世では魔法というものはオカルトであり、一般には科学ではなかった。


 ただそれは、オカルトに再現性がなく、法則とみなすことができる結果を見出せなかったからだ。

 もし仮に、丑の刻参りで100%人を呪い殺せるのなら、それは再現性があるとされ、丑の刻参りと不審死の関連性が真剣に科学として研究されただろう。


 この世界の魔法は、確かに前世の科学では理解できないものだが、十分に技術として扱うことができるほどに再現性のある現象だ。

 使える者と使えない者がいるように。いつどこで誰がやっても再現できるとはいかなそうなのが魔法的ではあるものの、使えない時の条件がわかれば、それもまた再現性となる。


 再現性があるのであれば、それを説明する法則があるはずだ。

 であれば、魔法も科学で解釈しうる現象の一つということになる。だって、法則を探求するのが科学なのだから。


 まあ、元も子もないことを言ってしまえば。そもそもこの世界で見た"魔法のような現象"を魔法と解釈しているのは僕なわけだから、『魔法』という言葉自体に振り回される必要なんてどこにもない。

 それでも魔法という名前が科学に加わることに対して納得できないのなら、新世界科学とか適当に納得できる名前を付ければいい話。


 要は、この世界での科学として研究すべき項目に、前世での科学という枠組みに囚われる必要はないのである。

 めんどくさいから、今後は地球の自然科学を"科学"のまま、今世の世界独自の科学は"魔法"と表現するけど。



 なので例えば、僕が転生したということ自体も、科学的な研究の対象になりうる。


 僕が転生したということから、一定条件の下では転生が可能だと推察できるし。脳に依らない記憶領域と、それから意識の構造が存在することになる。だって前の脳みそはもちろん前世に置いてきたわけだから、記憶や意識が脳にだけ宿っているとしたら、今もまだ覚えているのはおかしいのだ。

 つまり、便宜的に、もしくは原義として魂と呼べる"何か"が存在し、それは世界という壁さえ飛び越えて転生する、ということが言える。


 もっとも、だからといって魔法のある世界なら、魂という存在や転生を客観的に証明できるかといえば、そうとは言えない。

 科学が魂に関与できなかったように、魂に干渉できる魔法もありませんでした、というオチだって普通にあり得る。

 そうなれば僕は魔法世界におけるオカルティズムに心酔する学者となるわけだけど、それはそれでマッドサイエンティストっぽいのでオーケーだ。


 自分の自認識だけには、転生という現象を信じれるだけの根拠があるのは、何ともオンリーワンな感じでいい。すごくいい。

 まあ、それも技術として有用な形で大成しなければ、マッドサイエンティストとしてはよくても、強くてカッコいい要素には成りえないのが悲しいところだ。



 有用な技術の話、魔法の話に戻ろう。


 残念ながら今のところ、魔法の使い方はさっぱりわからない。

 ウンウン念じたところで、ウンチは出ても魔法が出たことはないし、体の中に魔力を感じたこともない。

 魔力を感じ取れないだけならまだ見込みはあるけれど、これが魔力がないと言う話なら、今後一生魔法は使えない。あな恐ろしきことだ。


 使えない人もいるらしいことから、さっそく先行きが不安だが。今の僕はとりあえず知識だけは身に着けようと、この世界の言語を解読中だ。

 マッドサイエンティストもいっぱしの科学者。知識が物を言うのである。

 まあ、まだ解読中なので、読むのは簡単な絵本とかなんだけど。



 そういえば、僕が生まれた家には、普通に本が存在していた。

 これが意外なことなのかは、ぶっちゃけ人類の技術史には詳しくないので、よくわからない。詳しい人なら、もしかしたらこの事実だけで、この世界の文化レベルすら想像できるだろう。

 残念ながら僕にはその手の知識はない。羊皮紙とかパピルス紙といった名前だけを知っていても、それが実際にどんなものか、目の前のものはそれにあたるのかわからないのが現実だ。インターネット環境が切実に欲しい。


 ただ、紙でできた本体よりも中の情報の方が高かったです前世の現代社会と違い。この文化圏では、本というものは相応に高価なものなのか。

 今の僕が分厚そうで高そうな本を取りに行こうとすると、やんわりとメイドに引き戻される。


 たぶん、僕が本を破くとでも思っているのだろう。今世の姉がかつてそんなことをして、叱られていたに違いない。

 実に迷惑極まりないものだ。

 僕がそんなことするはずないのに。


 しかし、そんな出来事からわかることもある。

 子供に気軽にやれない程度には高価ということは、少なくとも機械生産をされているわけではないのだろう。印刷技術も写本レベルで活版印刷とかはまだ、と。

 いや。よく考えたら普通に前世でも、紙を破いてしまう子供に本は渡さないか……。


 こういう知識を得るためにも、本の知識が必要となるのが、今の僕の八方塞がりなところだ。



 ところで、姉の話が出た。

 今世の僕の家族は、僕が知る限り7人だ。

 父が一人に母が2人。その母の子供がそれぞれ2人づついて、姉が3人に僕が1人だけ男となっている。

 その他、祖母や祖父、叔父などには会ったことはなく、いるかどうかは不明。


 ちなみに、父親の妻には正妻とか側室みたいな序列はなく、ほとんど同列らしい。そのため、4人の子供の扱いはほとんど変わらない。


 ついでに言うと、男女でもそれほど区別しないらしく。必ずしも男児の僕が継ぐという形ではないようだ。

 魔法がある関係上、戦闘力などにおいて男女差が小さかったりするのが影響しているのかもしれない。

 歴史的な男女の差というのは、出生数の調整から自然と形成されたという説も聞いたことがあるし。

 ウチが特別という可能性もあるので、N数が1の段階で考えることではないだろう。


 もっとも、マッドサイエンティストを目指す僕としては、領地の仕事になんてかまってられないので、これはむしろ好都合。

 まあ、貴族の領主が実は裏で秘密の研究をしている、なんてのも、それはそれでなかなかロマンがあって乙なものではあるけれど。


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