江露島高校手芸部の叡智を売る江露本屋

イノナかノかワズ

江露島高校手芸部の叡智を売る江露本屋

「よし、こんなものか」


 部室棟一階の一番端にある小さな部室。そこで俺は一人、羊毛フェルトをしていた。


 俺は神納かんのう宇理真うりま。江露島高校二年で、手芸部に所属している。


 手芸部の部員は俺一人だけだ。


 うん? 一人で部活が存続できているのかって?


 大丈夫だ。特例で手芸部は一人でも存続することができるのだ。


 ……その特例を教えろって?


 せっかちだな。


 いずれ、分かる――


コンコン


 おっと。誰か来たようだな。


「どうぞ」

「神納、ちょっといいか」


 部室に入ってきたのは、同じクラスのサッカー部に所属する陽キャの男子、井上和樹だった。身長も高く、染めた金髪。顔立ちも整っているので、かなりモテている。


 そいつが、目を泳がせながら部室に入ってきた。


「何か、用か? 井上」

「……例のあれだよ。もう入荷しているだろ」

「例のあれ?」


 羊毛フェルトをしたまま、俺はわざとらしく首をかしげる。


 井上はわずかばかり息を飲み、唇を少し噛みしめる。それから、何度か深呼吸をして勇気を振り絞るように、言った。


「江露本屋で予約していた『終電で出会った年上お姉さまの犬になりたい』を買いに来た」

「よし、分かった」


 羞恥心とわずかな怒りで頬が赤くなっているイケメンの面を見て満足した俺は、立ち上がる。


 部屋の隅に置いてある羊毛フェルトやぬいぐるみなどといった手芸部の活動を示すものが飾ってある棚へと近づく。


 そして一つのウサギのぬいぐるみを手に取り、背中部分を自分に向ける。そこにはチャックがあり、俺はそこをあけた。


 中にはどこにも売っていないピンクのスマホが入っており、俺はそれを起動する。


 指紋認証、顔認証、音声認証、手打ちの十八桁の数字のパスワード。それから、俺のスマホに届いた確認メールの了承する。


 すると、目の前の棚がガガガッと音を立てて、横にスライドする。


 そして、棚があった床には地下へとつながる階段があった。


「井上、来い」

「あ、ああ」


 俺は躊躇ためらいなくその階段に入る。井上もおどおどとした様子でついてくる。


 井上が階段に足を踏み入れたのを確認して、俺はピンクのスマホを操作。棚を再びスライドさせて階段の入り口をふさぐ。


 俺は井上に振り返り、念を押す。


「出れると思うなよ」

「わ、分かってる」


 井上は頷く。


 そして、俺たちは地下へと降りた。ピンクのスマホを操作して、灯をつける。


 そこには、大量の本棚があった。正直、学校の図書室よりも多い本が並べられているだろう。


 そして並べられている本とは、


「こ、こんなに……」


 年齢指定がある高校生が買うことができない本である。


 そう、手芸部は代々、年齢指定のされている叡智な本を売っているのだ。

 

 高校生。それは、叡智を求めるお年頃である。


 しかし、あいにく、高校生は叡智を知る手段が限られている。


 今でこそ、誰もがスマホやパソコンを持つようになり、叡智に触れる機会も増えたが昔は違かった。


 そのため、叡智を求めるあまり窃盗などと犯罪行為に走る者たちが増えたのだ。そうでなくとも、河川敷やら何やらで物をあさる高校生が増えた。


 そのため、我が手芸部は代々、それを抑制するために秘密裏に叡智な本を売る本屋を営んでいるのである。


 そして、現代。


 確かに誰しもがインターネットにつながることができ、叡智を簡単に知ることができるだろう。


 しかし、違法でアップロードされている物を読むなど言語道断。犯罪である。また、そういったサイトはウイルスなどといったトラブルにも巻き込まれやすい。


 それに電子書籍として買うにしても、買った履歴が電子上に確かに残るうえに、親のクレジットカードを使う場合や、またクレジットカード自体に年齢制限があったりもする。


 今でも需要があるのだ。


「ええっと、井上が頼んでいたのは……これだな」


 本棚に叡智な本を陳列したのは、俺だ。だから、どこに何があるかは全て把握している。


 なので、井上が事前に予約していた叡智な本をすぐに探し出し、手に取る。


「では、井上。レジに来てくれ」

「あ、ああ」


 井上がご所望の叡智の本を脇に挟み、俺は階段のすぐ近くにあった机へ移動する。椅子に座る。


「ええっと、『終電で出会った年上お姉さまの犬になりたい』は……三百二十円だ」

「あまり言わないでくれ」

「商品は読み上げて、確認を取るのが我が書店の流儀だ。嫌ならば利用しなくていいだけだぞ」

「……すまない」


 井上は渋々頭を下げ、それからズボンのポケットから財布を取りだし、お金を払う。


「……よし、ちょうどだな。では、お買い上げ、ありがとうございました」

「あぁ。ありがとう」


 レシートはない。金銭的な証拠は一切残さないのだ。


 井上は『終電で出会った年上お姉さまの犬になりたい』という叡智の本を受け取り、制服の懐に隠し持った。


「他に買いたい本はあるか?」

「い、いや、いい」

「そうか」


 そして俺たちは再び階段を昇り、ピンクのスマホを操作して必要な手続きをしたあと、手芸部の部室に戻った。


 井上は少しびくびくした様子で扉を開けた。周りに見られたくないのだろう。


 それから、井上は振り返って言った。


「……神納。分かってるよな」

「江露本屋はお客様の情報を漏らしたりはしません。お客様が私たち叡智本屋に害をなさない限り」

「……ああ、分かっている」


 叡智本屋の店主となった俺は高校三年間の安泰が約束されているのである。


 なんせ、様々な生徒の性癖を知っているからである。


 そして、井上は去っていった。



 Φ



 今日もいつも通り羊毛フェルトをしていた。


 すると、扉が叩かれる。


「どうぞ」

「し、失礼します」


 入ってきたのは女子生徒だった。


 艶やかな長い黒髪に端正な顔立ち。プロポーションは抜群で、清楚な居住まいがとても印象的が。


 実際、優等生であり、生徒会長をしている。


「手芸部になんの用で」

「……江露本屋に。少し見て回りたいの」

「分かりました」


 そう、女子生徒も来るのだ。


 我が江露本屋の品ぞろえはぴか一。女性用の叡智な本もたくさん取り扱っている。


 流石に、男子である俺が店主をしているため男子よりも人数は少ないが、それでも女子生徒の四分の三以上は我が書店を利用するのである。


 俺はいつも通りの手順を踏んで生徒会長を江露本屋へ招き入れた。


 そして生徒会長は恥ずかしそうに四冊の叡智な本を買うと、そそくさと退散した。



 


 


 そして、俺が卒業するまで、毎日のように誰かが叡智の本を求めて我が江露本屋へ来店した。



 



 ちなみに、俺は叡智な小説を自分で書いたりするのだが、案外人気が高く、売れ筋商品の一つとなっている。

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