【KAC20231】 女の子の気持ち
下東 良雄
女の子の気持ち
オレの名前は
最近、
一緒にいることの多い櫻井さん、でも今日は別行動。これからオレは秘密、かつ重要な任務にあたるのだ……
目の前にあるのは一軒の街の本屋。普段は利用しない戸神ニュータウンの外れにある本屋だ。
学校帰りにも寄れるけど、オレは一旦帰宅。身元がバレないように私服に着替え、緊張の面持ちで店の前に立った。
うぃーん
自動ドアが開き、本屋の中に入る。
目星をつけていた雑誌を棚から取った。
『月刊メロン通信 巨乳で大人気の赤居リク大特集!』
いわゆる成人向けの雑誌だ。
オレはセクシー女優・赤居 リクちゃんの大ファン。何としても入手したい一冊なのだ。
とてもじゃないけど、ショッピングセンターの本屋では買えない。というか、高校生のオレが買って良い雑誌ではないわけで。
さりげなくレジに差し出した。
店主のおじいさんがチラリとこちらを見る。
オレは素知らぬ顔。
そのまま雑誌を紙袋に入れて、レジを叩いた店主の様子に安堵する。
そう、この本屋はこういう本が買える男子高校生の聖地なのだ。
にやけたい顔を我慢して、雑誌の入った紙袋を手に本屋を出た。
うぃーん
本屋から一歩出た瞬間のその開放感と喜び。きっと男子じゃなければ分からないだろうね。
スキップしたい気持ちを抑えて、家に帰ろうと振り向いた、その時。
ドンッ バサッ
誰かにぶつかり、紙袋を落としてしまった。
紙袋からは、笑顔で大きな胸の谷間を見せつける赤居 リクちゃんが『こんにちは』している。
あわてて雑誌を拾ったオレは、ぶつかった人に謝ろうと顔を上げた。
そこにいたのは、黒髪でおさげが可愛らしい女の子。
オレの彼女・櫻井さんだった。
「あっ……! これは、その、違くて……」
成人向けの雑誌を手に焦るオレ。
視線が合ったまま、お互いに固まった。
そして、櫻井さんは何も言わずにオレの腕を取り、どこかへ引っ張っていく。
(ヤバいなぁ……思いっきりスケベなところを見られた……)
オレの頭の中には『別れ』の二文字がぐるぐる回っていた。
やがて、人気の少ない小さな公園に辿り着く。
オレの腕から手を離した櫻井さんは、背中を向けたまま話し出した。
「三島くん……私と……したい……?」
「えっ⁉」
超真面目な櫻井さんから、思いも寄らない言葉が飛び出る。
驚きのあまり、オレは言葉が出てこない。
「いいよ……しよ……」
櫻井さんの言葉に、劣情が湧き上がったオレ。
しかし、それは大きな誤りだと気付く。
振り向き、オレを見た櫻井さんは涙をこぼしていた。
「私なら大丈夫だから……ね、我慢しないでいいよ……」
声を震わせ、涙をこぼしながらオレの手を握る櫻井さん。
オレは自分がいかに浅はかなのかを思い知った。
彼女には内緒で、本屋でエロ雑誌を買った。
別にいいだろう?
セクシー女優は、彼女とは別だ。
そうだろ?
でも、それは違った。
それは男のオレの考えだ。
もちろん、それを許容する女の子もいるだろう。
でも、そうじゃない女の子だっている。
櫻井さんは、あんなことを口にするような女の子じゃない。
オレは櫻井さんを深く傷付けたんだ。
(これは……浮気と同じじゃないか……)
涙を流して自分の身体を捧げようとする櫻井さんに、オレは言った。
「オレ……櫻井さんとエッチしたい」
櫻井さんは、一生懸命笑顔を作ってうなずく。
「でも、それは今じゃない」
「え……?」
「オレに心を傷つけられて、涙を流す櫻井さんとそんなことできない」
バサッ
オレは、雑誌を公園のくずかごに投げ捨てた。
そして、櫻井さんともう一度向かい合う。
「オレ、櫻井さんにもっと好きになってもらえるように頑張るから! 櫻井さんが心からの笑顔でエッチしてもいいと思えるような、そんな男になるから!」
驚いた表情をしていた櫻井さんだったが、嬉しそうな笑顔に変わっていく。
「だから、それまで……もう一度、オレと真剣な交際をお願いします!」
オレはやり直しの気持ちを込め、頭を深く下げて、右手を差し出した。
差し出した右手がぬくもりに包まれる。
顔を上げると、優しい笑顔を浮かべた櫻井さんが両手で右手を包んでいた。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします」
まだまだオレは女の子の気持ちが理解できていませんでした。いや、理解できるなんていうヤツは、単なる思い上がりだと思う。
理解できなくても、女の子の気持ちに寄り添う気持ちを持とう。
櫻井さんの嬉しそうな笑顔を見ながら、オレはそう誓った。
その後、あの本屋に行くことは、もうなかった。
【KAC20231】 女の子の気持ち 下東 良雄 @Helianthus
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