つぐない本屋

ゴオルド

専売でよろしくお願いしますよ

 つぐない~つぐない~



 つぐなわせてくれませんか~




 おっと、そこのお方、この私が見えるようじゃありませんか。


 あなた様、さては位の高いお坊さんですね。え、お坊さんじゃない?

 嘘言っちゃいけませんぜ。そんなに高貴なお顔をされているのに、ただの学生? 会社員? そんなわけありませんって。


 お召し物だってユニクロ? しまむら? よくわからねえが、そりゃもう着心地の良さそうなことで。


 そう謙遜なさらなくったっていいじゃありませんか。

 あなた様は特別な人物だってこと、あたしにはお見通しなんですからね。自慢じゃないが、人を見る目は確かなんだ。


 あたしですか。あたしは「つぐない本屋」ちゅうもんをやっております。

 ええ、ええ、もちろん生者ではございません。死者ってやつでございやす。ぽっくり逝っちまった先の人生を歩んでおります。


 へえ?

 ぽっくり逝っちまった先の人生についてお尋ねになるなんて、あなた様もずいぶんと肝が据わっていらっしゃる。好奇心はネコを殺すって言いますが、まあ、それはともかく、聞かれたからには答えるのが礼儀ってもんでしょうな。


 いや、実はね、あたしは死んだら極楽に行けると思ってたんですよ。ところがどっこい、閻魔様から罰を受けるはめになっちまいやしてね。なんでも生前の行いが悪かったっていうんですよ。


 ああ、お待ちください!

 あたしはね、あなた様が大慌てで逃げ出すような大悪党じゃありません。

 よく考えてごらんなさいよ、もしあたしが赤子の目を生きたままくりぬいて喰らうような悪党ならね、さすがの閻魔様だって、あたしを娑婆で自由にはさせませんよ。

 ええ、あたしはちゃんと閻魔様の許可を得て、この令和の日本で活動しているんです。

 というかね、そもそもの話が閻魔様のせいだっていうんだから、まったく困ったもんなんですよ。


 今からどれぐらい前になりますかねえ。病をこじらせてぽっくり逝っちまって、魂だけの存在になって三途の川を渡ったあたしに向かって、閻魔様は、こう言ったんですよ。

「おまえは人も殺さず、盗みもせず、嘘もつかずに生きてきた。まことに立派である」

 どうですか、自分で言うのも照れますが、たいしたもんでしょう?

「だが、おまえは人の話を聞かない人間であった。家族の話を聞かず、友の話を聞かず、仕事仲間の話を聞かなかった。あげくの果てには医者の話も聞かず、体を壊して死んでしまった」

 そんなのてめえの勝手だろうがと思いませんかね。あたしはそう思うんですがねえ。閻魔様が言うには、これがあたしの罪だって言うんですよ。へえ、まったく理不尽なことです。


 それで、閻魔様はこうも言うんですよ。

「つぐないとして、現世に戻り、本を読め。本というのは、誰かの話を書き記したものであるから、それを読むということは、人の話を聞くのと同じである。おまえが人の話を聞かなかった分だけ、本を読むのだ」

 あたしは読書は嫌いじゃないもんですから、しめたもんだと思いましたね。だって針地獄や血の池地獄に落とされるより、ずっと楽チンそうじゃありませんか。


 でもね、この話には続きがあったんですよ。

「ただ読むだけではだめだぞ。ハリー・ポッターを読んだところで何のつぐないにもならぬ。そうではなく、おまえが話のつまらなさそうだと思った人間をつかまえて、そいつに自伝を書かせるのだ。その自伝を読むことが、これまで話を聞いてやらなかった相手に対するつぐないなのだ。おまえは人の話を3万6千254回聞かなかったから、自伝を3万6千254人の人間に書かせよ」

 どうですか、ひどいもんでしょう? 面白い小説を読んでいればいいのかと思いきや、シロウトの自伝だっていうんですから閻魔様も冗談きついですよ。


 あたしは元来他人に興味を持てない人間でしてね。世の中馬鹿ばかりで、正しいのも賢いのもあたしだけ。ここだけの話、あたしはね、自分以外の人間の話には何の価値もないって思ってるんです。そんなあたしが自伝を3万6千254冊も読まないと成仏させてもらえないっていうんだから、まったく血も涙もねえや。


 しかもですよ。閻魔様はこんな条件も追加してこられた。

「人間に書かせた自伝をおまえしか読まないのはもったいない。せっかくだから販売してみろ」

 せっかくだからって、そんなついでみたいに言われてもね。あたしみたいな霊魂に令和の日本で本を売れっていうんですから、全く無茶なもんです。商売でAmazonや楽天ブックスに勝てると思います? あたしゃ霊ですよ?

 それにね、たまに本を買ってくれる人と出会っても「あいでぃいかえでぃいは使えますか?」なんて珍妙なことを聞かれるんですよ。なんですか、あいでぃいかえでぃいって。本当に嫌んなっちまいます。うちはPayPayしか対応してないつうの。


 はい、本ですか? 今はおよそ800冊ってところですかね。ええ、もちろん持ち歩いていますよ。閻魔様が便利な手鏡を授けてくださったんでね。この手鏡はどこか異空間につながっていて、そこに無限に本を置いておけるんです。便利なもんでしょう。たぶれっとっていうらしいんですけど。試しに読んでみたい? あなた様も変わってますねえ。ほら、どうです? お試しで最初の5ページだけ無料で読めますよ。ツマラナイ、そうでしょうとも! せっかくですし買いませんか。はあ、買いませんよねえ、やっぱり。


 じゃあ、自伝を書いてみませんか? 実は最初に目が合ったときにピンと来ましてね。あたしの見る目は確かです。あなた様なら間違いない!

 つまらない自伝を読むことがつぐないになりますんで、どうかお願いします。え、いやだ? つまらないと言われて書く気にならない? そんなこと言わずに……、ああ、行っちまった。


 せっかくのカモを逃しちまった。あたしは、ついしゃべりすぎてしまうのがいけねえんだろうなあ。


 おや、そこのあなた。四角い箱からこっちを見ている、そこのあなたですよ。

 自伝を書いてくれませんかね。人助けと思って頼みますよ。え? 面白い作品しか書けないけど、それでもいいかって? ふうん。それはそれで悪かねえかもしれねえなあ。あたしはちょうど退屈してたんだ。つぐないにはならねえが、傑作をぜひ読んでみたいもんだ。さっそく書いとくれ!

 あ、そうそう、作品は「つぐない本屋」の専売にさせてもらいますからね。KADOKAWAとかと契約しないように頼みますよ!


<おしまい>

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