私の小さな本屋さん

矢口愛留

私の小さな本屋さん


 今の私にとっての本屋さんは、スマホ。



 私が小さい頃、おじいちゃんは、古本屋さんで働いてた。


 私が好きだろうからと、おじいちゃんが選んで買ってきてくれた本には、全部おじいちゃんのお手製カバーがかかってる。

 新聞に挟まっているチラシをハサミで切って、本のかたちに合わせて、キュッキュと音を立てながら折り畳んでいくの。


 分厚い紙の、ごわごわした手触り。

 ちょっと日に焼けて、黄ばんだページ。

 ツルツルした白いカバーの裏から透ける、カラフルな広告。

 陽だまりみたいな、インクのにおい。



 けれど、今は――



 私の住む街には、本屋さんがない。

 歩いて行ける範囲の本屋さんは、全部閉店してしまった。

 駅の構内に入っていた本屋さんすら、コンビニに変わった。


 電車で二駅、それが本屋さんへのリアルな距離。

 その本屋さんは、デパートの上の方にあって、ちょっとお洒落だ。



 一番大きな本屋さんはスマホの中にあって、スマホの中で全部読める。

 紙で読みたい本は、スマホで注文したらコンビニに届く。




 今でも時折、あの紙とインクのにおいが懐かしくなる。

 スマホの本に、カバーはいらない。

 新聞ももう、取ってない。

 古本に、チラシのカバーをつけることも、もうないんだ。


 あの頃住んでいた小さな街の、小さな商店街の、小さな本屋さん。

 図書カードを持っていって、ひとりでお買い物をしたら、うんと褒めてくれた本屋さん。

 もう、なくなってしまったかなあ。



 スマホの本は、便利だよね。


 紙の本は、指を切っちゃったり、暗くなると読めなくなったり、ちょっとかさばったりする。

 子供用の週刊誌なんて、折り目がついてたり、インクで指が黒くなったり。

 そうそう、おまけの袋とじとかもあったよね。

 ゲームの攻略情報とかのってるんだけど、切るの失敗しちゃったりしてね。


 うーん。

 やっぱり、思い出すとなんだかあったかいんだ。


 もうこれ以上、街の本屋さんが減らないといいなあ。

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私の小さな本屋さん 矢口愛留 @ido_yaguchi

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