トイレ式本屋

大河かつみ

 

 A書店は電子書籍やネットショップに押されて売り上げが激減していた。なので店舗を大幅に改築して顧客を呼び戻す為に会議が行われた。

「何かいい案はないかね。」社長の言葉に一人の店員が手を挙げた。

「田中君、意見をどうぞ。」

「皆さん。”青木まりこ現象”を知っていますよね。」

「ああ。本屋に行くと何故か便意を催すという現象ね。」

店長が反応した。

「そうです。かつて『本の雑誌』で青木まりこという方がその様な趣旨の投稿しところ賛同者が多数いて、いつしかその名がついた現象です。」

「我々は仕事で慣れているけど、確かに女房は本屋に行くと、したくなると言っていたなぁ。何故だろう?」店長が首を捻った。

「どうやら一説には紙やインクの匂いが便意を引き起こすそうです。」

「私、プライベートだと、たまになる。近くにトイレがないと焦るのよね。」

女性の店員が苦笑しながら言った。

「はい。ですから本屋自体をトイレにしてしまえばいいと思うんです。」

田中の意見に皆、驚いた。

「具体的に説明したまえ。」社長が興味を示した。

「まず男子トイレ、女子トイレに分けます。つまり男子本屋、女子本屋ですね。

そこには本棚の他に多数の洋式便器が設置されてあって、便意を催したお客さんは好みの本を読みながら用を足せるのです。」

「なるほど。それなら慌ててトイレに駆け込む心配がないな。」

「立ち読みも無くなって一石二鳥ね。」

「最近、本屋とカフェがコラボしている例が多いが、生理的にはこちらの方が理にかなっているな。」

「でも、売り物の本が汚れてしまう危険性もあるぞ。」

店長が苦言を呈した。

「それこそ買い取らせるのに都合がいいじゃありませんか。有無を言わせない理由があります。」田中はニヤリとして言った。

「お主も悪よのう。」社長のセリフに皆、笑った。


 こうして業界初の便所式本屋が誕生したのであるが、直ぐに失敗に終わった。トイレの芳香剤の匂いが本の紙やインクの匂いに勝ってしまい、”青木まりこ現象”が起きなかったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トイレ式本屋 大河かつみ @ohk0165

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ