あの本は、何処だ!

@ramia294

第1話

「あの本ありますか?」


 駅前の本屋さんに、俺は駆け込んだ。


「あの本ですか?すみません。ちょうど今、売り切れてしまいました。あの本、人気ですから」


 やはり、ここにも無かったか。

 俺は、ため息をついた。

 今日だけで、本屋を3軒も駆け回っている。

 現在、人気沸騰中で、どこへ行っても売り切れているあの本。

 俺だって読みたいのだ。


「予約は、出来ますか?」


 もちろん無理だろうとは、予想出来た。


「申し訳ありません。現在、次の入荷も未定なので、予約されてもいつ頃とは、申しかねます」


 この街の本屋での返事は、全く同じだった。

 やはり、こんな田舎では、なかなか手に入れる事は出来ない様だ。

 都会へ出るしかない。


 その本は、特に何の変哲もない小説だった…はずだ。

 ある時から、急にその小説を読むと素敵な恋をゲット出来るという噂がネット上に広まった。

 事実、ネット上では、


『この本を読んで、彼氏をゲット』


 女子高生の彼氏獲得の写真。

 

『この本を読んで、結婚できました』


 爽やかな男女のカップルやら、

(羨ましい。作者より)


 そうでもない男女のカップルたちの 

(申し訳ございません。作者より)


 幸せラブラブ写真が、ネット上を席巻した。


 俺だって、幸せになりたい。

 俺には、誰よりもその権利があるはずなのだ。

 県境を越えると、大都会だ。

 最寄りの駅から電車に飛び乗ると、大都会の中心に向かった。

 俺が乗る電車は、県境を越え、都会の巨大な駅にその身を滑り込ませた。


 都会の本屋さん。

 店員に、さっそくあの本を欲しいと言った。


「あの本ですね。いや〜、全然手に入らなくて、私共も困っています」


 こんな大きな本屋さんにも無いとは…。

 俺は、ガックリとして、田舎町に帰った。


 マンションの前の公園には、高校生のカップルが、イチャイチャしている。

 よく見るとその手には、あの本。

 石でも投げつけたい気持ちを押さえて、部屋に戻った。


 何故だ。

 何故、俺にあの本が、手に入らない。


 だいたい、あの本の作者は、俺なのだ。

 作者が、その著書を手に入れられないとは、世の中間違っている。


 何を書いたのか、スッカリ忘れた自分も悪いが…。

(良くあります。作者より)


 その時、気づいた。

 パソコンにデータが、残っていたはず。

 パソコンを立ち上げる。

 探してみると、


 あった!

 やった!


 これで、俺もラブラブのハートに囲まれた、幸せイッパイの人生を手に入れる事が、出来る。


 応援のハートより、人生にハートだ。

(嘘です。ハート、欲しいです。作者より)


 あの煌めく幸せの星は、作品なんかより、俺の人生にのみ、必要だ。

(嘘です。お星さま、大好きです。作者より)



 作品を開く。

 読み始める。


 何だ、これは?

 こんなものを本当に、俺が書いたのか?

 ポニーテールが、どうとか、こうとか。

 全く記憶に無い。


 次のページにいこう。


 おっと、マウスの動きが変だ。

 あれっと思っている間に、マウスが勝手に作品を消してしまった。

 これで、俺の幸せなラブラブハートいっぱいの人生は、デリートされた。


 いや…。


 この本の出版社なら、出荷のタイミングを知っているはず。


 いや…。


 印刷屋なら。


 いや…。


 やはり、本屋だ。

 確実に完成している状態の本が、本屋に届く時がチャンスだ。


 灯りも点けていない夜の部屋の中。

 パソコンから漏れる光が照らす俺は、

 鏡の中に、悪魔の様な笑顔を浮かべていた。




 それから、数日後。

 街の本屋に届けられた荷物を襲った男が、逮捕された。

 驚いた事に、自分の書いた小説を盗もうとしたらしい。

 もちろん、この社会からバカな作家がひとり、デリートされた。


 家宅捜索で、彼の作品を記録してある、フラッシュメモリーが見つかったそうだ。

 話題だけは、提供したその作家の作品群は、その後、全てベストセラーになった。


         終わり






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