紅のサイボーグだけど楽しく生きています!

クボタカヒト

第1話 転生じゃなくて改造?

「———ッ!?」

「危ないっ!」


 ノンストップのトラックに轢かれそうなった同級生の女子を助けた際に代わりに轢かれてしまった少年・八神コウスケは死んだ———はずだった。


「…っ…なさい…ごめ……すけくん…ごめんなさい…っ…」

「———あれ、ここどこ? 俺、確かトラックに轢かれて」


 目の前には助けた同級生の女の子・朝見カフカさんだった。

 彼女は少年と同じ公立高校に通うクラスの同級生である。


「朝見さん、無事だったんだね!よかった〜っ」


 コウスケは自分が助けた同級生が無傷であることを知り安堵する。

 少し気になるのは彼女の装いとこの場所である。

 彼女は制服の上に白衣を着ている。

 周りを見渡すと精密機械だらけのSF映画の研究室のようだ。SF映画やロボットアニメ、特撮が大好きなヲタクの彼にとって実に心を揺すぶられる光景だった。


 そして最後に気になるのは、僕を見つめる瞳から涙がこぼれ落ちている。どうしてそんな悲しい表情で僕を見ているのだろうか?


「どうしたの朝見さん?なんで泣いているの?やっぱりどこか痛いのか?」

「…っ…ぐすん…違うの…私は大丈夫なの…でも…でも…八神君が…っ」

「…ん?僕? 僕は大丈夫だよ?どこも痛くないし……あれ?」


 確かに痛みがない。

 トラックに轢かれたのは確かだ。無傷ではなかったはずだ。体のいずれかに痛みを感じても不思議ではないはずだ。痛みを一切感じないというのはさすがにおかしい。というより…


「……感覚がない?」


 感覚がないとはどういうことだ?

 今思えば自分が座っているのか立っているのかすらわからない。手も足も動かそうとしても感覚がない。手術後の麻酔がまだ効いているとでもいうのか?


「朝見さん、ここどこ?病院には見えないけど…」

「…ここは、お父さんの軍事会社の研究施設」

「朝見さんのお、…お父さん?軍事会社?研究施設?どゆこと?」


 思考が追いつかない。


「朝見さん、身体が動かせないんだけど、手術後の麻酔がまだ効いてるのかな?」


 彼女はスカートの裾を両手でクシャと掴みながら涙を堪えきれずにいた。


「ちょっと待ってて」


 そう言い残し彼女は横の機械を操作し始めた。


「これで腕が動かせるよ…」


 彼女の言う通り、気づいたら右腕の感覚がある。先ほどまで腕の位置がどこなのかわからなかったはずなのに。

 右腕を動かし自分の視界に入る位置まで挙げる。


 それは、コウスケの腕ではなかった。否、それはではなかった。


「なんだ…これ…?赤い機械の腕?ギプス的ななにかな?」

「違うの。それが八神君の腕なの。そして———」


 彼女は次にコンピュータを操作すると、僕の目の前にモニターが表示される。モニター映像にはカッコイイSFチックな赤いロボットが座っている様子が映し出されていた。


「もう一度腕を動かしてみて…」

「わかった」


 右腕を動かすとモニター映像に映る赤いロボットも右腕を挙げる。面白くて軽く手を振ってみる。


「おお、動く動く〜!」

「……まだ気付かないの?」

「なにが?」


 彼女は痺れを切らしらのか、白衣のポケットから手鏡を取り出し僕のに手渡す。


「これで確かめて」


 手渡された手鏡で自分を写す。


「——————え?」


 鏡に映し出されたのは八神コウスケという少年の顔ではなかった。モニターにあったカッコイイ赤いロボットフェイスだった。


「八神君は私をトラックから助けてくれた時に瀕死の重傷を負った。手術をしても助かる見込みは3%だった…」


 曰く、病院の手術では少年は助けられなかった。だが、彼女・朝見カフカの父親が経営する民間軍事警備企業のサイボーグ技術なら助かるということで、緊急に企業の研究施設で義体手術が施された。


「そのサイボーグ技術は医療用じゃなくて軍事用の技術なの。だから、八神君の身体のほぼ約98%が機械とコンピュータ、先進の軍事兵器でできているの。その紅色の身体はあらゆる攻撃を防ぎ、耐熱耐電に特化した紅鎧装甲の戦闘用スマートサイボーグなの」


 サイボーグ———。


 そのワードが彼女の口から語れられたコウスケは耳を疑った。だが、事実として目に映る自分の姿がそれを証明として投げつけられた。


 左腕で自分の〝顔〟を恐る恐る鏡を見ながら触れる。


「サイボーグ…」


 手には硬いものを触れている感覚がある、がに触れている硬い鉄の手の触覚はない。どうやら、鉄の顔には感覚機能は付いてないようだ。


「ごめんなさいっっ!!!!」


 朝見さんが泣き崩れるように床に座り込んだ。


「私が命を狙われていた所為で八神君を……こんな…酷い目にっ…!」

「狙われていた…?」

「あのトラックはお父さんの会社を憎んでいる人が私を殺そうとした暴走させたもの。私は、お父さんの会社を手伝いとしていろんな研究開発をしていたの」

「暗殺」

「そう…。私を殺せば会社は損害を被るから」

「そうか…。もしかして、僕をサイボーグ技術で助けたのは朝見さん?」

「そう。私があなたを軍用サイボーグに改造した張本人…」


 朝見さんは涙でくしゃくしゃになった顔で僕を見上げる。


「お父さんが警察に手を回して死亡診断書を出して、あなたを事実上死んだことにした。これで八神コウスケという人間はこの世からいなくなった」


 裾を強く握りしめる手が震える。


「もう八神君はこの国の法律から解放された。だから何をしても罪には問われない。私を殺しても、君は罰せられない……」

「コロス…?」

「私の所為であなたは死の境を彷徨って、私の救いたいという勝手なエゴイズムであなたをこんな機械の身体にしてしまった。……あなたの、人生を、壊したっ……っ…」


 床に彼女の涙の水滴が落ちる。


「私は八神君に憎まれて殺されても当然で仕方がないことをした。どんなに謝罪をしても許されるなんて思っていない。どんなに大金を積んでも許してもらえないこともわかってる。あなたの思いを成就させるには、私の命でしか償えない」

「朝見さん…」

「でもいいの。覚悟はしているし後悔はしていない。エゴだけど、あなたが生きてくれて本当によかった。あなたになら殺されてもいいって思えるもん」


 おもむろに立ち上がった彼女は両手を広げて悲しくも笑みを浮かべる。


「私は逃げないから…、八神君の好きにして———っ!」


 目を閉じて強張る彼女。

 その姿は到底覚悟している者とは思えないほどか弱く怯えた少女だ。

 紅のサイボーグと化した少年は立ち上がり彼女方へとゆっくりと足を歩み寄る。


「っっっっっ!」


 重い金属音による足音が自分のところへと近づいてきていることを耳で察する。

 死がゆっくりと迫っていることがよくわかる。

 どのような殺され方をされてもいい。だが、せめて死ぬときは一瞬がいい。痛みを感じ続けながら死ぬのは嫌だと思うのは傲慢だとわかっているがそう望んでいる自分がいることに悔しさ。


 そして、彼女の目の前で足音が止まる。

 殴り殺されるのか、刺されて殺されるか、想像するだけでも怖い。

 怖さの中、彼女は最期の言葉として、喉から搾り出すような声で


 ——————ごめんなさい。


「ありがとう」


 聞き間違えたのかと疑うほどありえない予想外の彼の言葉が下から聞こえる。


「え……?」


 ゆっくりと目を開けると彼が。ではなかった。顎を引いて下に目線を向けると、彼が片膝を付いてこちらを見上げているのだ。


「え…え…?あの…」

「僕を助けてくれてありがとう」

「なにを…いって……っ」


 赤いロボットフェイスで表情なんてないはずなに、彼が優しく微笑んでいるように見えるのはどうしてなのだろうか。


「僕は命を懸けて朝見さんを守れた。そして今度は朝見さんが最善を尽くして僕を瀕死から救ってくれた。これって凄く素敵なことじゃない?」


 彼の優しい言葉に朝見の瞳から堪えることなく涙が溢れるように流れる。


「私のこと、恨んでないの?」

「どうして自分の命を救ってくれてた恩人を恨む人間がいるもんか」

「だって…」


 コウスケはゆっくりと立ち上がると朝見の肩にそっと手を乗せる。


「たった一人で人の命をその頭脳と技術で繋ぎ止めたんだ。誇るべきことだよ。君は立派な科学者だ」

「うわぁあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」


 コウスケの言葉を最後まで聞き終えることなく朝見は完全に涙腺が崩壊し子供ように哭き叫ぶ。

 コウスケは子供をあやすように肩に置いていた手を泣いている頭に乗せて優しく撫で、それに応えるように朝見は紅の胸に身を寄せる。


「グスン…ンッ……ッ…」

「落ち着いた?」

「ごめんなさい。私…」


 手で涙を拭いながらも瞼がら涙は流れている。


「でもいいの?助けられたとはいえ、もう普通の日常は送れないかもしれないだよ。それでも八神君は私を許してくれるの?」

「僕が朝見さんを助けたのは自分の意思だし、それで大怪我をしたのも自業自得だし当然だと思ってる。そして、その過程があってこその結果だと腑に落ちてるから」

「八神君…すごいね…」

「そうかな?」

「普通の人は発狂して精神が壊れてもおかしくないんだよ」

「まあでも、異世界転生でスライムやアンデッド、蜘蛛や剣になるのくらいだから、現代に転生してロボットとして生まれ変わったと思えばそれほど驚くことでもないかなって」

「異世界?スライムとア、アンデッド…?クモと剣???」


 瞼を赤く腫れながら首を傾げる朝見にコウスケは慌てて弁解する。


「あっ!いや、こっちのはなしっ!とにかく、僕にしてみれば大したことないって意味。ネットや漫画も無い異世界に転生して生きるよりこっちの方がよっぽどよかったってことだよ」

「よくわからないけど、八神君は不思議な人だね」


 ようやく彼女の笑顔を見ることができた。


「あ、朝見さん。一つ言っておかないといけないことがある」

「なに?」

「ごめんなさいじゃなくて、人に助けてもらったらなんて言うんだったかな?」


 彼女からは謝罪と懺悔しか聞かされなかった。

 だが、彼が聞きたかった言葉はそんな悲しいものではない。お互いが幸せになれる温かい魔法の言葉——


「———!……っ…八神君、私を助けてくれて…ありがとう!」






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