異世界亡国書店

磯風

異世界亡国書店

 あら、いらっしゃい。

 お祭りを楽しみに来てくれた他領の方?

 それとも、あたしと同じ他国からいらしたのかしら?

 

 あたしは他の国からこの国……イスグロリエスト皇国に帰化したのよ。

 んー、八年前、ね。

 あたしがいた国はね、随分長いこと戦ばっかりだったの。

 どんな本が読みたいの?

 いろいろあるわ。


 この国のものも勿論多いけど、あたしがいた国の物語も本にしているのよ。

 だって、この国には同じような話がなかったのよ。

 だからね、同じ国から逃げてきた人達と集まって、本を作ったの。

 子供の頃に聞いた話、教会で読んだ神話の話、英傑たちの物語はみんな大好きだもの。


 でも、どんなに皇国が豊かだって言っても、羊皮紙は高いの。

 皇国はとても魔法が使える国だから、あたしのいたところよりは安いけど……やっぱりそんなに多くないのよね。

 だから、本を作るのも高くなっちゃうでしょう?

 ……ええ、正直、売れていないわ。


 この皇国はね、あたしの生まれた国とは全然違うの。

 あたしのいた国は砂が多くて、水はまだそこそこあったけれど大地が穢れてしまっていたから魔法で綺麗に浄化しないと飲めないほどだったの。

 でもそんな魔法を持っている人は少ないから、だから『方陣札』に魔力を溜めて、魔法を使うのよ。

 あら……方陣、よく知らないの?

 ああ、そうよね、皇国の人は方陣札を使わなくても、自分の魔法でできる人が多いものね。


 ほら、この絵本に書いてあるでしょう?

 こういう、いろいろな形と呪文じゅぶんを組み合わせるのだけど、描くのは難しいのよ。

 うふふ、絵本に描かれているものだと魔法にはならないわ。

 ……そのまま描いても、素人じゃ駄目なのよ。


 魔法がないと、皇国だけじゃなくてどの国でも生きていくのは大変だわ。

 だって他国には、魔法でなければ完全に倒すことのできない魔獣がいるのだもの。

 本当、皇国はいいわよねー、魔獣が全然いなくって!


 ええ……あたしの故郷は、人の起こした戦とそのせいで増えてしまった魔獣にすべて滅ぼされてしまったわ。

 もう、誰もいない。

 昔はまだ少し残っていた森も畑もきっともう、何もなくなっちゃっているわ。

 魔獣が多すぎて、誰も入れないから確かめられてはいないけど、多分そう。

 あの国の王も貴族も、そして平民であるあたし達も……とても愚かだったのよ。


 そんな愚かな国でも……故郷なのよ。

 心が痛まない人はいないと思うわ。

 だから、せめてあたし達が覚えているあの国のお話を本にして残したかったの。

 亡くなってしまった国だからこそ、そこに生きていた証が……欲しいのかもしれないわ。


 正しい歴史なんて解らない。

 国の主義主張なんかじゃなくて、そんなつらい国にいた時に、あたし達の心を支えてくれた物語を残したいって思ったの。

 だから、本を作ったのよ。


 集まった人達の中には、育てていた畑や農園を魔獣や戦に荒らされて泣く泣く手放して逃げてきた人もいたわ。

 その人達はなんとか皇国でも育てられないかって、種や苗を持ち込んだりしていたの。


 根付いたものもあるけれど、土地が違うせいか育たないものや育っても今までと変わってしまうものも多かったわ。

 だけど、皇国は広くてすべての場所で栽培を試したわけじゃないから、あちこちの人に種を渡したりしているの。


 本って、地元の人というより、他領から来てくれた人の方が買ってくれるのよ。

 だいたいが売っている場所での伝承なんかのものが多いから、他の地方のものが読めるのは楽しいって言って買ってくれるの。

 だからあたしもね、本を買ってくれた人に渡してって頼まれて、何種類かの種を預かっているのよ。


 実際にね、むかーし、この町の人が南の方の領地で他国から渡ってきた人にもらったという種から育てて、この町の名物になった果物があるのよ!

 そう!

 今やっているお祭りの、あの果物よ!

 もう食べた?

 とっても果汁が多くて美味しい瓜でしょう?

 あたしが故郷で食べたものより、皇国で育てたものの方が色が綺麗で大きいし、美味しいの。


 やっぱり……大地のせいなのね、きっと。

 土が荒れてしまうと、何を育ててもいいものができないのかもしれないわ。

 そんな大地を浄化できる魔法も、あたし達にはなかったから……滅んでしまったのね。

 あの国から逃げのびてきた、果物や作物、それと伝承や物語が、この国で少しでもいいから残って欲しいの。


 あたし達の、つらくて悲しいけど愛しい、記憶だから。

 本は、そういうものを閉じ込めてあるものなのよ。

 だから、沢山の人達に本を読んで欲しいわ。

 あたしがもっともっとお金持ちだったら、無料で配ったり、本を集めてみんなに読んでもらえる場所を作れたかもしれないけど……それは無理。


 買って、持って帰ってもらって、ずっと大切にしてて。

 本にはなくしたくないと願って託された『何か』が、あるはずだから。

 種と一緒ね。

 本は『記憶の種』なんだわ。


 あら……お客さんが来てくれたみたい。

 ふふふっ、今日は珍しく売れちゃいそうな気がするわ。

 なんの種をあげようかしら……?


 育ててくれるといいなぁ。

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