第32話 課外授業

 待ちに待った課外授業! 準備は各人が担当をきっちりこなしてくれて万全。遊牧に出かける前のあのワクワク感を久々に味わっているわ。行動に関して不明な点は予め担当の教官とも話をさせてもらった。馬たちの飼料なんかは現地でもらえるらしいので持っていく必要はないとのこと。現地での集合時間だけ指定されていて、出発時間もルートも全て自由。ただまあ、王都からそんなに離れているわけでもないから、ルートは限られているだろうけど。ウチの班はジンクが馬車を引いてくれるので、一時間以内に到着できそうだわ。休日にこっそり下見がてらジンクと走ってきたけれど、道もそんなに悪くないし治安も良さそうだった。


「おはようございます、テルル。馬車はやっぱりジンクが引いてくれるのですね」

「おはよう、アメリア。ジンクもやる気満々よ」


 朝からカーパーさんの店に馬車を受け取りに行ってジンクを馬車に繋いでから、ずっと鼻息も荒くて『早く出発しよう』と言っている。本当は他の馬たちも連れて行って上げたいけれど、彼らはお留守番。兵士の厩舎に預けてきた。


「この服、変ではないですか? こういう服は着慣れなくて」

「フフフ、似合ってるわよ。アメリアは何を着ても王女様ね」


 課外授業中はいつもとは別の服。動きやすい作業服の様な感じで、私はこちらの方がしっくりくる。普段もこれでアカデミーに通いたいぐらい。


 暫く待っていると残りのメンバーもぞろぞろと集まって出発することに。クロムもジーナも、服装を変えてもやっぱり貴族感を隠せてないのが面白い。


「じゃあ出発しようか。御者はどうする? 交代でやるか?」

「大丈夫よ。ジンクが勝手に向かってくれるから。よろしくね、ジンク」

「ブルルルル」


 五人で馬車に乗り込むとゆっくりと動き出すジンク。馬車は商人が使う様な荷台だけのものでも良かったんだけど、カーパーさんが『流石に王子、王女を乗せるのにそれはダメだろう』と気を使ってくれて、人用の席と荷物を詰めるスペースのある大きめのものを選んでくれた。他の五班の内数班もカーパーさんのところに来たらしく、同じタイプのものを貸したとのこと。これでも予算内には収まってるそうだ。


 お陰で快適な移動となり、皆でお喋りを楽しんでいる内にあっという間に目的地。アメリアはこうして王都外に出かけるのが楽しいみたいで、窓の外を見てははしゃいで、ジーナに怒られていた。本当の姉妹みたいね、二人は。


「おっ、一般は早い到着だな」

「おはようございます」


 目的地には教官が数人先に来ていたけど、他の班はまだの様子。指定の時間にまだ三拾分ほどあるから、その内皆到着するかしら? 課外授業の詳細は全班揃ってからだけど、簡単に注意事項などの説明を受ける。


「あちらに建物があって、雨が激しい場合などは全員そちらに寝泊まりすることになる。我々教官陣の寝泊まりは元からあそこだけどな。授業の間は馬を預けておくといい……って、馬、デカイな!? ホーン種か?」

「はい、私の馬なんです。放牧しておく場所もありますか?」

「建物の横に原っぱがあるからそこに放しておくといい。ただ柵はないが」

「大丈夫です。じゃあ、後で連れていきますね。荷物はどうしましょうか」

「荷物も馬車と一緒に建物の近くに置いておくといい」


 他の班を待つ間に馬車ごと建物横に移動して、辺りを各人しておく。野外炊事用の設備や木製のテーブルと長椅子なんかも備え付けてあって、私からすると『キャンプごっこ』な感じだけど、まあ貴族の令息・令嬢向けであることを考えればこれでも十分なのかな。ちょっと期待外れだけど楽しむとしましょうか。


 少し遅れた班もあって、予定よりも十五分ほど過ぎてから全体のオリエンテーション。昼食は建物内の食堂で食べて、その後は湖周囲の散策。二日目は班に別れて薬草や食材の採取があったり、魔法の練習授業があったりするらしいから、本番は明日って感じね。一日目のメインはテントの設営と夕飯の準備って感じかな。


 昼食後に建物前に集まって湖の周囲の散策に出かける。全班の馬車が揃っているのを見たけれど、皆大体似たような馬車。こっそり中を覗いて荷物を見てみたけど、ウチの班以外は結構少なめだった。え? それで今夜と明日の分、足りる? 嫌な予感しかしない。


 湖は結構大きくて、周囲をゆっくり歩くと一時間以上かかる大きさ。私が移動し始めたのを見つけて、放牧されていたジンクも付いてきた。既に他の馬たちのリーダーとなっていたジンクだから、他の馬たちもぞろぞろと付いてくる。


「あの! 馬たちが!」


 他の生徒が慌てた様子で教官に報告。


「大丈夫です。付いてくてるだけなので」

「そ、そうか? それにしてもいつの間に放牧してたんだ」

「繋いだままでは可愛そうでしょう?」

「ま、まあ逃げないならいいんだが」


 歩きながら教官から薬草や食材になる山菜などの説明、湖に流れ込んでいる川があって魚が取れること、湖の深い場所と浅い場所の説明など、周辺の情報が説明される。野生の動物もいて、中には危険なものもいるらしいので、周囲の森はあまり深くまで入り込んではいけないらしい。野生の動物がいるのか……狩ってはダメかな? 捌けばいい食材になると思うんだけど。


 私的には全然長距離を歩いた気はしてなかったけど、三十分ほど歩いた頃に疲れたり靴ずれになったりする生徒が現れた。幸いにも馬たちが付いてきてくれていたから、彼らには馬に乗ってもらって移動する。


「テルルは全然息も切れてないのね」

「ジーナも疲れたなら馬に乗っていいわよ。戻ったらテントの設営とかしないとダメだし」

「私はまだ大丈夫よ。これでもこっそり鍛えてますから! アメリアは大丈夫?」

「はい。空気も良くてとても気持ちいいですね」


 女性陣は割としっかりしてる一方で、クロムとボランは少々お疲れの様子。まったく、しっかりしてよ、男性陣!


 元の場所に戻ってからはテントの位置指定と張り方の説明があって、班ごとに作業に取り掛かる。ウチの班は私がいるので全く問題はなく、予想通り一番乗りで張り終わった。しっかりしているし、広さも十分。なかなかいいテントだわ。中の整理は他のメンバーに任せて、私は悪戦苦闘している他の班のお手伝い。先日私に突っかかってきたどこぞの令嬢がいる班には『あなたの助力は必要ありません!』と断らてしまったので、クロムを連れてきて手伝ってもらうことに。クロムならすんなり受け入れるんだ、やっぱり。この班の班長は彼女みたいだけど、メンバーの子たちは苦労しそうね。


 夕飯の準備をすることになり、全員でまた建物の横にぞろぞろと移動する。メニューは私にお任せてもらえることになったので、女性陣は食材の準備、男性陣は調理でいいかな。私はパン生地を用意して焼くことに。ただ発酵させる時間はないので、小麦粉と調味料諸々を混ぜて捏ね、平たくして焼く。


「わ、私、野菜の皮を剥いたことがないのですが……」

「大丈夫よ。私が教えてあげるから」


 意外にもジーナは包丁使いが上手い。お菓子を作るのが趣味らしく、料理も多少はできるんだって。いつも令嬢然としていているんだけど、そんな特技もあるんだ! これは課外授業を通して一番驚いたことかも知れないわ。


 他の班はやっぱりパンを予め買ってきてる。切れにくい包丁で切ろうとして苦戦している班もあったけど、ウチの班の包丁は予め私が研いでおいたから大丈夫。料理が出来上がってみると、ウチの班が一番豪華に見えた。チーズを乗せたパン、具だくさんのスープ、ジーナがささっと作ってくれた湯で野菜サラダ、そして切り分けたフルーツ。


「わぁ! 思ってたよりもずっと豪華だね! 僕たちはスープしか作ってないけど」

「私も初めて野菜の皮を剥きました」

「もう危なっかしくて見てられなかったわ、王女様」

「これは……パン?」

「そうよ。遊牧民はこうやって食べるの。パンを買って持ち歩く訳にもいかないからね。少し甘味もあるけど、チーズを乗せると美味しいわよ」


 皆でお喋りしながらワイワイ食べる夕食……美味しい。こういう雰囲気は遊牧に行っていたときを思い出すなあ。他班もそれなりの食事が準備できていたようで、外で食べると言う特別感も相まって、全体的に賑やかな夕飯の時間となった。


 後片付けも終わって暫くは自由時間。就寝も自由だったけど、皆慣れない作業で疲れたのか、結構早い時間にほぼ全てのテントの明かりが消えていた。それはウチの班も同じで、暫く皆でお喋りしていたのものの、アメリアがコクリコクリと居眠りをしだしたので布団に入ることに。


「……」


 寝始めると早いもので、皆直ぐに小さく寝息を立てて寝てしまう。私は……もうちょっと起きていたいかなあ。静かに布団を抜け出しテントを出る。星あかりが薄っすらと周りを照らしていて、それを頼りにジンクのところへ。馬たちはジンクを中止に集まっていたのでつなぐことはせず、放牧したままだったけど、木の周りに固まって寝ていた。ジンクは私の気配を感じると寄ってきてくれたので、二人で湖畔へと向かう。夜の静けさの中、星空が湖面にも写って、視界一面が星空の様だった。


「ブルルル」

「こんな景色、懐かしいわね。遊牧に行ってたときは毎晩星を眺めてられたのに」


 ジンクと一緒に座って、彼にもたれ掛かって話しかける。王都に来てから結構時間が経ったわね。色々とストランジェと違うこともあって自分なりに必死だったけど、今、ジンクと二人の時間ができて、ふと以前の生活を思い出していた。


「ジンクは? こちらの生活は楽しい?」

「ブルル」


 そう、楽しそうで何よりだわ。私も色々な人と知り合えて楽しいかな。まだまだ学ぶことも多いけれど、これからもジンクと、そしてクロムやボラン、アメリアやジーナたちともっと仲良くなっていけたら素敵だわ。星空を見つめながら、これからも頑張ろうと決意した、そんな夜だった。

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