第31話 男同士
課外授業に向けて僕たちに割り当てられたのは買い出し。ボランが買って出た役だけど、僕も付いていくと言ってしまった。ボランと二人きりだけど……上手く話せるだろうか、ちょっと不安だな。
ボランに指定された日に、放課後制服のまま街へ。まず向かったのはカーパー商会で、そこで馬車を借りて王宮から少し離れた地域へ。
「ここは初めてくる場所だなあ」
「まあ、貴族はあまり来ないだろうな。ここらの店は庶民や商人向けの店が多いんだよ。その分値段は安いんだぜ」
「へぇ」
確かに街の雰囲気も王宮の周りとは違っていて、活気があり賑わっている気もする。王宮の周りよりもザワザワしているし、露店も多いかな。初めて見る街並みに唖然としていると、ボランはスイスイと人混みの中を進んで目的の店へ。慌てて僕も後を追う。
「何を買うか決まっているの?」
「干し肉に野菜に小麦粉に各種調味料に……これがリストだ。野菜は根菜が中心だな」
「これはボランが!?」
「そうだ……と言いたいところだけど、テルルに渡されたんだよ。流石に俺も屋外で寝泊まりなんてしたことないからな。まずは野菜からだ」
「了解」
ボランの案内で次々店を回って食材を買い集める。五人の二泊三日分の食料は思ったよりも多くて、途中から本当に予算内で収まるのか不安になってきたけれど、どうやらそれは大丈夫な様子。全部買い終えたあとも少し余裕があるぐらいだった。
「余裕があったら茶葉や果物を買ってこいってさ」
「これ、他の班はちゃんと買い物できてるのかな。王都の周りじゃ絶対この量を買えないよね」
「そうだな。テルルも言ってたぜ、多分みんなパンとか買いたがるってな」
「そう言えば買い物の中にパンはなかったけど……」
「湖の近くは湿度が高いからカビが生えるらしい。小麦を使って簡易なパンを焼くらしいぞ」
「もうテルルがいないと僕たちの班は成立しないな」
買い物を終えて荷物はそのままカーパー商会が預かってくれるとのこと。当日の馬車も既にテルルから連絡がきていて準備ができているとのことだった。仕事が早い。
「どうだ? ちょっとウチに寄っていくか? ここから近いし」
「いいの?」
「問題ない」
誘われるままにマグネス家の屋敷へ。今日一日で彼とは結構喋ったので、少し距離が縮まった気はしていた。課外授業でも一緒の班な訳だし、いつまでも苦手意識を持っている訳にもいかないよね。制服を着ていたからかボランに『同級生』と紹介されても特に騒ぎになることもなく、応接に通される。アメリアは以前から王女として王都では有名な存在だったみたいだけど、僕は王子になりたてだしまだ存在も認識されていないのかも。
いざ応接室で向かい合わせに座ってみると、ボランと何を話していいのか良く分からず、無言で出された紅茶をすすっていた……気まずいなあ。
「……クロムはどう思ってるんだ?」
「えっ!? 何が!?」
突然ボランに質問されて、意味が分からず焦ってしまう。
「王位のことだよ」
「あ、ああ……そっちね……僕は小さいころから王位継承者になるための教育も受けてきたし、家族が王都を追われてパローニ領に行った時は、領主様から『お前が王になるんだぞ』なんて言われてたけど、全然実感はなかったかな。今、それが現実になりつつあって、改めて自分の実力不足を痛感してる。国のあらゆる内情に気を配りながら統治すると言うことが、いかに大変かってね」
「お前は真面目だな」
「ボランはどうなのさ? 正直、国を動かす策略とか、君の方が向いている気がするんだけど……」
心のどこかで、彼には負けている、そう思っていた。僕は少し前まで王弟だった父の息子で、双子の妹を王と王妃に取られたとは言え貴族の子息。生活に苦労があったわけでもないし、世間のこともあまり知らない。いや、知識としては学んではいたけれど、実際身分を隠して兵士をやってみて、以下に自分が実際の社会を知らなかったか思い知ったよ。
それに比べてボランは何でも知っている様に思える。小さいときから苦労しているし、王都のことも周辺国家のことも、何より庶民の暮らしなんかもとても良く知っていて、それは多分実体験からくる知識なんだと思う。テルルの母上のことを尊敬していると言うだけあって、頭もキレるし、今の段階で僕では彼に敵いそうにない。
「俺か? 俺は正直王位なんてどうでもいいんだがな。ただまあ、国の政には興味はあるぜ。周辺国との経済的な関係なんかもな。ストランジェはフランシア様が王妃になられてから、経済的にも安定して周辺国家との関係もとても進展したと聞いている。ヴァネディアもそうあるべきなんじゃないかと思ってるがね」
ほら、やっぱり随分先を見越しているし、彼ならそれを実現できそうな気がする。僕はまだまだ甘いんだよ。
「ファーラス様は前王と違って実直なお方だと聞いているからな。俺達の王位継承云々が問題になるのはまだまだ先だと思うぜ。このまま何事もなくいけばお前が王位を継げばいいさ。でも、もしお前が前王みたいに不甲斐ないなら、その時は俺が迷わず王位を頂くぜ」
宣戦布告? とも取れるボランの言葉。冗談半分かもしれないけど、その言葉には自信があって迫力がある。
「分かった……」
少し身構え、そう答えるのがやっとだった。でも僕だって端から諦めて簡単に王位を譲るわけにはいかない! 今は色々足りてないけど、意地ってものは多少なりとも持っているつもり。
「負けない様に努力するよ!」
「ハハハ、やっぱりお前は真面目だ。まあそう固くなるなって……で、テルルのことはどうなんだ?」
「えっ!? 何でテルルの話!?」
いや、さっき王位のことを聞かれた時に、一瞬テルルのことを聞かれたと思ったんだけど、まさかこんなストレートに聞かれるとは思ってなかった!
「何でもなにも、気になってるんだろう?」
「そりゃ、まあ……でも、それはボランだって一緒でしょ!」
「まあ、面白いヤツだからなあ、テルルは。あれで王女なんて信じられん。一緒にいて飽きないよな」
「面白い……」
ボランの彼女に対する気持ちって、そういうものなの? よく考えたら同年代の男子と友達がいるわけでもないし、女性に対する恋愛観の正解なんて僕は知らないんだけど。
「す、好きとかじゃなくて?」
「好きだぜ。一緒にいると楽しいしな。テルルには俺にない視点もあるし、色々気付かせてくれる。クロムはそうじゃないのか?」
「す、好きだよ! いつも自然体だし、裏表もないし。一緒にいると和むと言うか温かい気持ちになるんだ。でも僕は王子で、彼女は隣国の王女……アカデミーを卒業すれば国に帰っちゃうだろうし……」
「……」
そこまで言うと、ボランにやれやれと言った顔をされてしまった。付き合ってもないのにこんなこと心配するのは確かにおかしいけど、やっぱり気になっちゃうんだよ!
「テルル、弟の王子がいて王位を継承するだろうから、自分は普通に結婚して遊牧民にでもなろうか、なんて言ってたぞ」
「そうなの!?」
「まったく、お前は何から何まで真面目なんだな。お前が遠慮しているなら、俺が先に告白させてもらおうか」
「そ、それはダメ!」
焦って思わずムキになると、ボランは少し意地悪そうに笑っていた。もう! 君は僕と同い年だよね!? 僕をからかって楽しまないでよ!
「ボランは意地悪なんだから!」
「すまん、すまん。クロムはうぶで奥手だから面白くてつい、な。でも俺がテルルを好きなのは確かだし、そう簡単に譲る気はないぜ」
「ぼ、僕だって!」
変に乗せられちゃって対抗心で口にしたけど、何もかも今はボランには勝てないんだろうな。分かってる、分かってるんだけど、負けたくない!
「じゃあ、俺とお前はライバルだな。王位継承についても、恋愛についても」
「う、うん!」
ボランが立ち上がって拳を突き出したので、僕も同じ様にして拳同士を軽く合わせる。男同士の友達って皆こんな感じなのだろうか。不安もあるし、今の段階ではボランのライバルにすらなってないのは分かっているんだけど……宣言した以上は頑張るよ! 負けないからね、ボラン!
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