第30話 もう一人の王位継承者

 テルルの母上、フランシア様のお陰で僕は無事王位継承者として、そしてこの国の王子として認められることとなった。いや、宣誓の儀の際は随分助けられたから、テルルのお陰でもある。テルルには見習い兵士をしていたときも助けられたもんね。彼女がいなかったら、宣誓の儀の前に兵長のいじめに耐えかねて兵士を辞めてしまっていたかもしれない。


 アメリアとも再開できたし再び兄妹として共に暮らせることになって、何もかも順風満帆の様に思えたけれど、一つだけ引っかかること……それは王位継承者がもう一人いたことかな。ボラン・マグネス……伯父の隠し子ながらこれまでは表舞台に出てくることはなく、父上が王座に着かれたときに王位継承者とお認めになったんだ。もちろん僕だって継承権の上に胡座をかいて努力を惜しむなんてつもりはないんだけど、彼とはどうも話しにくいと言うか、まだどう付き合っていいか良く分からないんだよね。


 ボランとテルルは以前から知り合いだったみたいで仲が良く、皆と一緒にいても普通に会話している。アメリアやジーナはまだ少し距離があって、彼女たちは僕と一緒かな。あまり貴族らしくないし、飄々としていて掴みどころがない。でも頭がキレて各国間の関係や商売などに関しても良く知っている。向こうは僕のことを意識している風もないんだけど、僕は父上に『切磋琢磨しろ』と言われた手前、どうしても意識してしまう。


「クロム、アメリア、アカデミーでの生活はどうだ」


 家族での夕食の時間。父上が僕たちに聞かれた。


「はい、父上。僕の知らない知識も多くて、これまでの勉強では足りていなかったと改めて認識しました。様々な出自の人たちと知り合えたことも刺激になっております」

「私も。今、こうして平穏にアカデミーに通えていることをとても幸せに思っておりますわ」

「そうか。二人とも良く学んでいる様だな。ボランとはどうだ? 彼とは話したか?」

「はい……まだ、親しくなった、とまでは言えませんが、良い刺激にはなっていると思います」

「ボランはテルルと仲が良いですね。何でもテルルが王都に来て直ぐに知り合って、王都観光も一緒にしたそうですよ」


 えっ!? それは初耳だけど! そうか、以前『友達が王都を案内してくれる』と言ってテルルが出掛けていったことがあったけど、あれはボランのことだったのか。ちょっと驚いて黙っていると、アメリアを初め父上も母上もニヤニヤしながら僕の方を見ていることに気がついた。


「な、何ですか?」

「いえいえ、テルルを彼に取られないか心配しているのかと思って。あなたも意中の女性のことをあれこれ心配する歳になったのですねえ」

「え、いや、そんなことは!」


 は、母上! いきなりなにを言い出すんですか! 恥ずかしさから必死で否定しようとするも、更に家族に笑われて、顔から火が出そうだ。


「フフフ、テルルは魅力的な女性ですものね。アカデミーではあまり目立っておりませんが、私からみても、とても素敵だと思います」

「どうだな。しかし彼女はフランシア様のご息女であり、パローニ辺境伯のお孫さんだ。告白するなら相当の覚悟は必要だぞ、クロム」

「父上まで……」


 僕は別にテルルのことを好きとか……いや、きっと好きなんだろうな。彼女の飾らない自然体なところも、僕のために大立ち回りを演じたあの勇敢な姿も、馬が好き過ぎて王宮内で厩務員をやっていることだって。彼女のことを考えたらドキドキして、もっと彼女と親しくなりたいといつも思う。でも一方でストランジェの王女である彼女に僕は相応しいのかとか、いずれ王位に着くかもしれない自分が、彼女に告白なんてしたら迷惑ではないかとか、余計なことも考えちゃうんだよね。


「私はクロムがテルルと婚約しても、ジーナと婚約しても嬉しいですよ」

「なんでその二択なの!?」

「私が信頼している二人だからです!」


 もう、アメリアまでメチャクチャだよ。ジーナは公爵令嬢だし、アメリアがここに連れてこられたときに心の支えとなってくれたと聞く。アカデミーでも近くにいるので話すことも多いけれど、確かに政略的な婚約相手としてはこれ以上ない相手なんだろうな。素敵な女性だとは思うけれど、テルルの様にときめくかと言うと……ちょっと違う気がする。


 家族が揃って変なことを言うもんんだから、その日の夜は悶々としてしまってあまり良く眠れなかった。まったく、明日どんな顔してテルルと話せば良いのやら。


 とは言え、いつもアカデミーに向かう前にアメリアと二人で彼女の家に行くのが毎朝の恒例。気まずさを残したまま、今朝も彼女の元へ。


「おはようございます、テルル」

「おはよう、アメリア。ん? クロムはどうしたの? 寝不足?」

「えっ!? ああ、うん。ちょっと夜更ししちゃってね」


 アメリア、笑うんじゃないよ! 眠れなかったのはお前のせいでもあるんだからね!


「そうなの? 睡眠は大切よ」

「うん、有り難う。テルルは……今日は楽しそうだね」

「分かる? 課外授業が楽しみで、もうワクワクしちゃって。今日は課外授業の詳細発表があるのよ!」


 ああ、そう言えばもうすぐか。クラスではテルル以外誰一人ワクワクなんてしてないと思うんだけど。課外授業は王都から出て、西にある湖の畔で二泊することになっている。泊まるのももちろん別荘ではなく班ごとにテントを張り、生物や植物の観察など野外での授業ご予定されているらしい。父上や母上がアカデミーに通われていた頃も当然あったらしく、二人によれば最低限の食料は提供されるものの、釣りをしたり、山菜を取ったりしないとお腹は膨れないとのこと。後から考えればいい思い出らしいけど、やってるときは相当大変だったとも言っていたっけ。


 アカデミーに着くと廊下に人だかりができていて、どうやら課外授業の班分けが張り出されているらしい。一学年は百二十人ほどで一クラスは三十人。五人ずつの六班に分割されていて、僕、アメリア、ジーナ、ボラン、そしてテルルが一班だった。学生の身分の違いは考慮しないのがアカデミーの方針とは言え、最大限に身分を考慮した結果かな。まあ、普段からこの五人で固まっているからなのかも知れないけど。


 結果を見たアメリアはテルルに抱きついていた。後から来たジーナも加わって、女子たちはとても楽しそうにしている。僕は……この五人の中にいて役に立てるだろうか。とにかく、何か役割を探さないと。


 その後課外授業の進め方などの説明もあり、昼食時にいつものメンバーで食事を取りながら自然と相談が始まった。まず、移動手段の確保、そして決まった金額での期間中の食材確保。目的地までは地図が配られ、移動も班ごとにしなくてはならない。班ごとのテントは同じものが支給され、その設営ももちろんやる必要がある。その他刃渡り三十センチほどのナイフに包丁などの調理道具、これに加えて授業のための冊子などなど、結構な荷物だ。


「まずは班長を決めないとダメだな」

「そうね。で、この中でテントを張ったことがある人は?」


 テルルが僕たちに聞くがそんな人間がテルル以外にいるはずもなく、彼女の立候補もあってテルルが班長に。ああ、もう既に僕は役立たずだよ。


「馬車は私が用意するわね。どうやら各班に御者をできる人が振り分けてられてるみたいだから」


 因みに馬車は貴族が移動に使う様なタイプのものはダメで、貸し馬車をやっている店が指定されていてそこから借りる必要があるらしい。


「リストの中にカーパー商店もあったから、今日にでも行ってくるわ。後は食料調達だけど、決まった値段内で探さないとダメだから、これはボランにお願いしようかしら」

「オーケー。街の安い店なら知ってるから問題ないぜ」

「ぼ、僕も行くよ! 荷物持ちも必要だろうし」


 慌てて立候補するとアメリアはクスクス笑っていたが、テルルとボランはすんなりオーケーしてくれた。アメリアとジーナは必要な荷物を整理してまとめる役。流石と言おうかテルルはささっと役割分担をしてくれて、どうやら課外授業については過度に心配する必要もなさそうだ。今一番心配なのは、ボランと二人で買い出しに行かなければダメになってしまったことかな。でも自分で立候補した訳だし、頑張らなくては。



 

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