第28話 アカデミー

 ヴァネディアにとってもストランジェにとっても、大きな変革の日となった先日の出来事。あの場に立ち会えたのはラッキーだったとは思うけど、お母様が20年前に書いた筋書き通りと言うのは、我が母ながら本当に怖い人だと思う。お母様がその気になれば、この国を乗っ取ることぐらいきっと簡単なんだわ。


 私はヴァネディアに残ってアカデミーに無事入学したけど、ストランジェの王女であることは伏せてある。公にしたところであまりメリットもなさそうだし、どちらかと言えば面倒事の方が多そうだから。私はジンクたち馬の世話をしながら、自分が好きなことを勉強できればそれでいい。新王であるファーラス様の計らいで以前よりも少し大きな家を厩舎の横に建ててもらえたし、生活は充実している。クロムやアメリアには『質素すぎる』とも言われたけれど、ストランジェでの生活を考えればこんなものよ。


 クロムの宣誓の儀の際に派手に暴れたからアカデミーでは私がストランジェの王女であることが直ぐにばれるかも……とも考えていたけれど、意外にばれていないわね。あのときは兵士の格好をしていたし髪もまとめていたから、私だと分かった人は本当に知り合いだけだったみたい。何より、普通にしていれば私は目立たないらしい。私が目立たないと言うより、周りの生徒、特に貴族の御曹司やご令嬢がキラキラし過ぎていて、私の様な地味な見た目の女子は言わば『二流』なんだと思う。


 ただ、私の近くにいるのがクロムやアメリア、ボランにジーナなので、例えばこの五人が食堂で一緒に食事をしていると、逆の意味で私は目立っているらしく、あまり関わりたくない人たちに目をつけられてしまった様子。彼女たちは王が変わる前からアカデミーに入学が決まっていた貴族令嬢たちのグループで、妙に身分に拘ったり金持ち具合を自慢するかの様に高級なものを身につけていたり。それでもまあ、王子と王女であるクロムとアメリアに敵うはずもないんだけどね。


「ちょっとあなた!」

「はい?」


 私が一人で廊下を歩いているところを見計らって、令嬢グループのボスっぽい女性が話しかけてきた。後ろにぞろぞろと取り巻きの女性たちもくっついてる。皆一様に薄っすら笑っていて意地悪そうな顔つきだ。


「何か御用でも?」

「あなた、テルルさんだったかしら? 良くクロム王子やアメリア王女と一緒にいるみたいね」

「まあ、友達ですから」

「友達……まあいいわ。あなたはどこにお住まい? 平民がクロム様とお友達なんて、あなたの勘違いではなくて?」


 あー、私はやっぱり平民と思われているのか。まあストランジェの王女とは言え、この国では貴族でもなんでもないから、平民でもおかしくはないんだけど。


「王宮に住んでますけど?」

「なっ……!?」


 嘘ではないわよね。厩務員みたいなことはしてるけど、それは私が好きだからやっているだけだし。


「私は王宮で馬の世話をしています。ああ、そう言えば以前の親睦会の時、あなた達もお見かけしましたよ。ジーナと話してましたよね」

「あっ! あなたは確か暴走した馬を止めた……何で馬の世話係がアカデミーに!」

「ダメですか? アカデミーは身分に関係なく入学できると言うのが決まりだったと思いますけど」

「クッ……」


 あからさまに悔しそうな顔をして私を睨みつける令嬢たち。一体私をどうしたいのか。


「と、とにかく、大した身分でもないのに王子や王女と仲良くするんじゃないわよ! あなたがクロム様の友達なんて認めませんから!」

「認めないも何も……ああ、あなた達はクロムと仲良くなりたいのかしら? 婚約者狙いとか? それなら私ではなくクロムに直接言った方がいいわよ。あと、私は別に彼の婚約者でもなんでもないから、警戒しなくても大丈夫だから」


 助言のつもりで言ったんだけど、気に触ったのか真っ赤な顔をしてプンプンしながら去っていったご令嬢。これで諦めてくれたらいいんだけどなあ。


 私はそのまま図書室に向かって本を探す。大体の学科の内容は、これまでストランジェで主にお母様から教えてもらった知識で問題なく付いていけている。ずば抜けて成績が良い訳ではないけれど、元々の性格が『興味のないものには努力しない』なので仕方ないわね。クロムやアメリアは流石と言うか、どんな教科も安定した成績の良さで、これはヴァネディアにおける貴族の教育方針なのかも知れない。


 そんな中でもヴァネディア史には興味を惹かれた。今まで習ったことのない内容だったのと、中にはストランジェや周辺国家との関係などもあって、これは現在の各国間の地政学にも通じるものがあるの。あと、先日お母様や四大名家の当主が集まった際の紋章盾のことも気になっていた。あれはきっと魔法契約の類で、王であっても逆らえないほどの効力があるに違いない。そんなことを考えていると、この国の成り立ちにとても興味が湧いた。


 何冊か本をピックアップして、学習用のテーブルに着く。放課後なのに結構生徒がいて、皆静かに本に目を通している。貴族の令息令嬢は皆、ステータスのためにアカデミーに通っているのかと思っていたけれど、こうやってちゃんと勉強している人たちもいるのね。見ただけでは分からないから、ひょっとすると貴族ではないのかも知れないけれど。


 暫く本を読みふけっていると、対面の席に人の気配がして数冊の本をドサっと置くと席に着いた。何気なく顔を上げるとそれはボランで、私の顔見るとと『あっ!』と少し驚いた表情。


「テルル、お前も勉強か?」

「ええ。この国の歴史にはちょっと興味があってね」

「そうか。気が散ったなら済まないな。前、いいか?」

「もちろん……ボランは? それは……経済学? ボランは勉強しなくても何でも知ってるのかと思ってたわ」


 周りの迷惑にならない様に少し小声で話す。ボランは一番上に積んであった本を取ってこちらに見せながら笑った。


「この本、めちゃめちゃ高いんだぜ。言っただろ、ウチは貧乏貴族だって。こういう希少な学問の本は図書館には置いてないんでね。経済学だけじゃないぜ、魔法学も、数学も、言語学も、生物学も……アカデミーにはありとあらゆる学問の貴重な本が、国内外問わず所蔵されてるんだぜ」

「そうなんだ。それでこんなに人が……」

「そうだな。二年で読み切れる量じゃないが、アカデミーの卒業生はいつでも閲覧可能なんだ。ほら、あそこの学生服じゃない人たちは、きっと卒業生さ」

「なるほど」


 私は何気なく通っていたけど、そんな秘密があったとは。ボランの話によれば、ここの本が目当てで入学する生徒も少なくないらしい。ボランはそんなに知識を詰め込んで、やっぱり王座を狙ってるのだろうか。


「ハハハ、それにはあまり興味はないな。継承権はくれると言うからもらったけど、実際のところ俺が王位に着くにはハードルが多いんだよ」

「そうなの?」

「例えばアメリアと結婚でもればその可能性はあるだろうけどな。普通に考えればサラブレッドのクロムには敵いっこないさ。まあ、せいぜいクロムのライバル役を演じるとするよ」


 ボランは貴族社会の『裏側』の様なことも色々と知っていて、同じ王位継承権を持っているクロムとタイプが全然違う。私からすればどちらが王位に着いても上手く行きそうな気はするんだけど、どうやらボランはもっと別の方向を目指している様子。そう言えば彼は私の母を尊敬していると言っていたっけ。お母様みたいな策士が理想なのだろうか。


 お互いに黙って本を読んだり、また少し会話を交わしたり。ストランジェの王宮では基本的にお母様とマンツーマンでの勉強だったから、学友とこうやって一緒に勉強すると言うのはそれ自体がとても新鮮に思える。ボランが王位継承権を持っていることは殆どの学生が知らないことで、その意味ではストランジェの王女であることを隠している私と似たもの同士。だから話しやすいのかしら?


「そう言えば知ってるか? もう少ししたら野外学習があるらしいぞ。クラス毎らしいから、俺たちのクラスは二週間後かな」

「野外学習!?」


 思わず大きな声を出して立ち上がってしまい、周囲の視線が一気に集まる。焦って口を押さえながら座りつつも、身を乗り出してボランに顔を近付けた。


「もっと詳しく!」

「お、おう。取り敢えずここを出て話そうか」

「分かったわ!」


 私がまた興奮して大声を出すと思ったのか、ボランの提案で図書館を出ることに。野外学習! 王都での生活は色々と新鮮ではあるけれど、自然が足りないと思っていたところよ。これは私のために用意されら様な授業だわ!

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