第27話 新しい風
急転直下の王交代劇から数日後、私たちは王都の外れにある屋敷の一室に集まっていた。あの場にいた全員に加えてゴールドさんもいて、彼の隣にはマリーダがちょっと恥ずかしそうに並んでいる。新しい王であるファーラス様の隣の優しそうな女性はクロムとアメリアのお母様……新しい王妃様だ。しかし中心にいるのはやはり、ここに全員を集めたお母様。
「ゴールドさんもお母様に同行を?」
「ああ、カーパーとの商談もあったし、それに君に報告しなければならないこともあったからね」
「私に?」
と、疑問を投げかけてはみたが、大体の想像は付いていた。先日の勇ましい姿が嘘の様にモジモジしているマリーダを見れば、誰だって分かることだわ。
「その……ローレンスと結婚……することになりました」
「おめでとう、マリーダ!」
私が抱きつくとあたふたしていた彼女だが、やがてそっと私を抱きしめて『有り難う』と礼を口にする。国境でマリーダとの別れ際に託した手紙を読んだお母様が、彼女をニカールに赴任させてくれたそうだ。私が王都に来ている間にマリーダとゴールドさんは仲を深めたと言うことね。結婚式はまだ少し先らしいけど、私にも是非参加して欲しいとお願いされた。もちろん、返事はイエスよ!
私とマリーダのやりとりをニコニコして見守っていたお母様。やがて紅茶の入ったカップを置き、スッと立ち上がる。一瞬にして周りの皆も口を閉じ、立ち上がって背筋を伸ばした。
「さて、皆のお陰で私も長年の懸案を解決することができました。領主である父に成り代わり、御礼を申し上げます」
「フランシア様、礼を言わなければならないのは私たちの方です。ヴァネディアの危機を救って頂いたのですから。そして私たち家族もまたこうして、一つに集まることができました」
「王妃様、約束を守って頂けて深く感謝しております」
ファーラス王に続き、涙ぐみながらアメリアも頭を深々と下げる。王とアメリアの養子縁組は白紙となり、彼女は現王の実子として再び王女となった。そしてクロムが王子ね。
「テルルさんも人が悪いですね。ストランジェの王女様だと言って頂ければ、もっと丁重なおもてなしができましたのに」
「そうだよ! 僕は本当に厩務員だと思ってから色々と失礼を……」
「いいの、いいの、私はあそこの生活で満足してたし。それにクロムだって身分を偽ってたじゃない。広間にあなたが入ってきた時は一瞬誰だか分からなかったんだから」
「じゃあ、お互い様かな」
コホンッと、お母様の咳払いで再び静かになる室内。
「ファーラス、王としての仕事はこれからですよ。ヴァネディア国内にも色々と問題がある様ですから、これはストランジェの王妃としてもお願いしますね」
「もちろんです。パローニ卿を始めトーリ様やフランシア様にもお力添えをお願いするかもしれませんが、その際は何卒ご助力をお願いします」
「ええ。もとよりヴァネディアとストランジェは友好国。私がストランジェの王妃になってから、あちらも大きく変わりました。今後とも良いお付き合いができることを望みます」
ファーラス様とお母様が握手。これは友人同士の……と言うよりも、国と国との重要な協定の様なものね。これは歴史的にも重要な出来事だと思うんだけど、こんな部屋の中で決まってしまっていいことなのかしら?
「さて、テルル。あなたはどうしますか? 私と一緒にストランジェに戻ってもいいのですよ」
「あ、そうだ、アカデミー! あのままだったら入学は辞めて帰ろうかと思ったけど、ファーラス様の元なら入学するのもいいかもなあ」
「フフフ、そう? 私はあなたがまた槍を振り回さないか、ちょっと心配だわ……では、あなたはここに残り、色々と学びなさい。王が変わって王都も国も大きく動くでしょうし、それを間近で見られるのは大変貴重な体験よ」
「はい、お母様」
「決まりだな。クロムとアメリアももちろん入学することになるだろう。引き続き、二人と仲良くしてやってくれ。それともう一人、紹介しておきたい人物がいる」
「もう一人?」
ファーラス様に呼ばれて部屋に入ってきたのはボラン。クロムとアメリアは誰だか分からない様で、きょとんとして彼を見つめていた。
「ボラン!」
「テルル……王女様、ご無沙汰しております」
「テルルでいいわよ」
彼はそのままファーラス様の元に歩み寄り、王から皆に紹介される。
「彼はボラン・マグネス。兄、ラザフォーの隠し子だ。本来なら王宮に招かれるべき存在だったが、義姉上の要望でそうはならなかった」
そして当然彼にも王位継承権がある。ファーラス様はそれを認め、彼にもその権利を与えると言う。ボランの要望でヴァネディア姓は名乗らないらしいけど、王位継承権を持つ者として彼の家は男爵家から侯爵に陞爵することになったそうだ。
「そしてボランもアカデミーに入学する。クロムよ、私は息子だからと言って無条件に王位を継がせるつもりはない。皆と切磋琢磨し、王たるにふさわしい人物を目指しなさい。もちろん、ボラン、君も一緒だ」
「はい! 父上!」
「はっ!」
ボランは貴族社会から距離を置いていたのでアカデミーには興味ないのかと思っていたけど、意外だったわ。そう思っていたのが顔に出ていたのか、彼はニヤっと笑って私に言葉をかける。
「俺がアカデミーに入るのは意外か、王女様?」
「そうね。ボランはそういうの興味ないかと思ってたけど。そもそもあなたは頭が良さそうだし、アカデミーで学ぶことなんてないんじゃない?」
「いいや、アカデミーでしか学べないことも沢山あるからな。貴族のお遊びに付き合う気はなかったが、ファーラス様が王になられたのなら話は別さ。それに俺はヴァネディアの至宝とまで呼ばれたテルルの母上をとても尊敬しているからな。フランシア様に入学を薦められたら、断る理由がない」
つまり、ボランを引っ張り上げたのはお母様と言うことね。まったく、ストランジェにいながらにして、どうやって彼のことまで知ったのかしら。カーパーさんだけではなく、王都中にお母様の情報網があるんだわ、きっと。
ファーラス様は付け加えて、アカデミーには身分を問わず優秀な人材を集めるとも。先王の時は貴族のステータスになっているきらいがあってアカデミーの本来の目的が薄らいでいた様だけど、これでまた私も入学する意味ができたかな? 色々な人たちと触れ合えるのはとても楽しいから。
それから二週間後。お母様とマリーダ、それにゴールドさんは少し前にストランジェへと戻っていった。カーパーさんのお店に集まった日、ファーラス様たちが王宮に戻られた後に、私が厩務員として小さな家で暮らしていたこと、その後家が燃やされてしまってテント生活をしていたことがばれて、マリーダにすごく怒られた。ただ、お母様は『風邪を引かない様にしなさい』と言って笑っただけだったので、なんとかセーフ。
ファーラス様からは王宮に部屋を準備すると言われたけど、メイドとか使用人とかゾロゾロと付けられると煩わしいので、燃えてしまった家の後に再度家を建ててもらえる様にお願いする。流石のファーラス様も呆れていたけどテント暮らしされるよりはマシと言うことになって、急ピッチで家が建てられた。前に建っていたものより随分頑丈そうで少し大きくなったけど、一人暮らしの快適さは変わらない。馬の世話もしたいので私は寮には入らず、ここからアカデミーに通うことにした。アカデミーは王宮に隣接しているし、歩いて十分ぐらいだから近いものだわ。
そしてアカデミーの入学式の当日。早起きして馬たちの世話をするのはいつも通り。因みに以前の王と王妃の馬三頭は私がもらい受けることになった。すごく懐いてくれているしジンクとも相性がいいから問題なしね。もちろん、アメリアのプラティナもここにいる。彼らの世話を一通りして放牧し、厩舎の掃除を終えた辺りでクロムとアメリアがやってきた。二人とも真新しいアカデミーの制服を着ている。
「お迎えに上がりましたよ、王女様」
「私は隣国の王女であって、ここでは馬の世話係よ」
「ほんと、テルルは変わらないね。王宮で不自由なく過ごしていいのに」
「最初に言ったでしょ? 馬の世話が好きなの」
「ハハハ、そうだった」
アメリアはもともと優しい雰囲気の女性だけど、ファーラス様やクロムと再会して更に優しく穏やかになった気がするわね。以前はやはり無理をしていたのか、どこか思い詰めた様な表情をするときがあったから。
「そろそろ準備しないと遅刻ですよ、テルル」
「そうね。すぐ準備するから待ってて、アメリア」
家に戻り急いで身支度を整え、新しい制服に袖を通す。新しい服独特の香りがして、期待と不安で少しドキドキする。でも、きっとここで経験することは私にとって大きな意味があるはず。クロムやアメリア、それにボランも私にはかけがえのない存在だと感じている。
「お待たせ!」
「じゃあ、行こうか。僕たちが遅刻したんじゃ、洒落にならないからね」
「フフフ、新入生代表の挨拶をするんでしょう? 頑張ってね」
「はぁ……ちょっと気が重いよ」
三人でワイワイお喋りしながら歩く小道には柔らかい風が吹いていて、優しく頬を撫でる。それはこのヴァネディアが生まれ変わることを予感させる『新しい風』……そう感じていた。私たちの新しい生活が、今始まろうとしている。
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