第26話 断罪

 私に剣を向けた兵長をあっさり討ち倒したのはマリーダ。予想外の人物の登場にびっくりしたけど、驚きはそれだけでは終わらなかった。彼女の後に登場したのは、何度かストランジェの王宮で会ったことのある人物。お父様とお母様の知り合いで、確かお祖父様の所……パローニ領から来ていたはず。いつもお菓子を持ってきてくれて、私とネオを可愛がってくれた人物だ。


「父上!」

「無事か、クロム、アメリア。それにテルル。久しぶりだね」

「ご無沙汰しております、ファーラス様」


 私が挨拶すると、クロムとアメリアは驚いた表情。私もびっくりよ。この人がクロムとアメリアの父上だったなんて。そしてそれが意味する所は、彼がこの国の王弟殿下であるということ。


「何をしにきた、ファーラス!」


 苛立った様子の王が立ち上がって指差しながら喚く。


「酷いではないですか、兄上、義姉上。我が娘を強引に養子にしただけでは飽き足らず、息子までいなかったことにしようなどと」

「チッ……」


 私たちの元に歩み寄りつつ、厳しい表情で王に意見したファーラス様。でも、私の所にきて見せたのは穏やかな笑顔だった。


「見事な槍裁きだったよ、テルル。お父上を見ている様だった」

「ご覧になっていたなら、もっと早く止めて頂きたかったですわ」

「ハハハ、君の勇姿につい見とれてしまったよ。息子たちを守ってくれて感謝している」


 私とファーラス殿下が和やかに話していることが王の苛立ちに拍車を掛けた様で、先程よりも大きな声でがなり散らしす王。そこにはもう王の威厳も何も感じられない。まあ、最初からあんまり感じてなかったけど。


「もう一度聞く、何をしにきた、ファーラス! お前にはパローニ領にいる様に命じたはずだぞ」

「そのパローニ領主の命により参ったのです、兄上」

「なんだと!? それはどういう……」


 ファーラス様が振り向き、王もそれにつられて扉の方に目を向ける。と、別の人物がスッと現れて王の……いや、広間中の人間の視線を釘付けにした。マリーダがここに来たと言うことは、やっぱり来ていたのですね、お母様。


「フ、フランシア!?」

「お久しぶりですね、ラザフォー、それにルティーシャ。お元気だったかしら?」

「き、貴様! 隣国の王妃が何をしにきた!」

「あら、ご挨拶ですね。隣国の王妃なのだから、もう少しマシなもてなしを期待していたのに」


 冗談を言いながらゆっくりと近付いてくるお母様。私の格好を見てニッと笑うも、何も言わずに通り過ぎて王と王妃の前へ。ファーラス様もそれに続き、彼の他に二人の男性も部屋に入ってくる。一人はお祖父様と同い年ぐらいかしら? ひょろっと背の高い人物だが、眼光が鋭い。もう一人は背が低いものの恰幅のいい、貫禄のある人物だ。お母様の後ろに三人が控えてる……え? お母様の付き人か何か!? しかし王と王妃はその人物を知っている様子で、驚愕の表情を浮かべている。


「お前たちまで何用だ! 呼んだ覚えはないぞ!」

「でしょうね。私が呼びました。今日はストランジェの王妃としてではなく、父の名代として参りました」

「だから、何用だと聞いている!」


 焦った様子の王に対して、お母様たちは至って冷静で、合図をするとパローニ領の兵士たち四人が大きな板の様な物を運んできた。それを床に立てかけると人の背丈ほどあって、四つのパーツが配置されて一つの盾の形を成している。それはボランと一緒に行った博物館で見た、ヴァネディアの国旗そのもの。つまり、四大名家が集まったと言うことだ。四つに別れた盾に、お母様たちが手を添える。すると盾はまばゆく光だし、やがて光が治まってくると一つの盾に結合されていた。まだ薄っすらと周りが光っていて……これも魔法なのかしら?


「!?」

「これがどういう意味か、あなたには分かるかしら? ラザフォー」

「盟約の……盾か」

「そうです。ヴァネディア、パローニ、スキャディー、ギャリアムの四家はここに再び集い、ファーラスをこの国の王とすることを宣言致します」

「な、なんだと!?」


 いきなりとんでもないことを言い出したお母様。広間にいた人間がザワザワし始める。


「ふ、ふざけないでフランシア! あなたはヴァネディアから逃げた負け犬のくせに、こんなこと……」

「逃げた? ああ、ラザフォーに婚約破棄されて、あなたが王妃の座を奪ったことですか?」

「そうよ! 覚えているわよ。二十年前、あなたが泣きながらまさにこの部屋を走り出ていったことを」

「フフフフ、私が? 泣いて?」


 すごい剣幕の王妃に対して、お母様はコロコロと笑って楽しそうだ。


「そうよ! そしてヴァネディアを捨てて、トーリに拾われてストランジェの王妃になったのでしょう!」

「勘違いをしている様ですが、あの時私は泣いてなんていませんよ。あまりにも自分の思い通りに物事が進んだので、おかしくておかしくて。笑いを堪えるのに必死だったのです」

「なっ……!?」

「ラザフォーとの婚約は先王様たっての願いだったので了承致しましたが、アカデミーに入ってトーリに一目惚れしました。ラザフォーと違いトーリには王としての風格、そして人柄が備わっていましたからね。だからあなた達が上手く結ばれる様に仕向け……コホンッ、お力添えしたまで。あなた方はお似合いだから、私が仕向けなくても同じ結果になったでしょうけどね」

「き、貴様ぁ! 私を侮辱するのか!」


 その言葉に、お母様の顔から笑いが消えた。ああ、お母様の本気の表情だわ。彼女の計画の総仕上げなのだろう。


「ラザフォー、先王様はあなたに王の風格がないことを良く分かっておられましたよ。だから私をあてがって、少しでもこの国の平和が続く様に願われたのです。その証拠にヴァネディア家の盟約の盾は、あなたではなくファーラスに託されていたでしょう」

「……」

「ルティーシャ、あなたは貴族のご令嬢としては立派な女性だと思います。ただし、あなたは王都内で、いえ、王宮内でご自分の地位を維持することにご執心だった様ね。まあ公爵家でちやほやされて育ったあなたは、国の政や産業、交易などには全く興味がないでしょうけど」

「そ、それの何が悪いと言うの! それを行うために大臣たちがいるのでしょう」

「そうですね。しかし最終的な決定権は王であるラザフォーにあります。王が動かなければ国が衰退していくのは道理。それを諌めることも王妃の役目なのですよ」

「……」


 正論を突き付けられて黙り込む二人。しばしの沈黙の後、重苦しい表情で王が口を開く。


「どうして今なのだ……お前ならすぐにでも私を王座から引きずり降ろせただろうに」

「そうですわね。あなたに婚約破棄された時点で、私は既にスキャディー、ギャリアムの両家と話を付けていました。先王様は亡くなる寸前まで盟約の盾をどちらに引き継ぐか迷われて、最終的にはファーラスに譲られたのです。その際、できれば待ってやって欲しいと……あなたには小さい頃から王になることを強いてきたので、王として成長し、やがて立派な人物となるまで見守ってやって欲しいと言うのが、先王様の願いでした」


 残念ながら現王が王として成長することはなく、結果ヴァネディアの王都、国内が乱れ始めたのが、今回のきっかけとなったとのこと。お母様はきっと、私に『ヴァネディアに行け』と言ったときから今日のことを決めていたのだと思う。お祖父様に宛てた手紙にはそのことが書いてあったのだろう。


 絶望の表情で意気消沈の王と王妃。スキャディー、ギャリアム家の二人が二人をなだめる様に立たせ、部屋から連れ出そうとする。トボトボと歩く二人には、既に最高権力者たる威厳も何もない様に見えた。


「最後に教えて。あなたはストランジェにいながらにして、私のことを……この王宮内のことを知っていたの? あなたの娘をアカデミーに招待したのに、その田舎娘を差し向けたのはどうして?」

「田舎娘? ああ……」


 私の元にスッと寄ってきて私の頭を撫でたお母様。


「この子はテルル。少しお転婆ですが、私の自慢の娘なのよ」

「!?」


 王妃だけでなく、クロムも、アメリアまで驚いているわね。やっぱり私のことはただの厩務員と思ってたんだ……まあ、言わなかった私も悪いんだけど。お母様の最後の一撃が一番効果を発揮した様子で、王妃は項垂れて広間を出ていってしまった。最後の最後で私と言う最大の飛び道具を放ったお母様。流石にここまで計算していたとは思えないけど、婚約破棄された汚名は二十年後にきっちり返上したと言うわけね。ずっと気になっていたから、真相が分かって私もスッキリしたわ!

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