第25話 宣誓の儀
いよいよこの時がやってきた。王の前で王位継承権を宣言し、いずれ王となる身分となるんだ。小さい頃は王座など全く興味がなかったけど、妹が……アメリアが半ば強引に養子として王妃に奪われてから考えが変わった。王と王妃は何かにつけ横暴が目立ち、僕たちの家族も王都から遠く離れたパローニ領に追いやられてしまった。幸いパローニ辺境伯は理解のある人で僕たちが生活に困ることはなかったけど、いつからか僕の願いは再び家族が一緒に王都で暮らすことになっていた。そのためには王位継承権を持ち、王都で……いや、ヴァネディアの国内で存在感を増すことは必須条件だ。
「どうしたの? 今日はいつになく緊張してるわね」
「今日は王弟殿下のご子息が宣誓の儀を行うので、兵士は会場で警備にあたるんだよ」
「へぇ。宣誓の儀なんてあるんだ。私も見てみたいなあ」
「関係者以外入れないんだけどね。兵士だったら警備で入れるかもしれないけど」
「クロムは中に入るの?」
「下っ端兵士は周辺の警護かな、ハハハ」
僕は主役だから、当然中に入る。宣誓の儀は滅多に行われることではないし、会場の警備も厳重だろうから、テルルはきっと入れないな。できれば友人として、僕の本当の姿を見ていて欲しい気もするけど……
「あ、そろそろ行かなきゃ」
「お仕事、頑張ってね」
「有り難う。頑張ってくるよ」
テルルと別れて一旦兵士寮に戻り、私服に着替えてから王宮を出る。王宮からほど近い建物内に使用人たちを待たせてあって、着替えなど諸々の準備を済ませたらクロム・ヴァネディアとして再度王宮に戻る手筈だ。
馬車で王宮に戻ると、昨日まで一緒に働いていた兵士たちが列を成していて、その間を走り抜ける。正装して雰囲気が変わっているせいか、馬車から降りても誰も僕だとは気付いていない様子。まさか王の甥が兵士として紛れ込んでるなんて思ってないだろうからね。王宮内にある謁見の間の重厚な扉をくぐると赤い絨毯が王座まで伸びていて、正面には王と王妃、そしてアメリアが座っていた。赤絨毯の脇には等間隔に兵士が並んでいて、その後ろに多くの貴族や官僚たちが今か今かと待ちわびている。彼らの注目を一身に集めつつ、ゆっくりと進んで王座の前へ。
「陛下。クロム・ヴァネディア、王位継承宣誓のため参上致しました」
「うむ」
ちらっとアメリアの方を見ると優しく微笑んでいた。しかし王は何か難しい顔をしていて、王妃はニヤついている……様に見えた。本当ならこの後、王により王位継承権が承認されるはずだけど、なかなか言葉を発しない。面倒くさそうに僕の方を眺めていて、やがてゆっくりと口を開く。
「お前は本当に我が弟、ファーラスの息子なのか?」
「えっ?」
その声はどこか威圧的で視線も冷たい。王妃は目を閉じているがどこか満足そうに見えた。ああ、これは……つまり、僕を邪魔者扱いしようと言うわけか。部屋の中もザワザワとし始める。
「陛下、私はあなたの甥として、父とともに何度もお会いしていると思いますが」
「そうだったか? 私は物覚えが悪くてな。そもそもファーラスに息子がいたか? アメリアが我々の娘となって、ファーラスたちには子供がいなくなったと記憶している」
「……」
「お父様! 何をおっしゃっているのです!?」
僕が黙っていると、代わりにアメリアが声を上げていた。そんなアメリアに対しても王は冷たい言葉を投げかける。
「お前は黙っていろ、アメリア」
「しかし、お父様!」
「黙れ! この者は王位継承者を騙る偽物だ! 捕えて牢に入れておけ!」
王の命令で周りにいた兵士が動き出す。
「いや! クロム!!」
僕のところに走ってこようとしたアメリアは、どこからか現れた兵長のタンタールに止められてしまっていた。数人の兵士が僕を取り囲み、槍で体の自由を奪おうとしている。その内の一本を掴んで抵抗を試みたが、多勢に無勢でどうすることもできなかった。
「クッ……離せ!」
「大人しくしろ!」
押し合いになってたところ、腕を掴まれて後ろに回されてしまう。そのままぐいっと下に引っ張られて、上からは槍の柄で押さえつけられて片膝を付いた。
「抵抗せずに大人しく牢に入れば命までは取りはしない。己の蛮行を恥じるがいい」
「お父様、酷いです! お母様、何とか言ってください!」
「お黙りなさい、アメリア。あなたに兄妹なんていないでしょう? あなたは私たちの一人娘なのですから」
この上なく意地悪そうに王妃がそう言うと、アメリアは涙しながら絶望の表情を浮かべていた。やはりこの二人は、最初から僕を王位継承者として認めるつもりなどなかったのだ。悔しいが僕には何もできない……申し訳ございません、父上。
諦めて抵抗を止めようと力を抜いた時、目の端から何かが飛んできて目前の兵士の頭にヒットし、甲高い金属音と同時にドサっと床に倒れ込んだ。取り囲んでいた兵士が呆然とする中、今度は人が走ってきて別の兵士に飛び蹴り。蹴られた兵士は『ウッ』と短いうめき声を上げてゴロゴロと床を転がっていき、気絶したのか動かなくなってしまった。広間が水を打った様に静まり返る中、僕の腕を引っ張って他の兵士から引き離したのは……テルル!?
「大丈夫、クロム?」
「テルル、その格好は……」
「兵士だったら謁見の間に入れるかもってクロムが言ってたから。借りて入り込んでたんだけど」
「ハハハ……」
まだ良く状況が飲み込めていないけど、彼女が救いの神であることは間違いない。
「貴様! 何者だ!」
「私が何者でもいいでしょう。クロムを害することは私が許さないわ。そして王様、あなたと王妃様は嘘をついている。ここにいる全員が分かっていることよ!」
「やかましい! そいつ諸とも捕えてしまえ!!」
再び襲いかかる兵士たちに対して、テルルは床に転がった槍を足で器用に蹴り上げ、そして握った。彼女の槍裁きは見事なもので、兵士の誰一人として相手にならない。穂先が当たらない様にしながらも次々と屈強な兵士をなぎ倒していく。時に槍がまるで彼女の手足の様に、そしてある時は別の生き物の様に自在に動き回る。
「ゴフッ……」
兵士の喉元に石突がめり込み、膝から崩れ落ちる。床には気絶している者、うずくまっている者……多くの兵士が転がっていた。槍を構えた勇ましい姿のテルルに睨まれて他の兵士たちは後ずさりし、王と王妃もその迫力にたじろいでいる様子。
「タ、タンタール! なんとかなさい!」
「は、はい!」
アメリアを押さえていたタンタールはその手を放し、剣に手をかけつつテルルに対峙する。テルルに促されて横に避けた僕のところに、自由になったアメリアが駆け寄ってきた。
「テルルさん!」
「大丈夫。こいつを倒して、ここを出ましょう」
「気を付けてテルル、兵長は剣術の師範でもあるんだ!」
黙って頷いたテルルは兵長と向き合う様に再び槍を構えた。兵長も剣を抜く。
「小娘、散々バカにしてくれたな」
「あなたの鍛えた兵士たちが弱すぎたのよ。職務怠慢ね」
「黙れ!」
タンタールが大きく剣を振りかぶってテルルに襲いかかろうとした時、不意に広間の扉がバーン! と開け放たれ、同時に人影が走り込んできた。素早く動いたその人物はテルルの横をすり抜け、あっという間に剣でタンタールの手を切りつけていた。
「グワーッ!!」
彼の手から血が流れ、もう片方の手で傷を押さえながらうずくまると、謎の人物は隙かさず彼の首元に剣先を突き立てた。
「な、何者だ!」
「……貴様、誰に剣を向けたか分かっているのか? 無礼者」
冷たく言い放ったその人物は女性で、ゆっくりと振り向く。テルルは彼女のことを知っている様で、先程までの殺気にも似た気迫は消え去っている。
「マリーダ!?」
「大丈夫ですか? テルル?」
「この程度のヤツに負けないこと、分かっているでしょう?」
「フフフ、そうでしたね」
そこだけ和んだ雰囲気になっている中、別の人物が入ってくる気配。そちらの人物は僕もアメリアも、そして王と王妃も良く知る人物だった。
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