第24話 嵐の予感
今日は王弟殿下のご子息による宣誓の儀が執り行われる日。王都は数日前からザワザワしていたが、今朝も早い時間から大通りが賑わっている。そんな中、俺は自分の店ではなく王都の外れにある屋敷に来ている。もちろん、フランシア様御一行をお迎えするためだ。
俺は元々隣国ストランジェの商人ギルド長だった。あの時はまあ、散々悪どいこともやっていたな。役人や兵士に対する賄賂は当然。秩序と称して商人を追い出したりもした。しかし、あの頃のニカールはそうしなければ生き残れない場所だったのだ。上手く立ち回ったものだけが生き残る、まさに弱肉強食の荒んだ街だった。そんな街を一瞬で変えたのが、他でもないフランシア様だ。
隣国であるヴァネディアのパローニ辺境伯軍が攻め入ってきた際は、もう絶望しかなかった。そんな情報は一切入ってきてなかったし、日頃賄賂で私腹を肥やしている兵士たちが彼らに敵うはずもない。俺はあっという間に捕らえられ、ある一室に連行された。打首か!? そう覚悟したね。しかしそこには今まで感じたことのない雰囲気の女性がいて……微笑みかけられると、俺は恐怖すら感じていた。商人の勘ってヤツか? とにかく、蛇に睨まれた蛙の様だった。そんな俺にフランシア様はおっしゃったのだ、『ヴァネディアに行ってストランジェ産の品々の販路を拡大しろ』と。そしてヴァネディアの情勢を彼女に伝えることも俺の仕事となった。否定するなんて選択肢はなかった、いや、あり得なかった。
それから二十年ほど経過して彼女の娘、テルル王女がひょっこり王都に現れたのには驚いたね。フランシア様とはまた違う雰囲気の少女だが、一本筋が通った強い意志をもった少女。そんな彼女が持ってきた手紙には、フランシア様が今日ここに来られることが記されていた。何をされるのか内容までは明かされなかったが、きっと今日はヴァネディアにとって重要な一日なる、そんな気がしている。
今か今かとジリジリしながら到着を待っていると、数台の馬車が到着して屋敷の敷地中に入ってくる。おや? この馬車の数はフランシア様だけではないな? 護衛としてパローニ軍の兵士や、おそらくストランジェから来たであろう女兵士たちが馬車を取り囲んでいた。やがて馬車から降りてきた面子を見て、緊張で体中から冷たい汗が吹き出す様な感覚。フランシア様以外に王弟殿下まで!? いや、それだけじゃねえ。あれはスキャディー卿とギャリアム卿か!? よ、四大名家が揃ってるじゃねーか! 彼らの後ろには元ニカールの商人ギルド長であるローレンス・ゴールドもいる。こいつは……想像していたよりも大事になるかもしれん。
「カーパー、準備ご苦労さま」
「め、滅相もございません。皆様、良くお越しくださいました」
相変わらずお美しいフランシア様を先頭に、皆がぞろぞろと屋敷の中に入っていく。もちろんローレンスを捕まえて、一体どう言うことなのか問い詰めた。
「おい、聞いてねーぞ、ローレンス! フランシア様だけじゃないのか!? 一体どうなってる!?」
「アハハ、俺も連れてこられた立場だからな。しかし今日はとんでもないことが起きるぞ」
そして耳打ちする様にフランシア様の目的を告げるローレンス。自分の耳を疑ったし、足の力が抜けてそこに座り込んでしまいそうだった。相変わらずとんでもないことを平然とやってしまう、怖いお方だ。
驚愕の計画に言葉を失いそうになりながらもなんとかローレンスと話していると、一人の兵士が近寄ってきた。ストランジェの女兵士だ。
「ローレンス、こちらの方は?」
「紹介しよう、マリーダ。こちらはカーパー。元ニカールの商人ギルド長で、フランシア様の命によって今はここで商会を営んでいる。私の商売仲間でもある」
「はじめまして」
強そうな女性、マリーダ……ああ、そうか、テルルの話に時々出てきていたっけ。確か王宮の近衛兵をしていると言っていたので、フランシア様の護衛でやってきたのか。
「確か、テルル王女の……」
「テルルを知っているのですか!? 彼女はどうしていますか!?」
「王宮で馬の世話をしながら楽しくやってるみたいですぜ。時々ウチに来てはお喋りして帰っていきます」
「馬の世話って……ま、まあでも元気そうで何よりです」
「ところでローレンス、随分この女性と親しそうだな」
「ああ、そうだった。君にはまだ伝えてなかったね……その、私たちは結婚することになった」
「!?」
ローレンスの言葉にポッと頬を染めて一瞬にして乙女の様になった女兵士と、気まずそうに頭を掻いているローレンス。これはまた……ある意味フランシア様の計画よりも驚きだぜ!
「まったく、今日はなんて日だよ! 色男もいよいよ年貢の納め時か!」
「おいおい、私は別に女性にだらしなかったわけではないぞ! 忙しくて暇がなかったんだ!」
「まあ、そう言うことにしておいてやるぜ。さあ、俺たちも準備に取り掛かるか」
「そうだな。話の続きはまた、この一大イベントが済んだ後だ」
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