第22話 お茶会

 お母様の提案で開かれることになったお茶会。王宮で、しかも王妃主催となればその格式は最上級で、私はともかくアカデミーの新入生が参加することはまずない。今回はアカデミーの新入生と私たちだけだから緊張することもないし、先日の親睦会の穴埋めにはちょうどいいと思う。更にそこにテルルさんを招待できるなんて! 貴族の令息、令嬢が多い中だから緊張されるかもしれないけれど、私の隣にいてもらえれば問題ないはず。今回はそこまで様式やマナーのことを言われることはないと思うし、わざわざ隣国から来てくれているテルルさんには是非参加して頂きたいと思っている。


 早速彼女に伝えるべく厩舎へ行ってみると、馬たちは草原の向こうの方で走り回っていたがテルルさんの姿は見えない。ひょっとして出かけてるのかしら?


「テルルさん?」

「はーい、ちょっと待ってくださーい」


 テントの中から声が聞こえてきて、やがて入り口からひょっこり顔を出したテルルさん。


「アメリア様! 乗馬ですか?」

「いえ、今日はテルルさんにお話があって来たんですよ。それより、火事、大変でしたね。家はすぐに建て直してもらいますので」

「有り難うございます。テント暮らしでも問題ないんですけど、冬はこのテントではきついかしら」


 いやいや、テントの質の問題ではなくて、そもそもテント暮らしがきついのでは!? しかしクロムが言っていたけど、彼女は本当にテント暮らしを満喫している様にすら見える。テントの中って一体どうなってるのかしら。


「あの……テントの中ってどうなっているのですか?」

「見ますか? 何もないですけど」

「いいんですか!?」


 テルルさんが手招きするので小走りで近寄り、中に入らせてもらった。中は意外に広くて、暮らすのに最低限の物が置いてある。


「へぇ……意外と広いのですね」

「隣にあった家に比べたら狭いけど、寝るだけなら全然問題ないですよ。お風呂は借りないとダメだけど」

「でも、やっぱり家がないと不便なことも多いでしょう? すぐに建て替えてもらいますので。必要でしたら使用人たちが使っている部屋を準備しますので、言ってくださいね」

「有り難うございます。それで、今日は何かお話があるとおっしゃってましたが……」

「ああ、そうだったわ! テルルさんをお茶会に招待したくて。宜しければ参加して頂きたいのです」

「お茶会?」


 暫く考えていたテルルさん。貴族のお茶会など興味ないかもしれないし、彼女の性格だから『イヤ』ときっぱり断られてしまうかしら? ドキドキしながら彼女の返答を待っていると、


「分かりました。参加させて頂きます」


と、にっこり笑ってくれた。


「でも、私はお茶会とか苦手だし、ドレスも持ってないのでどこかで借りなきゃ。違和感があっても大目に見てくださいね」

「もちろん! 私はテルルさんと一緒に楽しみたいのです。イッパイお喋りしましょう!」


 私は彼女のことが大好きだ。馬の世話をすごく丁寧にしてくれることもあるけれど、彼女と一緒にいると楽しいから。すごく物腰が柔らかいのに一本筋が通っていて、しっかり立っている気がする。そう、その雰囲気は私の恩人でもあるフランシア様にどことなく似ていて、女性同士なのにちょっとドキドキしてしまうぐらい。身分の違いこそあるけれど、彼女とはずっと友達でいられたら素敵ね。


 お茶会はすぐに開催されることになり、その日は晴天。秋口の風が心地よく、お茶会にはもってこいの天気だわ。王宮の中庭にはいくつものテーブルが配置され、その間にはバラを中心に晩夏から初秋にかけての花々が会場を彩っている。先日催した親睦会とは一目で格式が違うのが分かり、こういうところは流石お母様だと感心する。会に出席したアカデミーの寮生たちも少し緊張した面持ちながら、一味違うお茶会を楽しんでいる様子。


「皆様、本日は王妃様のご厚意でこの様な会を持つことができました。先日の親睦会はあの様な形になってしまいましたが、今日はどうぞ、ゆっくりと楽しんでください」


 ジーナさんが最初に挨拶をしてくれて、それから私。私一人では少し不安だったけど、ジーナさんが一緒なのは心強い。彼女はアカデミーの寮生たちと挨拶したり談笑したりしながらも、使用人にあれこれ指示もしてくれる。私にはあそこまで気配りすることはきっとできないけど、彼女に頼ってばかりではダメね。私ももっとしっかりしないと。


 私にはもう一つ大切な役割がある。それはテルルさんをきっちりもてなすことで、この会は元々彼女に楽しんでもらうためのものなのだから。厩務員をしている彼女を会に招待することには、正直不安もあった。彼女が周りから変な目で見られないか、この会自体が彼女に合わなくて居心地の悪い思いをするんじゃないか……でも、そうならない様にするのが私の役目。頑張らなくちゃ。


「厩務員の彼女はまだ?」

「はい……先程使用人に見にいってもらったら、留守にしていたと……ドレスも持ってきてないと言っていたので、きっとどこかで準備しているのだと思うんだけど」

「なら仕方ないわね、待ちましょうか」


 ひょっとして、『やっぱり行けなかった』と後から言われるかも……そんな不安が過ぎったとき、一台の馬車が入ってきて会場の横で止まった。馬車に付いている紋章……あれはカーパー商店のものかしら? やがて馬車の扉が開いて、そこから降りてきたのは……淡いグリーンをベースにしたドレスの貴族女性。決して特別なドレスではないけど、降り立った彼女がスッと背筋を伸ばすと、その存在感から会場中の視線が彼女の方に集まった。彼女はゆったりと私たちの方に歩いてきて、丁寧に挨拶してくれる。


「アメリア様、本日はお招き頂き有り難うございます」

「テルルさん!? びっくりしました! 一瞬誰だか分からなかったです!」

「フフフ、変じゃないですか? ドレスに巻き付かれている様で変な感じです」

「そんなことはないですよ! とても素敵です。ねえ、ジーナさん」

「そうですわね。どこから見ても、この会場で一番貴族令嬢らしいわよ」

「有り難うございます、ジーナ様」


 ジーナさんですら、彼女の前では少し控えめに見えてしまう。今日のテルルさんにはいつもと全く別のオーラの様なものがあって、とても輝いて見えた。何より、とても美しい。普段厩務員をしているなんて誰が信じられるだろう。彼女が来る前に心配していたことは全くの杞憂で、すぐに会場の雰囲気に溶け込んで……いや、会場の雰囲気を一気に彼女が変えたのかもしれない。私たちがお喋りしているのを見てか、周りの皆も会を楽しみ始めていた。


 穏やかに楽しい時間が流れて、私とテルルさんの元にも時々人がやってくる。テルルさんは何も不自然なところがなく、自然に対応して男性とも女性とも会話を交わしていた。誰も彼女が厩務員であると気付かず、私の知り合いで今度アカデミーに入学するのだと思っているはず。そんな中、一人の女性がおずおずと私たちの所に寄ってきた。


「あ、あの、王女様。そちらの方は先日私を助けてくださった方ではございませんか?」

「ああ、あなたは暴走した馬に乗っていた方ですね? あの後、大丈夫でしたか?」

「は、はい!」


 テルルさんが先日自分を助けてくれた女性と確信すると、頬を紅潮させながら駆け寄ってきて彼女の手を取る。


「あ、あ、あの時は有り難うございました! わ、私、乗馬が苦手で、どうすることもできなくて。王女様にもご迷惑をおかけしてしまって……」

「大丈夫ですよ。あなたに怪我がなくて何よりです。こちらはテルルさん。私の知り合いで、普段は厩務員をしてくださってます」

「わ、私はシリカ・プラセオと申します……あ、あの失礼ですがテルルさんは貴族の方では? 王女様と並んでいてもとても様になっていますし、私はてっきり王族の方かと……」

「そんなことないわよ。今日は化けているけど、普段は馬の世話をしているから。馬に乗りたいならいつでも来てちょうだい、お手伝いします」

「はい!」


 その後シリカさんとも少しお喋りを楽しむ。馬の話をするテルルさんはいつもの雰囲気がして、プラティナのことも色々と教えてもらった。テルルさん、とても不思議な女性だわ。シリカさんもきっとテルルさんのことが好きになったのね。すごくニコニコしながら去っていったもの。


 お茶会はトラブルもなく和やかに進行し、そして終了。私にとってもジーナさんにとってもとても満足のいくもので、彼女からは充実感が漂っていた。テルルさんは私たちに丁寧に礼を言って去っていったけど、それもジーナさんの満足感にプラスになっていた様子。


「彼女、とても厩務員とは思えない立ち振舞だったわね、完璧だったわ。アメリアと並んでいても全く違和感がなかったもの。伯母様に提案されたときは少し心配だったけど、全く問題なかったわね」

「そうですね。テルルさん、とても不思議な方です。でも、私は彼女のことが大好きなんですよ」

「フフフ、そうね。お茶会であんなに楽しそうにしているアメリアは初めて見たわ」


 そんなに楽しそうだったかしら? 確かに、ずっと彼女と一緒にいて心が踊っていたかも。彼女の家が燃えてしまったときはとても悲しい想いをしたけれど、お陰で王宮内にクロムがいることも分かったし、ここ最近良いことが続いている。


「伯母様にお礼を言わないと。一緒に報告に行きましょうか」

「そうですね。こんな素晴らしい会が開けたのもお母様のお陰ですし」


 二人で王宮へと向かって歩きだす。ジーナさんは普段より良く喋ってくれて、どれほど彼女がこの会の成功を嬉しく思っているのかが良く分かるわね。良い会であったことを報告すれば、お母様もきっと喜んでくださるに違いないわ。

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