第17話 隣国の王女
「カーパーさん、こんにちは」
「どうした、テルル? 今日も買物か?」
「今日はちょっと相談があって」
何やら訳ありげな姫様。とにかく中に招き入れて紅茶とお菓子を進呈する。いつもの様に美味しそうにお菓子を頬張っている様子は、まだ十五歳の少女そのものだ。
「で、相談とは?」
「実は……」
話を聞いてみると、どこぞの令嬢がネックレスを盗んだだの壊しただの騒いで、弁償しろと言われたらしい。そんなに高くなさそうな……言ってみれば安物のネックレスの様だったが、令嬢は金貨百枚の価値があると言ったそうだ。聞けば聞くほど怪しいじゃないか!
「それで、金貨百枚を払っちまったのか!?」
「いいえ、だってそんなに持ってなかったし。それに本当にそんなに価値があるのかちょっと興味があったから、ここに来る様に伝えてあるの。協力してくれる?」
「フフフ、もちろんだとも! 俺はこう見えてもストランジェじゃ宝石商もやっていたからな。見ればその価値は一発で分かるぜ」
「なら頼もしいわ! まあ、金貨百枚ぐらいならお祖父様に頂いたお金で支払えるんだけど」
「どんなヤツがくるのか、それも楽しみだな」
程なく目当ての来客があり、店員の案内で応接室にやってきたのはメンダリー伯爵とその娘だった。伯爵とは何度か取引をしたことがある。色々と手広く商売をやっていて、最近は隣国からの輸入なども手掛けていたはず。俺がギルド長だった頃は取引がなかったから、ゴールドと交代してからの取引相手だろう。結構汚い商売もやっている様で、商売仲間からはあまりいい噂は聞こえてこない。その感じが親子の顔にも良く出ている。
「これは、これはメンダリー伯爵。ようこそおいでくださいました。それで、今日はどんなご用件で?」
「うちの娘のネックレスをそこの平民が盗んで、こともあろうに壊したと言うじゃないか! ネックレスは我が家に代々伝わる物でね。私としても許してはおけないのだよ」
「まあまあ、落ち着いて。私も商売人の端くれ、そのネックレスを拝見してもよろしいですかい?」
「ええ、もちろんよ」
令嬢が布にくるまれたネックレスを差し出す。ああもう、触るまでもなく偽物だ。なんだ、この安っぽく鈍い光りの赤い石は。ガラス玉か? 壊れた、壊れたと言っているが、切れたチェーンの部分にヤスリで削った様な跡まで付いてるじゃないか。まったく、この国の貴族というのはろくなことをしないな。
「旦那、冗談きついですぜ。こんなおもちゃで金貨百枚なんて。これはストランジェの土産物屋でも良く売ってる、せいぜい銀貨五十枚程度の品でしょう」
「な……無礼な! これは我が家に代々伝わる……」
「そんな重要なネックレスを、おたくのご令嬢は普段使いしておられるんで? しかもここのヤスリで削った跡はあまりにもお粗末でしょう。拾ってくれた人間がそんなことするわけもないから、これをやったのはお嬢様では?」
「クッ……カーパー、お前まで口答えを!!」
嘘がばれて途端に焦り始める伯爵。嘘をつくならもう少しマシな方法を考えればいいものを。大方王妃に気に入られようとして、にわか仕込のトラップを仕掛けたのだろうが……
「お前の店はストランジェからの品も沢山置いている様だな。私はストランジェのギルドとパイプがあるから、商品が入らない様にしてやってもいいんだぞ」
「ほう。ギルドとパイプですか。流石伯爵様ですな」
「それに私はアカデミー時代、ストランジェの王と王妃の同級生だったからな。彼らに進言してお前の様な一介の商人があちらと仕事できなくすることも簡単なんだぞ!」
「へぇ、そうですかい……らしいぞ、テルル」
「……」
黙って紅茶を飲んでいたテルルはゆっくりとカップを置いて口を開く。
「メンダリー伯爵様は、ストランジェの王と王妃のお知り合いなのですか?」
「ああ、そうだ。アカデミー時代は良く三人で議論したものだよ。私が二人に色々と教える側だったがね」
「そうですか。私の母、フランシア・ストランジェはヴァネディアにいた頃、至宝と呼ばれていた程の才女だったと聞いております。もちろん、我が国においてもその知性は当代随一。そんな母に色々とお教え頂いたとは、あなたはとても優秀な方なのですね」
「……え……?」
テルルの言葉の意味が飲み込めないのか、じっと彼女の顔を見つめる伯爵。
「お、お前の名前は……?」
「申し遅れました。私はテルル・ストランジェ。ストランジェ王国の王女です。父と母がお世話になった恩人にこの様な場所でお会いできて光栄ですわ」
「……」
途端に青ざめて、こちらに助けを求める様な視線を向けた伯爵。クックックッ、助けるわけねーだろ。
「我が国のギルドともパイプがあるそうですね。ギルド長のゴールドさんとは懇意にさせて頂いております。こちらのカーパーさんの店にも、母とゴールドさんの推薦でお世話になっているのですよ。ああ、そう言えばカーパーさんが商売できなくするとおっしゃってましたね? 宜しければどうやってそれを実現するのか、方法をお聞かせくださいますか?」
「そ、それは……」
ダラダラと変な汗を掻いていた伯爵は、突然ガバっと立ち上がると床に片膝を付いて深々と頭を垂れた。
「も、申し訳ございませんでした! 私の娘がとんだ失礼を」
「ちょ、ちょっとお父様……キャッ」
まだ良く状況を飲み込めていない娘の手を引っ張って、娘の頭をグイっと下に押しやる。
「な、何するのお父様! この娘はただの厩務員すよ!」
「バカ者! お前には分からんのか!」
普段のテルルはどう見ても町娘。厩務員なんてしていれば、隣国の王女だと誰も気が付かないだろう。しかし王女として話し始めると、その眼差しや顔つきからは王と王妃から受け継いだ雰囲気が漂い始める。伯爵がお二人と同級生だと言うなら、余計に二人の面影を彼女に感じたことだろう。
「今後、どうされるおつもりですか? お父様とお母様の名を出した上にカーパーさんまで脅して、私からお金を騙し取ろうとしましたね?」
「も、申し訳ございません。娘はすぐさま王宮より退去させます。今後一切、王妃とのこの様な取引も行いませんので、どうかストランジェとの取引だけは……」
「私は商人ギルドに対して何の権力もありませんので、そちらはカーパーさんやゴールドさんに任せます。あなたとの取引が有益であるなら、二人も取引を止めたりしないでしょう。但しまたこの様なことがあった場合、私から両親やゴールドさんに進言することはできますのでお忘れなく」
「ははっ!」
まだイマイチ納得できない様子の令嬢を連れて、メンダリー伯爵はそそくさと部屋を出ていった。なかなか痛快な場面だったな。
「いいのか、テルル? 姫様ならもっと厳しい対応もできただろうに」
「実害があったわけじゃないから、今回は未遂ということで大目に見るわ。今後どうするかはカーパーさんたちで決めてちょうだい。普通に考えれば、あの伯爵と今後も取引しようなんて思わないでしょうけどね」
「違いねえ。商人は信用が第一だからな」
後日、こちらから断るまでもなく、メンダリー伯爵の方からストランジェとの取引を辞退する連絡があった。流石にテルルにあれだけのことをして、取引を継続しているのはまずいと思ったのだろう。なんせあのフランシア様の娘だからな。どんな報復をされるか分かったものじゃないのは、同級生だった伯爵なら良く分かっているはずだ。
それにしてもテルルに対する嫌がらせは段々エスカレートして来ているな。そろそろ諦めてくれればいいんだが……テルルに全然ダメージがないから王妃も意地になってるのかもしれない。テルルに害が及ぶ様なことがあってはフランシア様に顔向けできないし、そろそろ潮時か? ここに呼び戻すことも考えた方がいいか。
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