第16話 伯爵令嬢とネックレス

 昨日のテルル、格好良かったな。垣根の隙間から彼女と二人で親睦会の様子を覗いていたんだけど、馬の異変を察知すると誰よりも早く飛び出していって別の馬に飛び乗っていた。馬さばきも流石で暴走していたもう一頭にあっという間に追いついて、しかも飛び移ってたし。帰ってきた時、暴走した馬の背中に乗っていた令嬢はキラキラした目でテルルのことを見ていたもんね。プラティナは白馬だし、まさに『白馬の王子様』の様な活躍ぶりだったよ。


 朝からテルルの家を訪れて、馬の世話などを手伝ってから朝食をご馳走になる。食堂に入れなくなってしまってどうしてるのかと思っていたけど、ちゃんと料理もしてるんだね。パンまで焼いたの!? 美味しい朝食を頂いた後の紅茶も最高だな。ついついまったり時間を過ごしてしまう。


「今日は何か用事があったんじゃないの、クロム?」

「あ、そうだ。昨日の事件のことなんだけど、例の兵士はクビになって、兵長は減給処分になったらしいよ」

「へぇ。意外と厳しい処分になったわね。王妃の息のかかった兵士の仕業だろうから、もっと甘い処分かと思ってたけど」

「ジーナ・ターリアム様は公爵令嬢だし、あの親睦会はジーナ様とアメリア王女の連名だったからね。二人から抗議されたら、流石に王妃も甘い処分はできなかったみたいだよ」

「あのキレイな女性はジーナさんって言うんだ。すごくこう……ビシっとした感じの人だったね」

「令嬢の鑑って言われてるからね。ジーナ様は王妃の姪なんだよ」

「そうなんだ。クロムはそういうこと、詳しいのね」

「ハハハ、有名な話だからね」


 テルルと喋っていると、ついつい時間を忘れてしまう。いつも自然体で笑顔も素敵なんだけど、どこか信念の様なもの……筋が通っていて、だからこれだけ色々と嫌がらせされても気にもしないのだろう。すごく強い女性なんだ。実は僕には彼女に黙っている秘密があるんだけど……今は無理でもいずれちゃんと説明しないとダメだろうな。


 テルルとお喋りを楽しんでいるとあっという間に時間が過ぎて、門番に戻る時間となる。彼女と一緒に家を出ると、家の前に何かキラっと光る物が落ちていた。僕よりも先に気が付いたテルルが拾い上げると、どうやらネックレスらしき物。


「なんでこんな所にネックレスが?」

「さあ……さっき来た時は落ちてなかったけど」


 二人でしげしげとそれを見つめていると、唐突に家の陰から人が!? どこかの令嬢らしきその女性は、甲高い声で喚き始めた。


「この泥棒! 私のネックレスを返しなさい! 盗んでいくなんてどういうつもりなのですか!」

「いや、家の前に落ちていたから拾っただけですけど……」

「それは昨日私の部屋から盗まれた物です! 平民の分際で貴族の装飾品を盗むなんて! いいから返しなさい」

「どうぞ」


 ツカツカと近寄ってきた令嬢は、テルルの差し出した手から奪う様にネックレスを取った。と、ネックレスの一部がちぎれてボロボロっと地面に落ちる。


「壊したわね!? これがどれぐらい高価な物か分かっているのですか!」

「それはあなたが乱暴に取ったからで、私が拾ったときには何もなかったですけど」

「うるさい、うるさい! どうしてくれるのですか! これは私がお気に入りのネックレスだったのですよ。あなた、弁償しなさい!」

「えーっ、拾って上げただけなのに弁償なんてしないわよ」

「口答えするんじゃないわよ!」


 明らかに芝居がかった令嬢。ああ、これもきっと王妃の差し金だな。意地悪そうにニヤリとしている彼女の顔がそれを物語っている。


「さあ、どうするの? 弁償してくれればこのことは黙っておいてもよくてよ。ただし、このネックレスは平民のあなたが買える様な値段ではないですけどね」

「私はアクセサリーのことは良く分からないなあ。クロム、これってどれぐらいする物なの?」

「さあ、僕もその辺りは全然……でも、あんまり凝った作りでもないから、銀貨五十枚ぐらいじゃないの?」

「馬鹿にしないで! これは我が伯爵家に代々伝わっている物なのよ! 街で買えば金貨百枚は下らないんだから!」


 金貨百枚なんて、普通に働いている人間がそうそう稼げるものではない。見るからに安そうなネックレスに金貨百枚とは……えらく吹っ掛けたものだ。


「手持ちではそんなに持ってないなあ……しょうがない、知り合いの商人に相談してみるから、あとでその人のお店にきてくれる? カーパーさんって人なんだけど」

「カーパー? ああ、あの大通りにある商店ね。いいわ。でも、金貨を準備できない様だったら、あなたにはここを辞めてもらいますからね! そして私に土下座して侘びなさい!」


 捨て台詞を言い残して令嬢は去っていってしまった。どことなく面倒くさそうなテルル。


「テルル、いいの!? あれ、絶対金貨百枚もしないよ! これもきっと王妃の嫌がらせに違いないって。それにここのお給料だってそんなにないでしょ!?」

「そう言えばお給料なんてもらってないわね。一ヶ月毎に頂けるのかしら?」

「えっ!?」


 確か厩務員の給料は週毎末に渡されていたはず。しかも入ってすぐは特別に一週間分が前払いされたはずだけど……それをもらってないって!?


「じゃ、じゃあ食料品とか買物はどうしてたの!?」

「手持ちがあったからそこから出してたのよ。暫く暮らしていけるぐらいは持ってきてたから。それにカーパーさんにお願いすれば出してくれるし」

「それならいいんだけど……でも、お給料はちゃんともらわないと! テルルはしっかり馬の世話をしてくれてるんだから」

「誰に言っていいのかも分からないし……あ、そうだ。アメリア王女に聞いてみればいいかしら」


 のんきなことを言っているテルル……心配だなあ。できれば僕も立ち会いたいところだけど、仕事があるので無理そうだ。そんな僕をよそに彼女は『大丈夫、大丈夫』と軽い感じで笑って出かけていった。門番をしていた先輩に聞いてみると、例の令嬢と恐らく彼の父親であろう人物も先程出ていったとのこと。二人ともどこか意地悪そうな雰囲気だったらしく、やっぱりテルルのことが心配だ! 大変なことにならなければいいけど……

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