第18話 王都観光

 朝から馬たちの世話をして放牧し、一仕事終えてから朝食を取る。今日もいい朝だわ。ここで生活を始めてニ週間ほど経ったけど、すっかり慣れちゃったわね。国にいた頃とやってることは大して変わってないから、当然と言えば当然だけど。


 ここに来る前にお父様が『何か嫌がらせをされるかも』と言ってたいけど、どれもこれも幼稚なもので私にダメージはない。どちらかと言うと、皆自滅していってる感じだしなあ。しかし、この国の王族や貴族は暇な人が多いらしい。もちろんアメリア王女の様にちゃんとした人もいるけれど、王妃があれじゃねえ。おっと、愚痴を言っている場合じゃなかった。今日は約束があるからそろそろ出かけないと。


 準備をして門の所まで行くと、クロムが門番をしていた。前回の馬暴走事件があってから兵長は大人しい様で、今日も姿が見えない。


「おはよう、テルル。今日はお出かけ?」

「ええ。知り合いが王都を案内してくれるって言うから、行ってくるわね。馬たちは放牧しているから、何かあったらお願いできる?」

「オーケー。観光、楽しんできてよ」

「有り難う」


 クロムともすっかり友達。手を振って別れて、待ち合わせ場所であるカーパーさんの店へ。店の前には既にボランが来ていて、馬車も用意されていた。


「やあ、テルル。時間通りだな」

「お待たせ……馬車で行くの?」

「王都は結構広いんだぜ。色々見せたい場所があるからさ」

「じゃあ、よろしく」

 

 馬車に乗り込むと、王宮の方角へと進み始める。王宮に戻るのかと思いきや途中で左に反れて、川の畔に到着した。そこには観光用の舟が止まっていて、それに乗る様だ。


「王都では定番の観光コースだけど」

「街の中を川がこんなにゆっくり流れてるんだ!」


 観光舟に乗るはもちろん始めての体験。ストランジェは山が多いし標高が高いので、こんなにゆっくり流れている川はない。王都内の川はまるで道路の様になっていて舟が行き交っている。川の側まで建物が並んでいて、舟を降りるとすぐ建物に入れる様になっていた。異国と言うより、もはや全くの別世界に来た様な気分だわ!


「すごいなあ、舟が街中を移動する交通手段になってるんだ!」

「王宮の近くから、もちろん王都の外まで行けるぜ。ここは両側建物が迫っているけど、もう少し行けば開けてるから」


 ボランの言う通り暫く進むと川幅が広くなり、両側の川岸には広い通路。並木道の様になっていて、所々に休憩スペースの様な場所や公園があった。作られた景観だけど、良く整っていて美しい。


「ストランジェと全く違う! 街がしっかり整備されてるのね」

「ストランジェでも、ニカールは美しい街だと聞くけど」

「ニカールは特別ね。標高の高い町に行くと、もっとこう自然豊かな感じかな」

「俺たちからすると、そっちの方が羨ましいけどな」


 とにかく見る物見る物全てが目新しくて、キョロキョロしている間も舟はゆっくりと川下へ。やがて舟は横付けされ、ボランに促されて岸に降りる。階段を登って上の道に出ると目の前には大きな門と、その向こうに広大な敷地、そして大きな建物がいくつも建っているのが見えた。


「ここは?」

「王立の図書館に博物館、それに競技場や劇場なんかが集まってるんだ。文化の中心ってところかな。人が集まるから、当然周りには店も多いんだよ」


 敷地内には多くの人がいて、周りの店も賑わっている。ストランジェではこんなに多くの人を見たことがないし、田舎者だからちょっと酔っちゃいそう。圧倒されて呆然としていると、ボランが私の手を握って引っ張ってくれた。


「人が多いから、迷子になるなよ」

「あ、うん」


 大きな噴水の横を通って正面の立派な建物の中へ。信じられないぐらい太い柱が何本も並んでいて、天井がめちゃめちゃ高い。ストランジェの王宮が貧相に思えちゃうぐらいだわ。建物の中はとても広く、そこに絵画や工芸品、それにヴァネディアの歴史上重要な文化財が展示されていた。その中でも目を惹いたのが大きな国旗。ヴァネディアの国旗には大きな盾が描かれており、その中が四分割されていて、王冠、鷲、剣、龍の模様が描かれている。とても細かい刺繍が施されていて、それだけで芸術作品の様にも見える。


「すごく立派な国旗よね」

「これはヴァネディアができた、今から二百年ほど前に作られた物らしい」

「四つの紋章って何か意味があるの?」

「ヴァネディア、パローニ、スキャディー、ギャリアムの四大名家さ。元々その四つの家が国を作って、ヴァネディア家が王として全体を統治したのが始まりらしいぞ。他の家は他国からの防衛とか、今も重要な役割を担ってるからな」


 お母様の旧姓であるパローニ辺境伯家は実はすごい名家だったんだ! ヴァネディアと言う国名も、その四大名家の一つから来ていると聞いて納得。そこから博物館をゆっくり回って、その後は図書館へ。そこには今まで見たことがない量の本が所蔵されていて、目的の本を探すだけで一日掛かりそうだった。なるほど、これがヴァネディアの国力なのね。見た人は絶対圧倒されるもの。


 図書館を出て通りに戻る。ボランのオススメの店があるとのことだったので、そこで昼食を取ることになった。彼は貴族だからコース料理が出される高級店なのかと思ったら、大衆食堂の様な店。ささっと注文してくれて、あっという間にテーブルにお皿が並ぶ。


「おいしい!」

「美味いだろ? ここは俺のお気に入りで、時々きてるんだ」

「もっとお高い店に通ってるのかと思ってたわ」

「そう言うのは苦手なんだよ。堅苦しいだろ?」

「フフフ、そうね。私も苦手」


 二人でお喋りしながら美味しいご飯を頂く。お母様に見られたら怒られちゃうかな? でも彼は聞き上手で、ついつい色々と喋ってしまう。王宮での生活のことも気遣ってくれるし、しんどくなったら彼の屋敷で部屋を貸してくれるとまで言ってくれた。どこまで本気かは分からないけどね。お昼ご飯も奢ってもらっちゃった。


 昼食の後はまた馬車で移動して、店が多く集まっている通りへ。ここは丘の上に向けて坂道が続いていて、そんなに道は広くないけど両側に沢山の店が出ていた。店を覗いたり、お菓子を買ってもらったりしながら上へと歩いていくと、やがて展望台の様な場所に到着する。


「お前……息、全然切れてないな……」

「えー、この程度で息切らしてちゃ、高地では生きて行けないよ。ボランは運動不足ね」

「違いない、ちょっと……運動して体力付ける様にするよ」


 肩で息をしているボランとともに、王都が一望できる場所へ。こうやって見ると本当に広大よね。しかも建物がびっしり建っていて、一体どれぐらいの人が暮らしているのだろう。王都だけでストランジェ全体の人口より多いかも。


「キレイな街並みね。王宮も良く見える」

「だろ? ここは俺のお気に入りの場所なんだ。この平和な光景がいつまでも見られればいいと思ってるよ」

「そうね……あ、あそこは馬たちのいる草原ね。ほら、あそこ! ジンクが見える!」

「え!? どこに?」


 あそこよ、あそこ! と説明してもボランは見つけられない。確かに遠いけど、はっきり見えてるじゃない。もちろんプラティナや他の馬もいるわよ。皆、ゆっくり草を食んでいる。


「どんな視力してるんだよ!?」

「草原じゃかなり先まで見えないと危ないから、こんなの普通だよ」

 

 あれも見える、これも見えると言う話をしていると、ふと黒い筋が立ち昇っているのが目に入ってきた。


「煙?」

「ん? ああ、あれなら俺も見えるぞ。誰かが焚き火でもしてるのか? 結構黒い煙だけど……」

「あの場所は……」


 煙は王宮の敷地内で、馬たちがいる草原の場所から考えて、私が暮らしている家の辺り。厩舎が燃えてる!? そう思った瞬間、走り出していた。


「おい! どこに行くんだ!?」

「あれ、厩舎の方角なの! 急いで戻らないと!」

「戻るってどうやって!」


 辺りを見回すと、観光用の馬が三頭ほど繋がれていた。ここに来る時、坂道を登るのが大変な人を乗せて運んでたわね。その中で一番足の速そうな子を見極めて跨る。


「あ、ちょっと! 困ります!」

「ゴメン、とても急いでいるの。これで暫く貸してちょうだい。後で返しにくるから!」

 

 カバンから取り出した金貨を一枚、係員に投げて渡して走り出す。思った通り、しっかりした足取りの馬。


「協力してちょうだい。急いでるの」

「ヒヒィーーッ!」


 坂道を駆け降り、王宮までの道を急ぐ。私の願いに応えて、馬は風の様に速く駆けてくれた……とてもいい子。結構な距離があったけど、十五分ほどで王宮に到着できた。


「あ、テルル! お帰り……ってどうしたの?」

「説明は後よ。厩舎の方で火事なの!」

「えっ!?」


 門を通り過ぎながら大声でクロムに説明して、そのまま家の方へ。そこで見たものは…、激しく炎を巻き上げて燃える家と、その前に立ちはだかっている男性の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る