第14話 親睦会

「ご無沙汰しております、伯母様」

 

 王妃である伯母の部屋に挨拶に伺うと、ちょうど王女のアメリアも部屋の中にいた。


「まあ、ジーナさん! ごきげんよう」

「アメリア、お久しぶりね。あなたもアカデミーに入学すると聞いたわよ」

「はい。私も今年十五ですし、沢山の同年代の方々と交流しておくのも悪くないと思いまして」

「そうね。じゃあ、私とも同級生になるから、よろしくね」

「はい。ジーナさんが一緒だと心強いです」


 優しく微笑むアメリア。彼女はここ数年ですごくしっかりしてきたと思う。最初、養子として伯母の……王と王妃の元に来た時は暗い顔つきで、同い年と言う理由で私が彼女にあてがわれた。私に対しては一応愛想笑いをするもののどこか悲観した雰囲気で、よそよそしいと言うか……無理をしているのは分かっていた。


 ある日些細なことで口論になりそのことを注意すると、堰を切った様に泣き出したアメリア。嗚咽しながら本心を吐露した彼女と、一緒になって泣いたっけ。それから彼女とは良き友達……いえ、姉妹の様な付き合いが続いている。最初は王女である彼女に少し嫉妬もあったけど今はそんな感情はない。とても大切な存在なの。


 私自身は王妃の姪、公爵家の令嬢として周りから一目置かれる存在。その身分に恥じぬ様に振る舞う内に、いつしか自分にも他人にも厳しくなってしまって、『令嬢の鑑』などと言われる様になった。身分に恥じぬ様に振る舞うことこそが、公爵令嬢としての私のプライドでもある。伯母のことは嫌いではないが、裏であまり褒められたことではない所業をしていることは、とても嫌だった。見て見ぬ振りをして黙っている他なかったけど……


「それで、今日はどうしたのかしら、ジーナ」

「はい。私もアカデミーの寮に入りましたのでご挨拶を……それと、他の寮生たちとの交流の意味を込めて、王宮内で茶会を開くことをお許し頂きたいのですが」

「まあ! それはいいアイデアね。入学式まで時間に余裕もあるでしょうし、これから二年間を共にする仲間の顔も覚えられるでしょう。アメリア、あなたも参加してはいかがですか? あなたは乗馬が好きなのだから、馬にも乗れる様にしておけば皆楽しめるのではなくて?」

「それは素敵ですね、お母様! ジーナさん、私も参加させて頂いても?」

「ええ。乗馬できるのもなかなか面白そうだし、皆も喜ぶわ」


 茶会と乗馬会をミックスして行うなんて聞いたことがないが、アカデミーの入学者は貴族の令息・令嬢だけではないし、それに父兄が参加するわけでもない。ここは伯母様の提案通り、ちょっと趣向を凝らした親睦会をするのも楽しいかもしれない。


 アカデミーには貴族、商人、平民など身分の別け隔てなく国中から入学できる。まあ、最近は殆どが貴族で、入学することが一種のステータスの様になってしまっているけれど……それでも商人や平民の子たちも少しはいる。入学式直前の入寮となると遠方の者たちが困るので、一ヶ月前から新入生が受け入れられる。


 『アカデミーの学生に身分差なし』と言う方針はずっと守られているので、男性用と女性用で多少の差異はあれど寮の部屋はすべて同じ構造。私は両親から入寮せずに家から通うことを勧められたけれど、勉学に集中するために入寮することにした。家の屋敷に比べれば質素な部屋だけど、住むには悪くないわね。


 既にアカデミーの寮に入っている同級生たちに親睦会を通知する。私が公爵令嬢だからか、それとも皆暇を持て余していたからか、ほぼ全ての新入生が参加してくれることに。その数、およそ八十名。王宮内でも一番広い庭を使わせてもらうことにして準備を進める。馬はアメリアが準備してくれて、彼女の馬を含めて四頭を厩務員の女性が連れきた。随分彼女に懐いている様子だ。


 伯母様が貴族令嬢たちを無理やり厩務員として働かせる嫌がらせをしているのは有名な話。でも今回の彼女は馬の扱いにも慣れている様子で、貴族令嬢と言うわけではなさそう。アメリアとも仲良さげに話しているが、きっと馬のことで気が合うのだろう。厩務員の女性が去った後は中堅の兵士が馬に乗って現れ、どうやら彼が乗馬の手伝いをしてくれる様だ。


 参加者の半分ほどは乗馬用の服を着ていて、もう半分はドレスやタキシード。そんな彼らがあまり身分に拘らずに楽しそうにしているのは、主催者側としても嬉しい限りだ。私とアメリアは主催者として皆の元を訪れ、緊張を解すことも役目。私一人では相手にキツイ印象を与えてしまいそうだったけど、アメリアが隣でニコニコしてくれているので助かるわね。一通り挨拶を済ませるとアメリアは乗馬仲間と、私は他の生徒たちと集まってお喋り。国中から生徒が集まっていて、貴族だけはなく商人や平民出身の者もいる。どちらかと言うとそういう者たちの方こそ志が高い感じだわ。


 アメリアは他の生徒たちと一緒に乗馬を楽しみ、時には初心者であろう令嬢たちに丁寧にレクチャーをしていた。普通なら王女様にそんなことをさせるなんて恐れ多いのだろうけど、アメリアは人当たりが良いので皆すぐに馴染んでいる。これも彼女の人徳かしら? やがてアメリアは他の令嬢たちとテーブルを囲んでお喋りしだし、その後ろで少しドジそうな女子が四苦八苦しながら馬に跨っていて、遠目に見ていた私の方がハラハラする。隣で薄ら笑いをしている兵士も気になるが……そう思っていると、突然彼女が乗った馬がいななき、後ろ足だけで立ち上がる様な格好に。そして勢い良く走り出したではないか!


「キャーッ!!」


 振り落とされまいと背中に必死にしがみつく女子。馬はすごい勢いで走り、あっという間に会場を離れていってしまう。アメリアは口を手で押さえて呆然としてしまっていて、周りの生徒たちも同様。突然のことで皆対応どころではなかったが、それは私も同じ。唯一、その異変に対応できたのはアカデミーの生徒ではなかった。


「プラティナ!」


 誰かの掛け声とともにアメリアの白馬も走り出す。生け垣の隙間から飛び出した人影は近くのテーブルに飛び乗ると、そこから走ってきたアメリアの白馬に飛び移った。見事な手綱さばきで前方を走る暴れ馬を追いかけていく。二頭の馬が見えなくなって暫く、やがて二頭がゆっくりとこちらに向かって歩いて戻ってくるのが見えた。暴れた馬の方には生徒と、そして先程白馬に跨っていたはずの女性……それは馬たちを連れてきた厩務員の彼女だった。


 アメリアの元まで戻ると怯えていた女性をゆっくりと降ろし、自分も降りて馬たちをなだめている。


「あなた、大丈夫?」

「は、はい! 有り難うございます!」

「無事で何よりだわ。それより……」


 厩務員の女性はそのまま兵士の方に歩み寄って、何やら文句を言っていた。


「あんた! さっき剣の鞘で馬を叩いたわね! どういうつもりなの!」

「はあ!? 何を言ってやがる」

「ちょっと降りてきなさい。同じことが王女様の前でも言えるの?」

「うるさい! 貴様、誰に向かって口をきいている!」

「あなた、本当なのですか!?」


 言い争っている二人の元へアメリアも駆け寄り兵士を問いただすと、途端に歯切れが悪くなった。


「い、いえ、決してその様な……」

「この馬はお父様の馬。それにテルルさんが来てからはとても彼女に懐いていて、ちゃんと言うことも聞くのですよ。いきなりあの様に暴れだすなんてあり得ません。もう一度お聞きします、あなたがやったのですか?」

「も、申し訳ございません!」


 馬から飛び降りると片膝を付いて頭を下げた兵士。普段温厚なアメリアがかなり怒っていることに怖気づいたのだろう。私もその場に合流すると、少し震えている様にも見えた。


「これも伯母様のご指示ですか? 下手をすると王の馬も乗っていた女性も大事になっていたかもしれないのですよ!」

「い、いえ、これは王妃様の指示ではなく……」

「では、あなたが独断でやったのですね。私たち主催の会で、しかもアカデミーの生徒にこの様なことをすると言うことが、どういうことか分かっているのですか!」

「わ、私はその様なつもりは……」


 青ざめて震えている兵士。こんな小物が独断でこの様なことをするとは思えがないけど、私とアメリア主催の会を台無しにしたのだから許すわけにはいかない。追って沙汰があることを告げ、会はお開きとなった。その後私とアメリアで伯母様に抗議し、監督不行き届きでタンタールは減給処分、そして兵士はクビに。伯母様は対応を渋っていたけど、私たち二人から抗議されては対応しないわけにもいかなかった様子。タンタールも不服そうだったが、恐らく兵士に命令したのはタンタールだろうから、いい気味だわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る