第12話 王の隠し子

 あーあ、食堂への出入り、禁止されちゃったなあ。私を制止した兵士も気まずそうだったから、きっと上からの命令なんでしょうね。このまま行くと食材をもらうのも止められちゃうかも。それに厨房の人たちも色々と気を使ってくれて、気の毒なのよね。やっぱり食材は街に買いに行くことにしようか。その方が気兼ねないもの。


 今日はジンクと一緒に街へ。ジンクにはカーパーさんの店で待ってもらうことにして、一人で食料品店をハシゴする。保存が効かない生肉は無理なので、干し肉が中心。あとは野菜とチーズと……取り敢えずこれだけあれば一週間ぐらいは大丈夫かしら。ああ、あと調味料諸々も必要ね。こうやって食材を集めていると、遊牧に同行したときを思い出すなあ。ストランジェでも王宮にいると料理なんてする機会はなかったけど、遊牧に行くと料理は当番制。だから私もそこで料理を色々と教えてもらった。十三歳から毎年数ヶ月は遊牧に出かけていたので、今では料理の腕もなかなかのものよ。


 大量の荷物を両手に持って歩いていると、後ろから声をかけられた。


「テルル! 今日は随分と大荷物だな」

 

 振り返るとボランがいて、相変わらず遊び人の様な風貌だ。


「今日は買い出しなの。一週間分となると結構な量になっちゃって」

「そんなに!? 街に住んでるんじゃないのか?」

「私は王宮の敷地内に住んでるのよ。色々あってね」


 荷物を半分持ってくれると言うので渡すと、重さで一瞬よろけるボラン。そんなに重くないはずだけど。


「よくこんな重い物を持って歩いてたな。これ、どこまで持っていくんだ?」

「カーパーさんの店まで。馬を停めてあるから」

「オーケー」


 世間話をしながら店まで歩く。店に着くとカーパーさんが出てきて、ボランの顔を見て一瞬固まっていた。ああ、そう言えばボランは王の隠し子って言ってたっけ。


「こ、これはマグネス様。今日はどういった御用で?」

「私の荷物を持ってくれたの。あ、そうだ。折角だからお茶でも飲んでいかない? カーパーさん、場所をお借りしてもいいかしら?」

「ま、まあ構わないが……」


 ボランにも中に入ってもらって荷物を一旦置く。と、グイッとカーパーさんに腕を引っ張られた。


「おい、マグネス家の御曹司を連れてくるなんて、どういうつもりだ!?」

「別にどういうつもりでもないけど……ボランは悪い人じゃないわよ」

「そうかもしれないが、あまり関わらない方が無難だぞ」

「会うのは今日で二回目よ。前回も助けてもらったし、お礼しなきゃ」


 商人の勘なのか、カーパーさんはボランを警戒しているみたいだけど本当に王の隠し子と決まったわけでもないし、お礼はちゃんとしたいのよね。まあ、隠し子だからどうってこともないんだけど。


 なぜかカーパーさんも一緒にお茶することになって、今しがた街で買ってきたお菓子を一緒に出してもらう。食料品に関してはストランジェと大差ないんだけど、お菓子に関しては断然こちらの方が美味しいし種類も豊富。これは貴族文化だからこそかしら。


「テルルはカーパー氏と知り合いなのか?」

「私はストランジェ出身なんだけど、親がカーパーさんと知り合いでね。色々と面倒を見てもらってるの」

「そうなのか。王宮の敷地内にいるって言ってたけど、使用人かなにかなのか?」

「馬の世話をね。家まで貸してもらっちゃって」


 そう言うと、ボランの動きが一瞬止まった。どうやら、『馬の世話』と言うのが王妃の嫌がらせ手段であることを知っている様子。


「王宮では良くしてもらっている?」

「ええ。兵士の知り合いも、使用人の人たちも皆良くしてくれるわよ。王女様とも仲良くなったし」

「そうか……まあ、テルルが楽しいならそれでいいんだけど」

「そ、それよりマグネス様、母君はお元気ですか?」


 話を逸らす様にカーパーさん。


「ああ、母は病弱な方だけど、最近は調子がいいみたいでね。時々一緒に出かけたりしているよ。こちらの店の商品も良く使わせてもらっている。母はストランジェの陶器がお気に入りだからな」

「そ、それは有り難うございます」

「ねえ……」

「ん?」

「ボランはさあ、王の隠し子なの?」

「!?」


 気になって質問すると、カーパーさんは紅茶を噴き出しそうになり、その後頭を抱えていた。ボランは驚いた顔をした後、吹き出して笑い出す。


「ハハハハ、こんなにストレートに聞いてきたのはテルルが初めてだ!」

「えー、だって気になるじゃない。あなただってコソコソ言われるのは嫌でしょう?」

「その通りだな……そうさ、俺の父親はこの国の王、ラザフォーだ」


 彼の母親は男爵家の令嬢で、あまり裕福ではなかったので王宮で王妃の側仕えとして働いていたそうだ。そんな彼女に王が手を出し、生まれたのがボランらしい。


「本来なら母は第二王妃として、俺は王子として王宮に迎えられるはずだったけど、王妃がそれを許さなかったそうだ。それなりの金をもらって王位継承権は破棄したって訳さ」

「へぇ」

「……」


 驚くでもなく感心しただけだったからか、ボランはポカンとしていた。まあ、私も一応これで王女だし、王族云々の話なんてあんまり興味ないし。ただボランがどういう人かには興味があったから聞いてみたんだけど。


「テルルは貴族相手でも王族相手でも、全く変わらないんだな」

「あんまりそういうの興味ないからなあ。あなたがいい人だってことは分かってるから、それでいいかなって」

「ハハハ、お前、面白いな!」


 ボランも私のことを気に入ってくれた様で、そこからは会話も弾む。最初は遠慮気味だったカーパーさんも次第に言葉数が多くなって、三人でのお喋りはとても盛り上がった。彼は遊び人風だけど喋ってみるととても知的で、自国だけではなく他国の情勢なども把握している。私よりもむしろカーパーさんと話が合っていたわね。隠し子であることを負い目に感じている様子もなく、母親や祖父母のことをとても大切にしている好青年だった。ただ、王と王妃は嫌いなんだそう。


「俺たちを追い出したからじゃない。あの二人は政には向いてないんだよ。王は地方をほったらかしだし、王妃は王宮に固執しすぎる」

「確かにそうだな。国内からも国外からも良い評判は聞かない。このまま行けば近い将来、この平和も脅かされかねないだろうな。どうです、ボラン様。あなたが王位を奪ってみては」

「フフッ、俺じゃ役者不足さ。経験もコネもないからな」


 でも、人柄や性格は王に向いている気はするわね。お母様と同じ、何かを企んでる雰囲気があるもの。街中をブラブラして燻っているのはちょっともったいないかな。


 その後、ボランもジンクに荷物を積むのを手伝ってくれて、私は王宮へと戻ることに。ジンクの大きさには流石にびっくりしてたわね。折角仲良くなったからと、今度王都内を色々と案内してくれるそうなのでまた会う約束をして、カーパーさんの店を後にした。

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