第11話 嫌がらせ

 テルルの家の薪、あれは兵長の命令で数名の兵士が撤去したもの。僕はその場にいなかったけど、あんな嫌がらせをするなんて……これも王妃の命令なのだろうか。今はまだ九月で寒くはないから薪もそこまで必要ないけど、料理をしたり風呂を沸かしたりするには薪がいる。女性が薪を準備するのは重労働だし、僕だって薪割りなんてしたことがない。手伝って上げたいのはやまやまだけど……食堂で使用人やメイドの皆に聞いてみたけど、余ってる薪はないとのこと。兵士たちは一体どこに薪を持っていってしまったのだろう。


 テルルがどうしてるかと思って朝から彼女の家に行ってみると馬たちはもう放牧されていて、家の裏手からはカコーン、カコーンと小気味いい音が響いてきている。音の方へ歩を進めると、そこでは斧を振りかざして丸太を次々に割っているテルルの姿が。


「おはよう、テルル」

「クロム! おはよー」

「薪……随分割ったね!」

「ストランジェでは普通にやってたからね、これぐらい何でもないわよ。クロムもやってみる?」

「じゃ、じゃあ、ちょっとやってみようかな」


 斧を借りると、思っていたよりもずっと重い。振り上げると重みでフラフラして、丸太にめがけて振り下ろすことすら難しいほど。丸太に当たってもテルルの様にキレイに割れることはなく、手に振動が伝わってきて痛いぐらいだった。


「どうしてあんなにキレイに割れるの!?」

「フフフ、慣れてないとなかなか難しいでしょう? 力で割ろうとしても割れないのよ」


 斧を返すと彼女はまた黙々と丸太を割り始め、三十分と経たない内に大量の薪が。薪を運ぶ手伝いは僕でもできるので、率先して運んで積み上げる。薪がなくなったことを心配していたけど、テルルには全然ダメージになってなかった様子。兵長が知ったら機嫌が悪くなりそうだけど、僕的には安心したよ。


 それから数日経ったある日。先輩兵士がコソコソと厩舎の方から戻ってきたのを目撃した。何やら兵長に報告している様子。兵長が意地悪な笑みを浮かべているところを見ると、絶対また何か嫌がらせをしたに違いない。テルルに知らせないと……と思ったけど、彼女は確か街に出かけていたはず。彼女がいない間を狙って何かするとは、なんて卑怯なんだ!


 ソワソワしながら門のところでテルルが帰ってくるのを待っていると、彼女を背に乗せたジンクが悠々と歩いてくる。


「テルル!」

「どうしたの、慌てて。お出迎えなんて必要ないのに」

「そうじゃなくて……」


 彼女に話していると、兵長が寄ってきた。


「おい、お前! 馬の世話をしているそうだな。ちゃんと世話できているか俺が見てやる」

「あなたの馬じゃないと思いますけど」

「うるさい! 俺は王妃様からあの厩舎のことも任されているんだ!」

「そうなんですか? じゃあ、一緒に行きましょうか」


 『お前も来い』と兵長に言われてしまって、仕方なく一緒に厩舎へと向かう。厩舎が近くなってくると兵長は小走りになり、誰よりも早く厩舎に入っていった。


「おい! 馬がいないじゃないか!」

「えー、私が行くときはちゃんといましたよ」

「嘘をつくな! これを見てみろ!」


 もう、『自分が命令して、逃しました』と言わんばかりの意地悪な表情で、空になった厩舎を指差す兵長。


「王様や王妃様の大事な馬なんだぞ。どうしてくれる!」

「馬を大事にしているのは王女様だけですけどね……まあ、ここにいなくても居場所は分かってますから」

「適当なことを言うな!」

 

 そう言って怒鳴ってる兵長を尻目に、テルルは厩舎から出ていって、草原の手前で止まると指笛を吹いた。


「ピィーーーッ!」


 甲高い澄んだ音が辺りにこだまする。暫く何の変化もなかったが、やがて草原の向こうの方から馬の姿が四頭並んでこちらに駆け寄ってきているが分かる。その姿はどんどん大きくなって、やがてテルルを取り囲む様にして彼女にじゃれ始めた。


「おかえり。誰かが放牧してくれたのね。楽しかった?」

「ブルルルッ」


 彼女の問いかけに嬉しそうに答えた馬たちは、彼女について厩舎に戻っていく。暫くして、呆然としている兵長のもとにテルルだけ戻ってきた。


「で、何か用なんでしたっけ? ああ、馬を確認するんでしたか? 今、見ましたよね?」

「……」

「じゃあ、私はこれで。クロム、一緒にお茶でもどう? 兵長さんもお茶、飲みますか?」

「いらん!」


 あからさまに悔しそうな兵長は、何かブツブツ言いながら早足で帰っていった。恐らく、馬を逃せばその責任をテルルに押し付けられるとでも思っていたのだろう。しかしテルルと馬たちには全く無意味だった様子……僕が初めて彼女に会った日に、馬のリーダーは自分だと言って笑った彼女の言葉を思い出していた。


 また別の日。厩舎の掃除を少し手伝ってから一緒に食堂へ。夕飯はテルルと一緒に食べることがすっかり定着してしまったな。もっとも彼女は食堂の人気者で、いつも彼女の周りには使用人やメイド、それに僕を含めた下っ端兵士が集まっていたけど。今日も食堂へ向かっていると、入り口に先輩兵士が立っていて、入ろうとすると止められてしまった。


「な、なんですか!?」

「お前はいいが、そっちの女はダメだ」

「えっ! なんでですか!?」

「それは……どうしても、だ!」


 ちょっとバツの悪そうな顔で視線を逸らす先輩。僕が食い下がろうとすると、テルルに制されてしまった。


「ダメなら仕方ないわね。クロムだけ食べてきてよ。私は食材もらって自分で作るからさ。食材をもらうぐらいはいいんですよね?」

「ま、まあ、それは問題ない……と思う」


 どうせ兵長の思い付きなのだろう。先輩もきっとこんな役はやりたくないのだろうけど、兵長には逆らえない。仕方なく一人で中に入るといつもと違って暗い雰囲気で、兵士たちは下を向いて黙々と食事していた。厨房の方に回ったテルルが料理人たちと話している声が聞こえる。皆一応に心配そうだけど当のテルルはケロッとしていて、食材をもらったことに丁寧にお礼を言っていた。


「ちょっとクロム! どうなってるんだい!? なんで兵士たちはテルルにそんな意地悪するんだい」

「すみません、きっと兵長の命令です。兵長には逆らえないから……」

「あんな可愛い娘を苛めて何が楽しいんだい! そこまでやる意味が全く分からないよ!」


 年長の使用人女性はご立腹で、王女様にいいつけてやると息巻いていた。確かに馬の世話をしているだけのテルルに、ここまでやるのは異常とも言える。しかしテルルが全く怯んでないことで、兵長も意地になっているのかもしれない。


「何とかなんないのかい?」

「僕たちでは兵長に意見できなくて……すみません」

「まったく、頼りない兵士ばっかりだよ。あんたたちもあの子を苛めるために兵士やってるわけじゃないだろうに」


 本当に情けないと自分でも思う。きっと俯いている兵士たちは皆同じ気持ちなんだろう。テルルだけは平気な顔をしていたけど、僕たちのことを怒ってないだろうか。それにしても兵長の……いや、その背後にいるであろう王妃の嫌がらせとは、ここまで執拗なものなんだ。そりゃあの家に住む人が次々入れ替わって当たり前だよ。テルルは良くもっている方だけど、このまま嫌がらせが続いたらいくら彼女でもキツイだろうな。僕もなんとか彼女の力になってあげないと。

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