第10話 裏路地にて

 ヴァネディアに来て一週間が経ったけど、王宮での暮らしは快適ね。家までもらっちゃってジンクともずっと一緒にいれるし、お世話をしている他の馬たちもすごく賢い。食料は提供してもらえるし食堂も使わせてもらえるから困らないけど、流石にその他の日用品は必要になってきたわね。服も新しいものが欲しくなってきたので、街に買い出しに行くことに。


 とは言ってもどこにどんな店があるか知らないので、一旦カーパーさんの店に寄る。今日もカーパーさんはたまたま店にいて、どうやら彼とは縁がある様だわ。


「王宮での生活はどうだい? ……その格好で生活しているのか?」

「敷地内にある家を貸してもらえて、すごくゆったり過ごさせてもらってるわ。流石潤ってる国の王様は太っ腹よね」

「そうか、不自由なく暮せているなら安心だが、日用品は使用人にでも言えば揃えてくれるんじゃ?」

「自分の物は自分で用意したいのよね。こっちでもストランジェ産の物が色々買えるみたいだし、お店を紹介して欲しいんだけど……ここで買える物はここで揃えようかな」

「殆どここで揃うが、他の店も見てくるといい。王都内には色々店があるからな。地図があるから持っていっていいぞ」

「有り難う!」


 服飾店や靴屋、紅茶の茶葉を売っている店や食料品店、本当に沢山の店があるわね! ストランジェと違って『貴族向けの店』や『庶民向けの店』が別れているからか、数も多い。もちろん、私が行きたいのは『庶民向けの店』だけどね。


 色々歩き回って、見て回って。本当に楽しくてついつい沢山買物をしてしまった。抱えて帰れるぐらいの量ではあるけれど、こんなことならジンクと一緒にくるんだったなあ。調味料や小麦などもいい物が手に入ったから、今度アメリア王女が来る時にクッキーでも焼いてみようかな。そんなことを考えながら歩いていると、来たときには通った覚えのない風景。あれ? 道に迷った? どうやら細い路地に入り込んでしまったみたい。


 まだ昼だけど路地は暗くて、日が当たらないからか少しジメジメしてる様に感じる。薄汚れた服を着た子供たちが走り回っていて、何をしているのか壁に寄りかかったりうずくまったり……目的の分からない大人の姿も目に付いた。しばらく彷徨っている内に、ガラの悪そうな数人の男たちの視線がこちらに向けられているのに気付く。少し歩調を速めて建物の角を曲がると、目の前にいやらしい笑みをたたえた二人の男。


「……」


 クルッと背を向けて元来た方に戻ろうとすると、背後には先程こちらを見ていた三人の男たち。こちらもニヤニヤ笑っている。


「お嬢ちゃん、道に迷ったのかい? その荷物を置いていけば、大通りまで連れていってやってもいいぜ」

「ああ、あと有り金もな!」

「俺たちに付き合ってくれてもいいんだぜ」


 男たちの間に汚い笑い声が起こる。こっちはちっとも楽しくない。別に怖くもないけど。


「で、どうするんだい、嬢ちゃん!」


 一番下っ端っぽい男が、私の荷物に手を伸ばそうとする。ちょっと、汚い手で触らないでよ! 反射的に相手の手を掴んで軽くひねると、相手の体がキレイに回転して一瞬宙に舞う。


「グハッ……」


 ドーンと男が地面に背中を打ち付ける音の後にうめき声。全員が一瞬怯んだけど、すぐに皆顔つきが真剣になった。ジリジリと私との間合いを詰めようとしている。あー、荷物があるから戦いにくいなあ。仕方ないので足で間合いを測りつつ、最初に相手する男を見定める。と、不意に路地の奥の方から声が。


「お前たち、何をしている!」


 その怒号にも似た叫びに男たちの視線は一斉にそちらに向いた。チャンス! 相手の股間をめがけて蹴りを……と思っていると、声の持ち主が男たちの間をすり抜け、


「走れ!」


と言って私の手を引く。バランスを崩しそうになりながらも彼に付いて走り出すと残された男たちはポカンとしていたが、やがて状況を理解した様だ。


「待ちやがれ!」


 後ろから声が聞こえてくるが私たちとの距離が縮まることはなく、暫く走り続けると大通りに出ていた。もうここまでは追ってこないだろう。


「ハァ、ハァ……大丈夫か?」

「有り難う。助かったわ」


 相手は肩で息をしながら膝に手を付いてしんどそうだ。結構な距離を全速で走ったものね、私は全然平気だったけど。苦しそうに笑いながらこちらを見た少年? 青年? は金髪で青い瞳の美男子。貴族の御曹司かな?


「最近、あの辺りは治安が悪いから近寄らない方がいいぜ。王都内でもあの辺りは貧困者が多いんだ」

「そうなんだ。王都全体が豊かなわけではないのね」

「地方の出身か? ……あれだけ走ったのに息が切れないんだな」

「私はストランジェの出身で、高地で生活してたからかな。私はテルル。あなたは?」

「俺はボラン・マグネス。貧乏貴族の長男だよ」


 貴族でも位が低いと貧乏なのかな。この王都は全体が豊かな暮らしをしているものだと思っていたけれど、貴族も庶民も貧しい者はいるみたいだ。王宮にいるとあまり分からなかったけどなあ。


「とにかく、ウロウロするなら大通りの近くだけにしておけよ」

「分かったわ。はい、これはお礼」


 荷物の中に入っていたリンゴを一つ手渡すと、驚いた様な顔をした後ひと噛りして、笑いながらその場を去っていったボラン。貴族の人間はもっととっつきにくい人ばかりかと思っていたけど、彼みたいな人もいるんだ。


 帰りにもう一度カーパーさんの店に寄って、さっきあったことを話す。路地裏は危ないから近寄ってはいけないとちょっと怒られちゃったけど、ボランの名前を聞くと驚いた様子。


「マグネス家のご子息か……」

「知ってるの?」

「マグネス家のご婦人は未婚なので彼は私生児ってことになってるが、どうやらお相手はこの国の王らしいってもっぱらの噂だ」

「へぇ。じゃあ、王位継承権とかあるんじゃないの? この国の王族も大変ね」

「王女様は王弟殿下のところからの養子だし、彼女には双子の兄もいる。次期王位継承となると、これは揉めるだろうな。あの王妃が黙っていないだろうし」

「ストランジェは弟のネオがいるから安泰かなー。私は誰かと結婚してひっそり暮せばいいんだから」


 そう言ったらカーパーさんは意味ありげにニヤリと笑った。私がかき回すとでも思ってる!? 流石に可愛い弟相手にそんなことしませんからね! その後暫くカーパーさんとお喋りしてから王宮に戻る。門番の兵士にも顔を覚えてもらって、軽く挨拶するだけで通してもらえる様になったわね。何人かの兵士が私の顔を見て気まずそうにしてたのが気になったけど……


 馬たちを少しの間だけ放牧。王女様の馬、プラティナ以外の子もすごく懐いてくれて、ジンク同様スキンシップする。私が来てから毛艶も良くなったし、穏やかになったかな。満足しながら家に戻ってみると、壁際がなんとなく寂しい感じがする。あれ? なんか景色が違う様な……なんだろう? 間違い探しをしている様な感覚でしばし家を見つめていると、クロムが息を切らしながら走ってきた。


「ハァ、ハァ……テルル、大丈夫!?」

「私は大丈夫なんだけどね、何か家が寂しい様な……」

「薪だよ! 薪がなくなってるんだよ!」

「ああ! ほんとだ!」


 言われてみれば、家の壁に沿って積んであった薪が、ほんの少しだけ残してキレイに撤去されていた。一体誰が? と言う疑問より、これだけキレイに撤去されると気が付かないものなんだ、と言う感心の方が強い。クロムの話によると、私がいない間に兵長の命令で数人の兵士が薪をどこかに運んでいったらしい。


「ゴメン、僕が止められたら良かったんだけど……王宮の方で分けてもらえないか聞いてみるから!」

「ああ、大丈夫、大丈夫。丸太はまだ裏に積んであるし、薪割りすれば済む話でしょ? 今日の分はそこにあるだけで足りるから」

「薪割りなんて……テルルはできるの?」

「もちろん!」

 

 不安そうなクロムを大丈夫だと説得して、一緒に食堂へ夕飯を食べに行くことに。それにしてもこの家の薪まで持っていくなんて、よほど沢山火を焚かないとダメだったのね。アカデミーに入学する人たちが王宮に来ているみたいだし、普段よりも薪が多く必要なんだわ。よし、明日は頑張って薪割りに勤しむわよ!

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