第9話 宿敵

 厩舎横の小さく粗末な家。そこにストランジェから少女がやってきて住み着いたらしい。そう指示したのは私だが、どうも当初想像していたのとは違っている様子。


「タンタール、例の件はどうなっていますか?」

「はっ、ご指示通り、厩舎横の家に案内しております」


 兵長のタンタールがいつもの様にかしこまって回答した。そこまでは良かったのだけれど……


「それで、ストランジェの王女はどんな様子でしたか?」

「それが……やってきたのはどう見ても平民の様でして……」


 彼の話によればやってきたのは町娘風の少女で、巨大な馬に乗って現れたらしい。厩舎横に連れていっても特に困惑する様子もなく、それどころか率先して馬の世話をしているそう。アメリアからも『馬の世話をしてくれている少女』の話を聞いていたけれど、どうやら王女ではない別の女性がやってきた様だ。流石はフランシア、一筋縄ではいかないわね。別の少女を代理でよこすなんて。こちらのことも調べている様ね。


「今後どう致しましょうか。兵士たちは馬の世話をしなくて済むと喜んでいるのですが……」

「最低限の生活はできる様にして、せいぜいただ働きさせればいいわ。後は任せます」

「はっ!」


 何年経ってもフランシアは曲者だ。王妃の座を横取りして『勝った』と思ったのに、彼女もちゃっかり隣国の王妃に収まっていた。ラザフォーは無関心だけど、トーリが彼女と結婚して王となってからストランジェは発展し、とても安定していると聞く。商業的にも成功していて、この国でもここ数年でストランジェ産の物が一気に増えた。今の所彼女がこちらにちょっかいを出してくる様子はないけれど、『ヴァネディアの至宝』とまで言われた才女だ、何を企んでいるか分かったものではない。


 フランシアは確かに天才だった。アカデミーでの成績は常にトップで、議論の場では生徒はもちろん教師ですら彼女には敵わないほどだったから。『才色兼備』とはまさに彼女のためにある様な言葉で、辺境伯家の令嬢であるにもかかわらず先代の王の覚えも良く、しかもラザフォーの婚約者。そんな彼女に私は嫉妬することしかできなかった。


 しかし、チャンスはアカデミーの二年生になった頃に突然やってきた。ラザフォーが疲れた様子で一人ため息をついている所に居合わせたのだ。私はアカデミーに入学する以前から王子であるラザフォーに恋心を抱いていたので、そのチャンスを逃すまいと飛び付いた。


「どうされたのですか、ラザフォー様」

「ルティーシャか。どうもこうもない、アカデミーは息が詰まってな」


 聞けばフランシアと顔を合わせれば注意される状況で、アカデミーにいる間は気が休まらないのだと彼は嘆いていた。そんな彼の話を聞き、世間話などをして談笑している内に私の中にある企みが芽生えた……私なら、彼にもっと優しくできる。ラザフォーにふさわしいのは……将来の王妃は私だ!


 それからはフランシアと衝突することが増えたが、正論をぶつけてくる彼女にいつも言い負けていたし、それはラザフォーも同じ。しかし、そうこうしている内に彼との間に仲間意識の様なものが芽生え、私たちは度々隠れて会う様になった。そして最後の最後、卒業パーティーの日にラザフォーはフランシアに婚約破棄を言い渡し、私を選んでくれた。あの時の爽快感と言ったらなかったわ。今までずっと私たちが苦渋を味わってきたのだから、当然の結果だと思った。流石の彼女もあんな結果になるとは思っていなかったのか、泣いて会場を去っていったのだからいい気味だ。


 しかし現在彼女は隣国で幸せそうに暮らしていて、それが腹立たしい。私の恨みはまだ消えていないし、何とか更なる仕返しを……と思いついたのが娘の王女に対する嫌がらせ。だが、これは失敗に終わってしまった。やってきた少女が何者かは知らないが、せいぜいタンタールから嫌がらせを受けるといい。そうすれば私の気分も少しは晴れようと言うものだ。


 彼女から勝ち取った王妃と言う座には満足している。王は……この国の統治者はもちろんラザフォーだけど、色々なことで私の意見も尊重される。ラザフォーは若干王座に退屈している風で何事も面倒くさそうだけど、それもこの国が平和だからこそだろう。彼がそんなだから、王宮内では私がトップと言っても過言ではない。私はこの立場を手放すつもりはないし、これからもずっとここで権力を持ち続けていきたいと考えている。息子がいないので跡取りに関しては若干不安もあるが、養女のアメリアがいるので傀儡となる男性をあてがって王とすれば問題ないだろう。隣国のフランシアが何かちょっかいを出してくるとは思えないけど……私の立場を脅かす者は必ず排除する。それが私の覚悟だ。

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