第8話 王女と馬

 今日は天気がいい。少し前までこんな日は暑くて外に出るのは勇気がいったけど、漸く暖かな日差しが心地良い季節となってきたわね。最近行けていなかったから今日は馬に乗りにいこう……私の馬、プラティナに早く会いたいわ。


「アメリア、乗馬に行くのですか?」

「はい、お母様。今日は気候もちょうど良いので」

「気を付けてお行きなさい。昼食までには戻るのですよ」

「はい」


 最近乗馬をしていなかったのには、気候以外にも理由がある。プラティナがいる厩舎には以前はちゃんとした厩務員がいたけれどいつの間にかクビになって、そして馬の世話などしたことがない様な令嬢が厩務員としてあてがわれていた。そんなことが続いたので、気の毒になって段々と厩舎に行きづらくなったのだ。厩務員をクビにしたり、令嬢をそんな所に住まわせたりしているのはお母様だ。気に食わない貴族や商人がいると、なんだかんだ理由を付けてその家族を呼び寄せ、嫌がらせのために厩舎の横に住まわせる。この国の王妃であるお母様に逆らえる者なんていないから、その嫌がらせをされた相手は泣き寝入りをするしかないのだろうけど……私はそんなお母様の子供であることが恥ずかしかった。


 私はお父様とお母様の本当の子供ではない。十歳の時に養子として、お父様の弟の家から迎えられた。『迎えられた』と言えば聞こえはいいけど、立場の強い王と王妃の要望により、半ば強引に連れてこられたのだ。本当のお父様とお母様は涙ながらに私に謝っていたのを覚えている。私も両親と双子の兄から離れるのが嫌で大泣きしたっけ。王宮に来て暫くは本当にここでの生活が嫌で逃げ出すことばかり考えていたけど、そんな時にある方が勇気と希望をくださった。だから、私はその方の言葉を信じて表面上は王女として振る舞うことに決めたの。王や王妃とも『仮の親子』として上手くやれている。

 

 久しぶりの厩舎。どこかの令嬢が馬の世話をさせられているかと思うと少し気が重いけど、プラティナにもたまには会いたいし仕方がない。そんなことを考えながら建物の中に入ってみると、馬たちはいなかった。もしかして、知らない間にどこかに連れていかれた!? 慌てて外に出て辺りを見回すと、草原の方でのんびり草を食んでいる馬たちの姿。その内の一頭は他の馬と比べて明らかに巨大で角まで生えていて、一瞬遠近感がおかしいのかと思ってしまうほど。その巨大な馬の近く、木陰に座って本を読んでいる女性がいた。巨大なホーン種は少し怖いけど、恐る恐る近寄って彼女に声をかける。


「あの……よろしいかしら?」

「あ、はい。なんでしょう」

「馬に乗りたいのだけれど、あなたにお願いすれば準備して頂けますか?」

「もちろん。えーっと、あなたは王女様ですよね? じゃあ、あの子ね」


 そう言うと彼女は私の馬、プラティナの名を呼んだ。美しい白馬で、光の加減で毛並みがキラキラ光る。これほど美しい白馬は、この子以外に見たことがない。気性もとても穏やかで、背中に乗るといつもこちらを気遣って歩いたり走ったりしてくれる、とても頭のいい馬だ。ひょっとしてろくに手入れもしてもらってないのでは、と心配だったけど、いつも以上に美しい毛並みで輝いて見える。きっと彼女がきっちり世話をしてくれているのね。


 彼女に準備をしてもらってプラティナに跨る。いつもの様に王宮を一周する小道を歩き始めると、プラティナからは嬉しさが伝わってくる気がした。時々話しかけながら久しぶりに乗れたことの喜びを噛みしめる……厩務員のあの女性にも感謝しなければ。


 プラティナとの充実した時間を満喫して戻ってくると、ちょうど他の馬たちも草原から戻ってくるところだった。先頭には厩務員の女性。そしてそれに付き従う様に戻ってくる馬たち。私が降りるとプラティナも彼女の元へと自然と戻っていく。手慣れた様子で馬具を取り外し、軽くブラッシングしたり水を与えたり。プラティナも喜んでいる様子で、きっと私なんかより彼女はプラティナのことを良く分かっているんだと思う。


「有り難う。あなたのお陰でプラティナもとても楽しそうに歩いてくれました」

「それは良かったです。いい子ですよね、とても素直で思いやりがあって。王女様に似たのかしら?」

「私はそんな……あの、あなたは厩務員としてここに来られたのですか? つらくはないですか?」

「まあ、そんなところです。家まで準備してもらって、快適に暮らしてますよ。そうだ、お時間があるならお茶でもいかがですか?」

「ええ、是非」


 以前から厩舎の横にある家の中はどうなっているのか気にはなっていたけれど、狭いながらも中はキレイに整理されていて、あまり物は置かれてない。彼女が淹れてくれた紅茶は少し変わった味がしたけど、私にとってそれは懐かしい味でもあった。


「これは……ストランジェの紅茶ですね。懐かしい味がします」

「はい、私はストランジェから来たので。そうだ、まだ名乗ってませんでしたね。私のことはテルルと呼んでください」

「あなたの馬を見て、そうじゃないかと思っていました。ストランジェのホーン種は大きく力強いと聞いておりましたので。これほど間近で見たのは初めてでしたが」

「王女様はストランジェに行かれたことが? この紅茶が懐かしいと言われましたが」

「いえ、以前同じものを頂いたことがあって」


 それは私に希望をくれた方とお会いした時。その方はストランジェ王国の王妃であるフランシア様で、本当のお父様とお母様のお知り合いだった。お忍びで王都に来られた際に泊まっておられた屋敷に私を呼んでくださって、そして本当のお父様とお母様、兄からの手紙を手渡された。それを読んで泣き崩れた私を抱きしめ、『私があなたの家族を取り戻して上げましょう』と言ってくださったのだ。だから成人するまで我慢しろとも。そして私は今年十五歳で成人する。フランシア様がどうやって家族を取り戻してくれるのか、そこまでは分からないけど……その瞬間が近付いてきているのは感じていた。王妃様は必ず約束を守ってくれると言う確信があった。


 そんな話をテルルさんにすると、彼女はニコニコしながら聞いてくれる。普通なら『そんなことできっこない』と思われても仕方ない話だけど……


「こんな話、夢物語かしら?」

「いいえ、王妃様がすごい方なのはストランジェでも有名な話です。彼女ならきっと成し得ると思いますよ」

「そうですね。私も詳しくは知りませんが、かつてはヴァネディアの至宝とまで言われたお方。王のかつての婚約者だったとも聞いいております。私に希望の光をくださった恩人ですから、最後までフランシア様を信じてみようと思います」


 その後、昼食の時間の直前までテルルさんとお喋りを楽しみ、彼女の家を後にする。こんなに沢山、心置きなく喋ったのは何年ぶりだろう。別れてから、余計なことまで喋ってしまったと少し後悔したけれど、彼女はきっと言いふらしたりはしない。すごく自然体で話したり聞いたりしてくれるので、テルルさん相手だとついつい自分の気持ちなども喋ってしまうのよ。


 テルルさんは『いつでも来てください』と言ってくれたから、これからはもっと頻繁にプラティナに会いに行こうと思う。そしてその後でテルルさんとお喋りする楽しみも増えたわね。彼女の身分は分からないけど、初めて同年代のお友達と呼べる相手ができてとても嬉しいわ。

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