第5話 王都

「テルル、私が同行できるのはここまでだ。どうか気を付けて」

「有り難う、マリーダ。ここからお祖父様たちのいる街まではすぐだし、王都まではまた誰かに送ってもらうから。マリーダも気を付けて王宮に戻ってね」

「ああ、では!」


 ニカールを出て、ストランジェとヴァネディアの国境まで半日ほど。二つの国は友好国だから、砦に作られた大きな門をくぐることで出国と入国が同時に行える。そこにはマリーダの知り合いの衛兵もいて、難なく通してもらえることになった。ただ、私はここでも王女だとは認識されてない様子。まあ、そっちの方が好都合だけどね。


 マリーダとハグをして別れを惜しむ。別れ際に『お母様に渡して』と言って手紙を託した。彼女からだとゴールドさんのことをお母様に伝えにくいだろうから、ちょっとだけお節介を焼かせてね。


 国境を越えてジンクを走らせること十五分、大きな街が見えてくる。ここは何度か来たことがある街で、前回来たのは五年ほど前。ヴァネディアのパローニ辺境伯の領地……つまり、お祖父様が領主の街だ。ホーン種であるジンクはここでは珍しい存在で街行く人々が驚いた様に私たちを見ていたが、お構いなしに大通りを走り抜ける。その先にある大きな屋敷の前まで行くと、案の定衛兵に止められた。


「止まれ、娘! ここは領主様のお屋敷だぞ!」

「領主様にお会いしたいんだけど、これを渡してもらえるかしら?」


 明らかにこちらを警戒している様子の衛兵に手紙を渡すと、一人の衛兵がそれを持って屋敷の中に走っていった。暫くすると、その衛兵よりも早く初老の男性が屋敷から駆け出してくる。


「テルル! テルルなのか!?」

「お祖父様! ご無沙汰しております!」


 挨拶もそこそこにお祖父様に抱きしめられる。衛兵はびっくりした様子でただただ見つめるばかり。お祖父様から私の身分を聞かされると、二人の衛兵は一気に緊張した面持ちになった。


 お祖父様に連れられて屋敷の中へ。久々に来たのでとても懐かしい気分になっているとすぐにお祖母様もきてくれて、久々の再会。五年前に比べて私の背も随分伸びたから、二人とも驚いた様子。


「本当に大きくなって! フランシアに顔も似てきたかしら?」

「そうだな。テルル一人でここまできたのか!?」

「いえ。ストランジェを出るまでは王宮の近衛兵が護衛に付いてくれました。私はこれから王都に向かいますので」

「フランシアの手紙にもそう書いてあったが……本当にアカデミーに入るのか、テルルよ」


 お祖父様の顔がちょっと暗くなる。いや、怒っている? 昔、お母様に婚約破棄を言い渡した王がいる王都だから、あまりいい印象ではないのかもしれない。


「テルル、あなたが行くと言うなら止めはしませんが、何かあったらすぐに私たちに連絡をちょうだい」

「そうだぞ。王が何か失礼なことをする様だったら、飛んでいってぶん殴ってやるからな!」

 

 ああ、やっぱりお祖父様、怒ってるなあ。王をぶん殴るって……でも、それぐらい今の王を嫌っているのがひしひしと伝わってくる。


「それにしてもフランシアめ。私に仕事を押し付けおって」

「まあまあ、あなただって娘に頼られて嬉しいのでしょう? 隣国の王妃になってもこうやって頼ってくれるなんて」

「うむ。これはヴァネディアの未来に関わることだからな。早速動くとしよう」


 お母様から何を頼まれたのかは分からないけど、やっぱりお母様は何か企んでいる様子。でも、文句を言いながらもお祖父様もどこか嬉しそうだ。


 その日はお祖父様のお屋敷に泊めてもらうことになって、会えなかった数年間を埋める様に沢山お二人とお喋りをした。お父様やお母様のこと、弟のネオのこと。遊牧民に同行したことや、馬のことまで本当に色々お話ししたわね。お二人からは主に最近のヴァネディアの情勢などをお聞きする。ゴールドさんが言っていた通り、やはりこちらの国内は少し荒れ気味の様子。それもこれも王が地方にあまり目を配らず何の考えもなしに税を上げたり、また王都にいる貴族を地方に飛ばしたりしているかららしい……とんでもない王様だ。王都も一見平和そうに見えて治安が悪くなっているそうなので、くれぐれも気を付ける様にと念を押されてしまった。


 翌日は一人で王都へ発とうとしたけど、心配されたお祖母様が『頼むから馬車で』とおっしゃったので、ジンクに馬車を引いてもらって何人か兵士が護衛に付いてくれることに。じゃあ私が御者を……と言ったら、それもダメと言われてしまった。色々難しいなあ。二頭立ての馬車だけど、ジンクは大きいので一頭で。それでも馬車が小さく見えて、パワーがありすぎて御者も制御が大変そうだ。


 パローニ領から王都までは馬車で三日の距離。ジンクだったら頑張れば一日で……とも思ったけど、滅多に引かない馬車を引いてジンクも楽しそうだし、たまにはこういう旅もいいかもしれない。護衛の兵士たちも皆いい人で、古株の兵士はお母様のことも知っていて色々と話をしてくれた。最初こそ皆緊張していた様子だったけど私がこんな風だからすぐに打ち解けて、王都に着く頃には皆と仲良しに。こう言うところはお父様の戦士の血なのかしら?


「姫様、我々はここまでで失礼致します。王都でもどうかご無事で」

「オーバーねえ。流石に王都では盗賊もいないでしょう? それに王宮で剣術や槍術も習っているから、あなたたちにだって負けないわよ!」

「ハハハ、これは逞しいですな。しかし用心はなさってください。何かあっては、我々が領主様に顔向けできませんので」

「有り難う。ここまでの旅は本当に楽しかったわ。お祖父様とお祖母様に宜しく伝えてちょうだい」

「はっ!」


 ヴァネディアの王都は巨大な城壁に囲まれていて、外からだと中の様子は伺えない。ストランジェでは見たことがない様な大きな門は開かれていて、人々や馬車が慌ただしく出入りしていた。兵士はいるが、別段通行のチェックをしている様子もない。平和だから……なのかな? それとも、あからさまに怪しい者だけ止められるのか。巨大なホーン種の黒馬に跨っている少女はかなり怪しいとは思うのだけど、兵士たちはこちらを見たものの私を止めることはなかった。辺りを見回すと馬だけではなく大きな地面を駆ける鳥や、見たこともないモフモフした牛? の様な生き物も行き交っている。なるほど、確かにこれではジンクでも目立たないわね。


 一歩城壁の中に入ると、広場かと思う程の大通り。ニカールも大きな街だとは思っていたけど、はっきり言って規模が違う。長く続く大通りの先には小高い丘があって、その上で存在感を放っている王宮。これもストランジェで私が住んでいる王宮とは規模も豪華さも違った。大通りには沢山の店が面していて、そして沢山の人。直行する様に何本かの別の通りが走っているが、その通りの両脇にも様々な店が並んでいる。街の人々からするとジンクの巨体の方が珍しいのだろうけど、私にとってはこの街並みこそ衝撃的だ。


 ゆっくりとジンクを進ませながら、第一の目的であるカーパーさんの店を探す。彼の店は大通りに面していて大きな看板が出ているからすぐに分かる、とゴールドさんに教えてもらっていた。暫く進むと確かに大きな看板で『カーパー商店』と掲げられていて、周りの店に比べても大きな店舗。店の前まで行って扉越しに中を覗くと客が結構入っている。ただ、貴族っぽい人はおらず職人風の人やどこかの使用人風の人が多い。私が入っても浮かないかな?


「すみません」

「いらっちゃいませー」


 感じの良い店員の女性が、笑顔で返事してくれる。いい! 第一印象はすごくいい!


「店主のカーパーさんにお会いしたいのですが、取り次いで頂けますか?」

「あ、お客さんはラッキーですね! カーパーさんは外出が多いんですが、今日は先程戻ってきたばかりなんですよ。呼んできますね!」


 女性はニコニコしながら店の奥に走っていってしまったので、暫く店内をぶらぶらしながら商品を見せてもらう。鍋などの調理用品から、高そうな陶器のセット、ちょっとした宝石なども置いてある。恐らくストランジェ製であろう物も置いてあるので、ゴールドさんを通して入手しているのかもしれない。日用品が足りなければ、ここでお願いすればなんでも揃いそうね。


「やあ、待たせたな嬢ちゃん。俺に用事だって?」

 

 先程の女性が連れてきたのはガッチリした体格の大柄な中年男性で、同じ商人と言ってもゴールドさんとは全然雰囲気が違う。目つきが鋭く、一見して一筋縄では行きそうにない人物であることが分かった。彼はきっと、商人としてすごくやり手だ。


「はい。手紙を預かってきたので、お渡ししようと思って」

「手紙?」


 お母様の分とゴールドさんの分、二通を彼に手渡すと、その封蝋を見て誰からかすぐに分かったみたい。


「ちょ、ちょっと奥で話そうか、嬢ちゃん。色々と聞きたいことがある」

「あ、はい」


 彼に付いていくと応接室に通されて、程なく店員の女性が紅茶を持ってきてくれた。お茶菓子と一緒に頂いていると、カーパーさんは時々私の顔をチラチラと見ながら手紙を読み進める。


「嬢ちゃん、この手紙はどこで? 誰かに言付かったのか?」

「えっ? 一通は母からで、もう一通はゴールドさんに書いてもらった紹介状ですけど」

「じゃあ、あんた……いや、あなたがテルル姫!?」

「自己紹介がまだでしたね。そうです、私はストランジェ王国の第一王女、テルル・ストランジェです」

「これは失礼を!」


 慌てて椅子から立ち上がって床に片膝を付いたカーパーさん。そういうことをされると、こっちまで焦ってしまう。


「ああああ、そういうのはいいですから! 私はこんなだから、さっきみたいに『嬢ちゃん』って呼んでくれていいので!」

「いや、流石に姫様に『嬢ちゃん』は……」

「じゃあ、テルルで。呼び捨てでいいですよ、ゴールドさんも呼び捨てだし」

「じゃあ、そうさせてもらおうか。いや驚いた。まさか隣国の王女様がふらっと現れると思ってなかったからな」

「王都まではお祖父様の所の騎士に同行してもらったんですよ」


 それから暫くカーパーさんと世間話などをして盛り上がる。彼は元々ニカールの街のギルド長をしていたそうで、お母様に色々と恩があるとのこと。ヴァネディアで商人をしているのも、お母様の要望に応えてのことらしい。お母様とゴールドさん、それにカーパーさんの関係性からすると、彼はお母様の密偵としてヴァネディアで情報収集などを行っているのだろう。


「それで、テルルは王宮に行くのか? 招待状の差出人がここの王妃なら、十中八九、嫌がらせされると思うぞ」

「お母様もそんなことをおっしゃっていたけど、まあ我慢できなくなったらストランジェに帰ればいいだけのことだし。それに嫌がらせされたらお祖父様が王をぶっ飛ばしに行くって」

「ハハハ、領主様ならやりかねないな。俺はもちろん全面的にサポートするつもりだから、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

「有り難うございます。あ、そうだ! 早速で悪いんですけど、預かってもらいたい物があって」


 カーパーさんには待ってもらって、ジンクの元に荷物を取りに戻る。大きめの、両手でも持ち重りする程の袋を持って戻って、テーブルの上に置くと『ガシャン!』っと金属音がした。


「これは?」

「お祖父様が持っていけって渡されたんだけど」


 そう言いながら袋の口を開けて中を見せると、流石にカーパーさんも驚いた様子。


「これ、全部金貨か!?」

「こんなにいらないって言ったんだけど、『二年分だ』とか、『いい服を来ていい物を食べろ』とか言われちゃって。預かってもらってもいいですか? とりあえず、これぐらいあれば充分なので」


 一握り分を別の小袋に入れて、残りはカーパーさんに預ける。必要なら使ってくれてもいいと言ったら、お祖父様にぶっ飛ばされそうなので止めておくと笑っていた。


「これだけあれば二年間どころか、一生遊んで過ごせるぜ。そういう気はないのか?」

「お父様もお母様もそんなに派手な生活をしてるわけじゃないから、私も慣れちゃって。ストランジェの王族は意外に質素なのよ」

「テルルを見ていると納得だな。それでも何か入用になるかもしれないから、そうなったらすぐに言ってくれ」


 王都に来て知り合いがいないのは流石に不安だったけど、カーパーさんと言う心強い後ろ盾ができた。王宮で何かあっても、ここに逃げ込めば取り敢えずはなんとかなりそうね。カーパーさんに別れを告げて店を出たのは昼過ぎだったので、大通り沿いの店を見ながらゆっくりと王宮へ向かう。途中、お腹が減ったのでサンドイッチを買ったのが、王都に来て初めての買物。カーパーさんに金貨を何枚か両替してもらっておいて良かったわ。


 ジンクと一緒にどれぐらい歩いたか、王宮の門の前に到着する。ジンクを見て衛兵がびっくりしていたけど、こちらの王妃様から頂いた招待状を見せると彼は慌てて奥に走っていった。やがて、彼は別の……ちょっと偉そうな男性とともに戻ってきた。


「兵長殿、この者であります!」

「こいつが?」


 兵長と呼ばれた男性は怪訝そうに私の方を見ている。


「お前、その馬はなんだ!」

「私の馬ですが……私はストランジェから来たので。ストランジェでは普通の馬ですよ」

「この招待状はどうしたんだ?」

「これを持って王宮に行けと言われましたので」

「……まあ、いい。おい、下っ端! こいつをあそこに案内してやれ!」

「あ、はい!」


 いきなり『こいつ』呼ばわれで感じ悪い兵長だ。彼が『下っ端』と呼んだ兵士は本当に下っ端風で、私と同い年ぐらいだったけど、どことなく疲れている感じがする。そんな彼を見る兵長の目が意地悪そうなのも気になった。


「お前、ついでに馬の世話をしてこい」

「はい……」


 ヨレヨレの下っ端兵士に連れられて王宮の敷地中へ。しかし建物の方に向かっている様子はなく、敷地内を伸びる小道を通って……到着した場所は王宮の裏手の、開けた草原の様な場所だった。

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