第4話 女騎士

 マーキュリー家は代々騎士の一族で、私の父も先代の王に仕えた騎士団長だった。そういう家庭で育ったものだから、女である私も何の疑いもなく騎士の道を志し、十八の時に初めて就いた仕事がここニカールでの警備だった。ストランジェでは女性の騎士が僅かながら存在している。ただ私は父が騎士団長と言うこともあり、『親の七光りでいいポジションに……』と言われるのが嫌で、その時はとにかく実績を積みたいと思っていた。自分なりに努力したし、『女だから』と馬鹿にされない様に厳格な姿勢で物事に対処していた。その甲斐あってか、三年も経てば『氷の女騎士』などと言う通り名を付けられていて、周りからも一目置かれる存在になった。


 『女性』であることは騎士になった時に捨てた……つもりだった。家でもその様に教育されていたし同僚も男ばかりだったので自然に自分も男の様に振る舞っていて、それに何の違和感もなかった。街で見かける着飾った女性を見ても、自分とは別の種族ぐらいにしか考えていなかったと思う。そんな折出会ったのがゴールド氏だ。彼は若くしてギルド長になった人物ながら私よりも十歳ほど年上だが、今まで会った男性には感じたことがない色気があった。私は護衛の騎士の一人でしかなかったが、とてもドキドキして何かの病気かと疑った程だ。


 それからすぐに私は王宮の近衛兵として抜擢された。ニカールに来られていた王妃様が私を気に入ってくださり、推薦してくださったのだ。そしてテルルやネオの教育係も仰せつかった。


「マリーダ、あなたはもう少し女性らしくしても良いかもしれませんね」

「女性らしく……ですか?」

「そう。今までは男性に負けまいと頑張って来たのでしょうけど、それでは男性騎士と同じでしょう? 女性騎士には女性騎士だけが持てる良さがあると思わない?」

「はぁ……」


 王宮に行った初日に王妃様にその様なことを言われて、最初はどういう意味か全く理解できなかった。首を傾げている私を見て、王妃様は優しく微笑まれていたっけ。更に恐れ多いことに、それから時々王妃様に呼ばれて、色々とレクチャー頂くことになった。初めてドレスを着せられたときは、恥ずかしくて顔から火が出そうだったのを覚えている。テーブルマナーや女性らしい所作など、物覚えの悪い私に王妃様が根気良く教えてくださったお陰で、私は漸く自分が女性であることに自信が持てたのだ。


 いつからか王妃様のレクチャーにテルルも参加する様になって、それから私がテルルと過ごす時間も増えていった。テルルは私の様に男勝りなわけではないが奔放で、王妃様のレクチャー中は王女然としていても終わるやいなや王宮から飛び出していってしまう。剣術や槍術を教えると理解がとても早くすぐに上達したけれど、彼女は私の様に男っぽくなることがなかった。明るく、飾らない性格の彼女はその時々で王女にも見え、騎士の様にも見え……でも、気が付くといつもの彼女に戻っている。長年『騎士』と言う鎧を自分に課してきた私には真似できない器用さだ。


 それでも王妃様やテルルと過ごす内、気付くと私にも『女性らしさ』の様なものが芽生えた様で、王宮内では同僚たちに『氷の女騎士はだいぶ溶けたな』などとからかわれる様になっていた。そしてたまに王宮でお見掛けするゴールド氏に対する気持ちは、恋心であるとも理解した。王妃様からは常々『恋をしなさい』と言われていて、それが女性らしさにもつながるとのことだったが……まさか私から告白することもできず、ただ思いを募らせるだけで時間が過ぎていった。


 それが今日、テルルのお供としてゴールド氏に久々にお会いして、またドキドキが戻ってきてしまった。彼の目に私はどの様に見えているのだろうか。男勝りの女騎士では彼と住む世界も違うし、年上の彼からすると私など眼中にないのかもしれない。ただ、彼が私の名前を知っていてくれたことはとても嬉しかった。殆ど会話することもできずテルルとともに部屋を出る……と、テルルは何かを思い出した様子。


「あ、ゴメン。もう一つお母様から伝言を頼まれてたんだったわ。ちょっと伝えてくるから待っててくれる?」

「分かった」


 慌ててゴールド氏の執務室に戻ったテルル。何やら談笑する声が聞こえてきて、すぐに部屋から出てくる。


「お待たせ。それでね、ゴールドさんが夕食を一緒にどうかって。マリーダも一緒に行こうよ」

「いや、しかし私はその様な……ドレスも持ってきてないし」

「大丈夫、大丈夫。ここはニカールよ。ドレスだってイッパイ売ってるんだから! 今から見に行きましょう!」

 

 抵抗する間もなく手を引かれてギルド会館を出る。テルルはニカールの様な都会が苦手なのかと思っていたけどすごく楽しんでいる様子で、私も彼女に付き合ってショッピングを楽しんでしまった。巷の女性たちは、友達どうしてこの様に買物を楽しんでいるものなのだろうか……軽装とは言え騎士姿の女性と少女が一緒に買い物をしている姿は、周りからは随分滑稽に見えただろうな。


「テルル、このドレスは少々大胆すぎるのでは!?」

「そう? ディナーでは普通だと思うけど。私みたいなお子様には似合わないけどね」


 彼女が私のためにセレクトしてくれたのは、背中が大きく開いたイブニングドレス。『ついで』と言ってイヤリングやネックレスも購入してくれたが、そんなにお金を使って大丈夫!? 宿に戻って着替え、鏡に自分の姿を映してみると……そこには知らない女性が立っていた。呆然としている私の髪を、テルルが梳かしてアレンジしてくれる。


「これが……私!?」

「王宮でも時々お母様に着せられてたじゃない? とてもキレイよ!」


 自分でも少し見とれてしまって、しばし鏡に映った姿を覗き込む。あれ? そう言えばテルルのドレスは?


「テルルは着替えないのか?」

「私の分は少し手直ししてもらっているから、今から取りに行ってくる。店はギルド会館の近くだし私は直接あちらに行くから、マリーダはお迎えの馬車に乗ってきて。あちらで合流しましょう」

「了解」


 慌ただしく出ていってしまったテルル。着慣れないドレスを着たまま一人部屋に残され、ソワソワしながら迎えが来るのを待つことに……馬車が来るまで酷く長い時間待たされた気分だったけど、時計の針は十分ほどしか進んでいなかった。


 馬車に揺られてギルド会館が近づく程、段々とドキドキが増してくる。テルルが一緒とは言え、ゴールド氏と会食なんて! 今彼女がここにいないことも不安に拍車をかけた……手汗がすごい。会館に到着して通されたのは立派な応接室で、三人で会食するには大きすぎる長テーブルが置かれていて、その脇にゴールド氏が立っていた。


「やあ、マリーダ。良く来てくれたね。こちらへ」

「こ、今宵はお招き頂き、あ、有り難うございます……」

「そんなに固くならなくても。私は商人だし、もっと気楽にしてもらっていい。逆に王や王妃の前でもそんなに緊張しないだろう?」

「それは……はい」


 王宮では騎士として気を張っているし、自分は仕える立場なので変な緊張はしない。でも、今目の前にいるのは憧れの男性。このドキドキは彼に会った頃から変わっていない……いや、この距離は未体験でかつてないほどドキドキしていて、口から心臓が飛び出しそうだ。テルル……早く来て!


 それから暫く待ってもテルルは現れず、やがてゴールド氏も対面に座ってディナーが始まってしまった。


「あ、あの! テルルは……」

「テルルなら来ないよ。最初から私と君だけでディナーを、と言う話だったからね」


 それを聞いて、彼女が『言い忘れた』と言ってゴールド氏の執務室に戻ったことが頭をよぎる……嵌められた!?


「テルル……」

「アハハハ、悪い、悪い。騙すつもりはなかったんだけどね。私も君を誘ってみたいと思っていたから、つい彼女の悪巧みに乗ってしまったよ」

「!? わ、私を……ですか?」

「王宮に行って近衛兵になった君を見たとき、その変わり様に驚いたよ」


 私がニカールで衛兵をしていたときは『女性の騎士なんて珍しい』ぐらいにしか思っていなかった、とゴールド氏。しかし、私が近衛兵になって暫く、王妃様から色々と教えて頂いていた頃に王宮で私を見て、すごく魅力的だと感じたそうだ。


「私はそんな……」

「僕は商人だし、ヴァネディアでは貴族の女性ばかり見ていたからね。君の様な女性は初めてだったんだよ。騎士としての厳しさと、女性としての美しさを兼ね備えていると思った」

「……」


 恐縮するやら恥ずかしいやら、褒められ慣れていないものだからもうどうしていいやら。ただ俯くしかできなかったが、それでもゴールド氏が共通の話題も交えながら色々と話しかけてくれて、徐々に打ち解けて喋れる様に。最初はちゃんと見れなかった彼の顔も、少しは見れる様になってきた。すごく楽しくて胸が高鳴りずっと熱に侵されている様な状態で、もう何を食べていたのかも良く覚えていない。王妃様に教えて頂いたテーブルマナーは、ちゃんとできていただろうか。


 人生で初めての、夢の様な心躍る時間。確か帰りも馬車で宿まで送ってもらった気はするが、定かではない。気が付くと部屋の前に立っていて、ドアをノックするとテルルが開けてくれる。


「おかえり、マリーダ! どうだった?」

「酷いよ、テルル! 私を騙しましたね!」

「アハハ、ゴメン、ゴメン。でも、ああでもしないとマリーダは一人で行ってくれないと思って」

「それはそうだけど……」


 ベッドに座ってテルルが入れてくれた水を飲み、漸く気分が落ち着いた。と、先程のことが一気に恥ずかしくなってくる。


「もう、顔真っ赤じゃない。乙女だなあ」

「や、やめろ! 私はこの様なことに慣れていないんだから!」

「でも楽しかったでしょう? ゴールドさんは人当たりもいいし、マリーダのこともちゃんと女性として見てくれたんじゃない?」


 テルルはどこまで私の心を見透かして、あの場をセッティングしてくれたのだろうか。私は騎士で彼とは全く接点などないと思って過ごしてきたのに、今夜は男女としてテーブルを囲めた気がする。それにその……最後にプロ、プロ……プロポーズ……


「プ、プロポーズされた……」

「えーーっ!? ほんとに!? やるわね、ゴールドさん!!」


 どうやらテルルもそこまでは想像していなかった様子。もちろん、私もそんなことが起こるなど考えもしていなかった。


「それで、オーケーしたの!?」

「わ、私は騎士だし、王宮の近衛兵でもあるし……そ、それに! ローレンスとは年の差も……」


 彼のことを『ローレンス』と言ってしまって、ハッとする。テルルがニヤニヤしながらこちらを見ている。


「へぇ、ローレンスねえ。もう名前で呼び合う仲なんだあ」

「い、いや、その……」

「アハハハ、今夜のマリーダはうぶな少女みたいね!」

「か、からかわないで!」


 私より年下のテルルにいい様にいじられて、恥ずかしいのやら嬉しいのやら……でも、こうやって身近な人と恋の話をすると言うのも私にとっては初めての経験。これも王妃様の言う『女性らしさ』の内に入っているのだろうか。


 それから一緒に風呂に入り、ベッドに入ってからも会話が続いて、随分と自分の想いを喋らされてしまった気がする。自分のことばかり聞かれるのが少し悔しくてテルルの理想の相手なども聞いてみたが、意外にも彼女はしっかりした『理想の相手』像を持っていて、恋愛についても臆することなく口にするのだ。王女と言う立場だから相手も限られるだろうし、今まで誰か殿方とお付き合いしている様子もなさそうだったのに……仲睦まじい王と王妃様を間近で見ているせいか、恋愛に関しては私なんかよりずっとオープンな考えを持っていた。


「私などが、ローレンスと結ばれて良いものなのか……」

「何言ってるの? お互いに好きなんだから、なんの問題もないじゃない」

「しかし私は王妃様に推薦頂いて近衛兵になったわけだし」

「そのお母様が、もっと女性らしくって言ってマリーダに色々と教えたんだから、何の問題もないわよ」

 

 そう言って私のベッドにゴソゴソと入ってきて、そして私に抱きついて胸に顔を埋める。


「私は騎士のマリーダも、今日みたいにキラキラしてるマリーダもどっちも好きよ。私もお母様もあなたの味方なんだから、遠慮なんてせずに進みたい方へ進むといいわ」

「テルル……有り難う」


 子供の様に甘えてくれるテルルをギュッと抱きしめる。でも、子供なのはきっと私の方だ。彼女には随分と背中を押してもらって、そして勇気をもらった。私も彼女の様に、自分の心のままに行動してもいいのかも……そう思えた夜だった。

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