第3話 三通の手紙

 ヴァネディアに行くと決めたから、早速旅立ちの準備。と、言っても服や日用品なんかはあちらでも買えるだろうから、持っていく物はそんなに多くない。ストランジェの王宮は高地にあってそこから下って何個か町を通過し、最大の港町であるニカールまでは馬車で五日ほど。私の場合はジンクと一緒に行くから、三日もあればニカールに到着ね。


 港町ニカールはストランジェでも数少ない平地にあって、しかも海に面している。陸地ではここがヴァネディアとも接していて、海路も陸路も交易の要所となっていた。王宮近くの町は高地にあるだけあってそこまで人口は多くないけど、ニカールは商業や工業が盛んで他国からも人がやってくるので、人口が圧倒的に多い。ストランジェの実質的な首都で他国にもこの街のことは良く知られているらしいけど、そうなったのはお父様とお母様が結婚してからのことだと聞いた。


「それでは行って参ります、お父様、お母様。ネオも元気でね」

「姉さん……時々帰ってきてくださいよ! 手紙もください!」

「ほらほら、そんな悲しい顔しないの。二年ぐらいすぐだから。それに一年に一回ぐらいは帰ってくるから」

「もっと帰ってきてください!」


 走り寄ってきて私に抱きつくネオ。最近は私から抱きしめようとしても恥ずかしがって嫌がる様になっていたのに、大人ぶっていてもまだまだ子供ね。でも、こうやって慕ってもらえるのは姉として嬉しいわ……可愛いヤツめ。別れを惜しんでネオと抱き合っている一方で、お父様は落ち着かないのか周りをキョロキョロしている。


「どうかしましたか、お父様?」

「あれ? お付きの者はまだ来てないのか? 馬車は?」

「えっ? 私と一緒に行くのはジンクだけだけど……」

「えっ!?」


 私がそう言うとジンクの方をまじまじと見つめるお父様。ジンクに持ってもらっている荷物が気になる様子。


「お前、荷物少なくないか!? なんでヴァネディアに行くのにテントや鍋がいる!? 服は!? 二年間生活するのに服とか少なくないか!?」

「服はあちらでも買えるってことだったから。それに野宿するんだったらテントぐらいいるかな、と思って」

「!?」


 一瞬呆れた様な驚いた様な顔をすると、父は何か叫びながら王宮の中に走っていってしまった。それを見ながらおかしそうに微笑んでいたお母様は、旅程のことは何も言わずに三通の手紙を取り出す。


「テルル、ヴァネディアまでの通り道、手紙を届けてもらえるかしら?」

「手紙?」


 一通はニカールの商人ギルド長であるローレンス・ゴールドさん宛て。彼は時々王宮に来ているので顔見知りだ。もう一通はヴァネディアにいる祖父母。そして最後は王都にいるカーパーと言う商人。ゴールドさんに言えば紹介状を書いてくるので、それも一緒に持っていけとのことだった。


「テルルならなんの心配もないと思うけど、しっかりおやりなさい。今出発すればアカデミーの入学式よりも一ヶ月ほど早くあちらに着くだろうから、入学までの間にヴァネディアや王宮のことを観察して入学を決めればいいですからね」

「はい、お母様。お父様とお母様が出会った場所、しっかり見てきますね」

 

 ジンクに跨り出発しようとすると、別の馬が駆けてくる足音。お父様も王宮から息を切らせながら走って出てきた。


「ハァ、ハァ……マリーダに同行を依頼したから、彼女が途中まで先導してくれる。頼むから野宿なんてするんじゃないぞ! マリーダ、くれぐれも頼んだぞ」

「はっ! テルル、私も一緒に行きますから」

「もう、心配性なんだから……じゃあ、マリーダ、よろしくね」


 彼女はストランジェでも数少ない女性騎士で、王宮では近衛兵をしている。私やネオのお姉さん的な存在で、剣や槍の扱いも彼女から習っていた。昨晩出発の挨拶に行った時には何も言ってなかったけどしっかり旅の準備をしているところを見ると、『同行しろ』と命令されることを予想していたのかしら?


 マリーダと二人でヴァネディアに向けて走り出す。先頭のマリーダのペースに合わせる様にジンクを走らせているけど、想定していたよりは少しゆっくりかな。ジンクならもっと速く走れるけど、野宿せずにニカールまで到着しようと思うと途中の町で宿泊しないとダメだから、それを前提にしたペース配分なのだろう。


「ねえ、マリーダは今回私に同行するって分かってたの?」

「もちろん。テルルのことだからきっと一人で行くと言って、王が慌てて頼みに来られると思ってた」

「アハハ、読まれてるなあ」


 そんな会話をしながら馬を進める。途中の町では宿の手配などもマリーダがやってくれたので、私は若干手持ち無沙汰な感じ……いや、野宿しようとしていたから、そもそも宿の手配などする気もなかったんだけど。途中で宿泊した町には一人で何度も来ているけど、いつも町娘の様な格好でホーン種に跨っているので、私を王女だと思っていない顔馴染みも多い。皆、気軽に『テルル』と呼んで話しかけてくれる。


「テルルは人気者だな」

「ただの顔見知りよ、時々遊びにきてるからさ。今日はマリーダと一緒だから、きっと不思議がってるんじゃないかしら」


 馬が二頭並んで歩く様も、乗っているのがどちらも女性なのも非常に目立つ。マリーダは騎士だけどキリっとした美人だから余計に目を引くわね。それでも大きな騒ぎになることはなく、順調に進んでいく。マリーダはいつも自然な感じで私に接してくれるので、本当に姉妹で旅をしているみたいだった。一緒の部屋に泊まって一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂も入った……王宮にいる時はこんなことできないもんね。お父様が心配しすぎた結果だけど、今回彼女との仲がぐっと深まった気がするわ。


 ニカールに到着したのは王宮を出て四日後。野宿セットは無駄になっちゃったけどヴァネディアで何かの役に立つかもしれないから、そのまま持っていくことに。ここでの宿の手配もマリーダがやってくれて、一旦荷物などを置いてからギルド会館に向かうことにした。私一人だとゴールドさんとの面会前に衛兵に止められていたかもしれないけど、マリーダがいてくれたので顔パスだ。そっか、マリーダは王宮に来る前はここで衛兵をしてたんだもんね。


「それでは、私は部屋の外で待ってるので」

「え? 一緒にゴールドさんに会えばいいじゃない。折角だし」

「いやでも……」

「いいから、いいから」


 ギルド長室のドアをノックし、遠慮しているのか部屋に入りたがらないマリーダの腕を引っ張って中に入る。


「こんにちは、ゴールドさん」

「やあ、テルル、久しぶりだね。君がギルド会館に来てくれるなんて初めてじゃないかな? それと君はマリーダさんだったね?」

「は、はい……」


 珍しく緊張しているのか、照れて俯いているマリーダ。ゴールドさんは三十代半ばでイケメンだけど、人当たりもいいからそんなに緊張する相手では……


「それで、今日はどういった用件で?」

「ああ、そうだった。今度、私はヴァネディアのアカデミーに入る……かもしれないんだけど、お母様がこれをあなたに渡してくれって」

「ヴァネディアのアカデミーか。懐かしいな」


 そう言いながらお母様からの手紙を受け取るゴールドさん。封を開けて中身を確認すると、少しニヤっと笑った様に見えた。


「内容は理解したよ。カーパーには私からも紹介状を書いて、後で宿に届けるとしよう。テルルはヴァネディアは初めてかい?」

「いえ、お祖父様の所へは何度か。でも私はほとんどストランジェから出たことがないので、楽しみです。ゴールドさんはお父様とお母様の後輩だと聞きましたけど」

「そうだな。私は元々ヴァネディアの商家の生まれでね。フランシア様にスカウトされたんだよ」


 詳しいことは知らないが、お父様とお母様が結婚してから暫くの間、この街の統治はお母様が行っていたと聞いたことがある。その内お母様が彼をヴァネディアから呼び寄せて、後を任せたとか。しかしギルド長の仕事はよほど忙しいのか、ゴールドさんはまだ独身だ。彼ほどの男性なら相手は沢山いそうだけどね。


「マリーダさんは王都まで同行を?」

「えっ!? いや、私はストランジェの国境までで、そこからは王妃様のご実家にお願いしようと思っています。姫様だけだと野宿するつもり満々でしたので、王が心配されてそうする様にと」

「ハハハ、それはまた豪快な話だな。しかし、トーリ様が正解だよ。最近ヴァネディアの、特に地方は荒れているからね。その影響でストランジェの国境付近も少し治安が悪い。田舎道は盗賊が出るとの話もあるので、気を付けるといい」

「はっ! ご忠告感謝致します」


 もう、マリーダは真面目だなあ。ゴールドさんと会話してるだけでちょっと顔が赤いし……って、ああ、そういうこと!? マリーダって年上好みだったの!? フフフ、これは仲を取り持って上げなくては! お父様の急な命令も快諾してくれた彼女へのお礼も兼ねて、ね。

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