古本のおくりびと

スズヤ ケイ

古本のおくりびと

 からんからん。


 入り口のドアを開けると、入口に吊り下がった鈴がおとないを告げる。


 するとカウンターで船を漕いでいた老店主がふと顔を上げ、相好を崩して立ち上がった。


「おう、ご苦労さん。時間通りだね。今年も頼むよ」

「ええ。では拝見しますよ」


 老店主にぽんぽんと肩を叩かれた後、私は店内を見渡した。


 いつ来ても客のいない、閑古鳥が鳴いている古本屋だ。


 間取りも狭く、本を素通りすれば一周1分程で回れてしまう程度の小さな店。


 しかし私は、所狭しと置かれた古本の数々をつぶさに見て回り、これはと思うものを選んでかごに入れていく。


 30分ほどかけて選んだ本の総数は10冊程。


 それを老店主に見せ、確認を取る。


「これと、これ……ああ、これもかあ」


 老店主は感慨深そうに各本を手に取り眺めていたが、踏ん切りがついたようにかごに戻し、私に深々と頭を下げた。


「では、この子達をよろしくお願いします」

「はい。承りました」


 私も会釈を返すと、かび臭い店内を出て外に止めておいたワゴン車へと向かう。

 そして預かった本を後部座席へ積み込むと、次の目的地へ向けて車を走らせ始めた。


 このようなやり取りを、今日はすでに何度も繰り返している。


 今日はこれ以上本屋は回らないが、最後に行くべき場所があるのだ。


 それはとある町はずれに在る、こじんまりとした閑静な神社。


 到着して車を降りるなり、鳥居の下で待っていたらしい知り合いの宮司が声をかけてきた。


「いらっしゃい。準備はできているよ」

「ありがとうございます」


 軽く声を掛け合い、車から手押し車で集めてきた古本の数々を境内に運び入れてゆく。毎度の事で、作業も手慣れたものだ。


 境内から逸れた庭の外れには木で護摩壇ごまだんが組んであり、数人の巫女が薪の支度をしている。


 今からここで、回収してきた大量の本を燃やすのだ。


 宮司によって点火され、祝詞が唱えられる中、次々と本を炎の中へ投げ込んでいく。


 すると途端に炎が大きく燃え上がり、天高く屹立きつりつした。


 そして聞こえて来る、身にまとわりつくような苦悶と怨嗟の声。


 古本に宿った怨念の類が上げる悲鳴の数々である。


 炎は時に人の形を取って護摩壇の外へ這い出ようと試みるが、あらかじめ張ってあった結界を超えて外へ出る事は叶わない。


 満たされぬ想いと共に、灰になるのを待つばかりだ。


 巫女の内数人は今年が儀式に初参加だった事もあって青白い顔をしているが、私が印を切りながら微笑んで見せると、気丈にも頷きを返してきた。


 今私達が何をしているのかと端的に言えば、いわゆるお焚き上げである。


 古本のような多くの人の手に渡り、数多あまたの情念を受けた物品には霊が宿り易い。

 それが何の害もなければ良いのだが、時折人に害を成す悪霊、妖怪の類に化けてしまう事がある。


 それを防ぐため、私のような骨董品専門の祓い屋が雇われ、悪霊に成りかけの本を間引いていると言う訳だ。


 本とは知的財産である。それらを燃やす事に正直罪悪感を覚えないでもない。


 勝手に書き連ねて、都合が悪くなれば廃棄される理不尽を嘆く者も時にはいる。


 だが人に仇を成すならば、心を鬼にしてでも処分しなければならない。すでに宿ってしまった情念を引きはがす事はできず、燃やすしかないのだから。


 私にできるのは、次なる形を得たならば、性根を正しく全うできるよう祈りを込めて見送る事だけだ。


 天にたなびく黒煙を見詰め、私は炎が尽きるまで精魂込めて印を切り続けた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古本のおくりびと スズヤ ケイ @suzuya_kei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ