かたちぐちゃぐちゃ

十余一

かたちぐちゃぐちゃ

 これは学生の頃に先輩から聞いた話なんですけどね、当時は生意気にも作り話じゃないかと疑っていました。


 先輩というのは生物学科の桐生きりゅう先輩のことです。生まれも育ちも東京なのに苗字は群馬県の桐生っていう、あの桐生先輩。

 友人には生真面目な麻生あそう先輩と、生来のチャラさで悪目立ちする羽生はにゅう先輩。華道サークルの弥生やよいちゃんとやらに盛大にビンタされて、頭に花を生けられてたから、羽生先輩はちょっと有名人かもしれません。

 まあ人物紹介はこのくらいにして。


 これは、桐生先輩とその友人たちが福生ふっさ市という所で農業バイトをしたときの話です。

 迎えてくれたのは相老あいおいの夫妻。背の高い作物がい茂る畑での作業は大変だったけれど、滞りなく進んだようです。作業も一段落し、生垣に囲まれた大きな古民家で休憩していたときのこと。


生薑はじかみと蜂蜜が入っているから暖まるよ」

「はじかみ?」

生姜しょうがのことだよ」


 なんて、のんびりとお茶をいただいて、和やかな時間が流れていました。その時ふと、羽生先輩が気になるものを見つけました。

 青々とした芝生しばふに覆われた庭に、苔した一角があり、黄色く平たい実を鈴生すずなりに付けた木があったのです。「金のる木みたいだなあ」なんて呑気に思っていたのも束の間、急に生暖かい風が吹き、実が羽生先輩の頭にポトリと落ちました。そして、頭に根を張り、みるみる内に枝葉が生えてくるではありませんか!


 まるで野生の葛のようにぐんぐん育つ謎の植物。生気を失う彼を前に、皆大慌て。

「羽生! 大丈夫か!」

「もう、駄目かもしれない……。莉生りせちゃんに……愛してるよって伝えてくれ」

「諦めるなよ……!」

「あと、亜生子あきこちゃんと侑生うみちゃんと生実なるみちゃんと芙生香ふうかちゃんと樹莉生じゅりなちゃんにも……」

「いったい何股してるんだスケコマシ糞野郎!」

 しかしまあ、さすがに生命いのちを脅かされている友人を見捨てるのは寝覚めが悪いし、生け捕りにして彼女たちの前に引き出すべきだなと、先輩方は考えたようです。


 生粋きっすいの江戸っ子だった先輩は「べらんめぇ! 此畜生こんちくしょう!」と寄生木やどりぎに立ち向かい、壬生浪みぶろう好きの麻生先輩も勇敢に続きます。


 格闘の末に桐生先輩が幹を引っこ抜くと、生糸きいとのような根が出て、まるで生物のようにうねうねと動きます。それを麻生先輩が「往生際おうじょうぎわの悪い奴め!」と草刈用の鎌で切り裂きました。たしか麻生先輩の家は剣術道場を生業なりわいとしていて、柳生やぎゅう何生なにがしの流れをくんでいるんだとか。そりゃあ強いわけだ。


 切り裂かれた木は生絹すずしのようにひらひらと風に乗って消え去りました。そうして九死に一生いっしょうを得たそうです。


 生還した羽生先輩は、頭に角をしょうじさせた女性たちに追い詰められ、しばらくは生傷が絶えず、果てはにぶっこまれそうになったりと大変だったようですが。キレ散らかした女性たちの「夏生なつお君!」という声と、「後生ごしょうですから、許してぇ! 助けてぇ!」という情けない声は聞かなかったことにしました。自業自得。南無阿弥陀仏。作麼生そもさん説破せっぱ


 さて、平生へいぜいは長閑な集落でいったい何が起きたのでしょう。自生じせいしていた植物が独自の進化を遂げたのか、それとも化生けしょうの者か、恨みの籠った生霊いきりょうか。生憎あいにくと平凡ない立ちの私にはわかりかねます。

 ところで、ここからが本題なのですが、「生」という漢字の読み方は何通りありましたかね。



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