野良犬

つばきとよたろう

第1話 野良犬

 ぬるい風が墓場の方から吹いてきたように、足元をするすると通り抜けていった。どこまでも続く長い道は、眩い光を浴びて、幻のようにぼんやりと白く光って見えた。どこへ行くとも当てがある訳ではない。ただぶらぶらと散歩に出かけてきたのだが、遠くの道を徘徊する野良犬を見て、何とも心許ない気分になった。あの野良犬は迷子だろうか。酷くやつれて、腹を空かせているように見えた。道はずっと一本だから迷うはずはない。そう自分に言い聞かせても不安は拭えなかった。遠くで、吠えている。何かを警戒するように吠え立てる。犬の姿は見えないが、鳴き声ははっきりと聞こえる。いくら歩いて行っても、鳴き声はどこか遠くの方から反響するように聞こえた。少しも近づくことはなかった。道の途中には古い本屋があった。中を覗くと誰もおらず、時代を遡ってきたような気分にさせられた。私は入口で一秒ほど足を止め、それから中へ入った。店には窮屈そうに棚が並んで通路を作っていた。棚には大きさの不揃いな新書と、背表紙の揃った文庫とが別々に並べられていた。こんなにたくさん本が並んでいるのに、店内は静まり返っていた。棚の上から順番に視線を移して、少しずつ店の奥へ近づいていった。私はその一角に薄い怪談の本を見つけた。棚から抜き取るように手に取った。本はすっと私の手の中に入ってきた。ページを開くと、活字に目を走らせる。それは墓場で、野良犬に殺された男の子の話だった。逃げ惑う男の子が腹を空かせた野良犬に襲われるのだ。私はその野良犬を知っている感覚に囚われ、背筋が冷たくなった。すると誰かが上着の裾を、下から引っ張ったような気がした。ぎょっとして振り返ったが、ただ棚の本が並んでいるだけだ。ただ一瞬、血だらけの男の子の哀れな姿を見たような錯覚を覚えた。私は本を閉じると、丁寧に元の本棚に戻した。それから店を後にした。

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